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コロナ禍でこそ活かしたい「企業理念」

=平井朋宏in3代表インタビュー=

2021年02月01日

働き方改革

主任研究員
古賀 雅之

 新型コロナウイルスの感染拡大から1年が過ぎても、終息のめどは立たない。最近でもその勢いは増すばかりで、企業を取り巻く環境にも暗い影を落とす。「不確実性の時代」に荒波の中をどう航海するか。企業はいったん原点に返り、企業理念あるいは社是を読み返してみたらどうだろう。もしかすると、それが「羅針盤」となるかもしれない。

 例えば、米製薬大手ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)では、3代目社長ロバート・ウッド・ジョンソン・ジュニアが1943年に「わが信条(Our Credo)」と呼ばれる企業理念を策定。顧客や社員、地域社会、株主それぞれに対し、同社が責任を負う姿勢を明確にした。解熱剤に毒物を入れられ、7人が死亡した1982年の「タイレノール事件」でも危機対応の指針となり、同社は今でも米国を代表する優良企業として知られる。

 一方、2021年2月6日に創業85年を迎えるリコー。創業者である市村清(いちむら・きよし)が掲げた「人を愛し 国を愛し 勤めを愛す」という三愛精神は、現在の企業理念「リコーウェイ」に引き継がれている。コロナ禍により在宅勤務が急速に普及するなど、働き方が劇的に変わる中、企業理念を羅針盤とするにはどうしたらよいか。企業理念の活用を専門に組織開発を支援するin3(アイエヌスリー)(本社・東京都渋谷区)の平井朋宏(ひらい・ともひろ)代表に話をうかがった。

写真in3の平井朋宏代表
(提供)in3

 ―そもそも企業理念とは何でしょうか。

 拙速に定義や本質を探そうとするのは適切ではないと思います。あえて活用をイメージして言えば、いったん「わが社固有の経営ツール」と考えればよいのではないでしょうか。企業理念とは会社の歴史を通じて築きあげられた「無形資産」です。土地や設備などの有形資産と同様、経営の中でいかに活用するかが重要になります。

 教科書風に言うと、企業理念とは「会社ごとの独自の考え方や解釈の仕方」となります。それが何か?と聞かれると、その解釈は個人個人のコンテクスト(文脈)に依存します。共同体の中で言葉にすると存在するが、言葉にしないと存在しないダイナミックなもの。そうとしか言いようのないものではないでしょうか。海外では「Beliefs and Assumption(信条と前提)」と呼んだりします。

 多くの会社は企業理念を定義・言語化し、正しい解釈の答えがあるかのように「額縁に封印」してしまいます。しかし封印してしまうと、一瞥(いちべつ)もされず、壁に掛かったポスターになってしまう。企業理念はもっとオープンでダイナミックなものです。

 「Living our values」という英語の言い回しがあります。理念が生きるのではなく、理念を生きるメンバーがいてこそ、企業理念はダイナミックに存在できるのではないでしょうか。「わが社の企業理念とは?」と絶えず考え、その解を探し続ける日常の活動が大切ということです。文言を暗唱すればよいというものではなく、探究するものなのです。

 ―企業理念はなぜ重要なのでしょうか。

 下図のように、「自社らしさ」の根源、すなわち企業のアイデンティティーに直結するからだと思います。企業理念や、それを体現した創業者の志、企業活動のパターンなどに共感すると、「帰属によるエンゲージメント」が生まれます。つまり、「自分の価値観に近い会社で働いている」という意識が高まるのです。

 帰属によるエンゲージメントが高まると、「理念」を軸とした行動特性が多く表れ、この行動を一定割合以上のメンバーも行うと、その企業における「当たり前の行動」、すなわち自社の企業文化として定着します。逆に言えば、理念が社員の行動に表れなければ、企業文化は生まれません。リーダーシップスタイルに関しても、理念とのひも付けがあると「正統性」と「一貫性」が担保できます。

企業理念浸透と企業活動
図表(提供)in3

 上図の右側を見ていただくと、企業の業績にひも付く要素が並んでいます。理念に基づいた企業文化は、コミュニケーションの向上といった組織の効率化や、良い意思決定につながります。さらに、その会社のこだわりが顧客に滲み出てくるにしたがって、企業のアイデンティティーやブランドが形成されます。社員だけでなく顧客にも、「エンゲージメント」が生まれることになります。

 ところで、企業にとって戦略とは、「らしさ」と「戦い方」のことです。この施策は実行するが、あの施策は捨てるといった、会社の主観的な判断が働くことによって戦略に差が出てきます。理論上は、すべてのプレーヤーが「合理的」に正しい戦略をとれば、いつの日か戦略は一つに収束されてしまいます。しかし会社のこだわり、すなわち企業理念があると、他社との差別化を図ることができます。これがダイバーシティー(多様性)の根幹であり、さらに言うと理念を使った差異化の議論が可能になるのです。

 ―今、在宅勤務が広がり、企業理念の共有が難しくなっています。

 在宅勤務が増え、「仕事が孤立し、エンゲージメントが下がっている」や、「普通に感じられていた一体感を得にくくなっている」などの問題が生じています。エンゲージメントの課題なのか、新しい働き方の中で強い一体感を創りたいのか。組織の目的に沿って、しっかりと企業理念を「活用」することが重要です。

 例えば、「ジョブ型雇用に転換しなければ」などと世間はかまびすしいのですが、これも新しい議論ではないと思います。一点違うのは、今までは「検討」でよかったのですが、今は実際に実行しなければいけなくなりました。企業が成長するためには、環境変化に適応しなければなりません。企業理念の軸に立ち返って探究することによって、変化への立ち向かい方に対するヒントを社員が共有できるのではないでしょうか。

 「同じ釜の飯を食う」と言うように、日本人は同じ場所で同じご飯を食べることによって、一体感を醸成してきました。しかし今はコロナ禍によって、長年大切にしてきた一体感を喪失した状況にあります。本来はリモート会議などを通じて、「われわれの組織は何を為すべきか」という目標を共有し、一緒に活動する必要があるのですが、日本企業はこういった活動が概して苦手です。方向感の具体と抽象の間合いが探れなくなっているケースが多いのではないでしょうか。ここでも企業理念を活かすことができると思います。

古賀 雅之

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