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「組み合わせ」「もつれ」で動く量子コンピューター

=社会を一変させる歴史的な転換点に=

2019年10月10日

最先端技術

客員主任研究員 松林 薫
研究員 米村 大介

 オフィスのパソコンからスマートフォンまで、コンピューターはわたしたちの生活に欠かせない道具になった。スーパーコンピューターを活用した研究により、天気予報が正確になるなど、直接目には見えなくても恩恵を受けている分野も多い。その歴史が今、転換点を迎えようとしている。量子力学を応用した、全く新しいタイプが実用段階に入りつつあるからだ。コンピューターはどのように生まれ、どこに向かおうとしているのか。その進化の歴史をひも解き、未来を展望する。

古代メソポタミアでデジタルコンピューター?

 「デジタルコンピューター」が誕生したのはいつだろうか。一説によると、紀元前2000年以上前に古代メソポタミアで使われていた「アバカス」にまでさかのぼる。木の実や石などを盤上で動かして計算する、ソロバンに似た道具だ。小学1年生になると「おはじき」で足し算や引き算を習うが、それに近い使い方をしていたらしい。

 ソロバンやおはじきが元祖デジタルコンピューターだと聞くと違和感はあるが、言葉の定義によっては間違っていない。そもそもコンピューターとは「計算する道具」という意味。試しに通販サイトで、飛行機のパイロットが飛行距離や燃料の計算に使う「フライトコンピューター」を検索してみよう。小学生のころ星空の観察で使った星座盤に似たシートが表示されるはず。電子回路は全く使われていないが、これも立派なコンピューターなのだ。

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さまざまな「コンピューター」(左がフライトコンピューター)
(写真)松林 薫

 しかしソロバンは「デジタル」ではなく、「アナログ」ではないか?実は、ここにも思い込みがある。アナログ式とデジタル式の時計を思い浮かべてほしい。デジタル式は時刻の変化を「10:30」「10:31」「10:32」...と1分刻みの数字で表す。一方、アナログ式は長針と短針によって示す。長針は「10:30」から「10:31」になるまでの間、文字盤の6と7の間をゆっくり5分の1だけ移動し、その間に切れ目は生じない。


アナログ時計とデジタル時計

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(出所)松林 薫

 このように言葉の定義上は、針の指す位置などで「連続した量の変化」を示す方法がアナログ式。一方、「1、2、3...」と数字で区切って表すのがデジタル式だ。その意味では動力が電気かどうかは関係ない。実際、電池で動くアナログ式時計や、ぜんまいで動くデジタル式時計も存在する。この定義からすれば、ソロバンも玉を弾くたびに数字が1、2、3...と飛び飛びで増えていく(例えば1と2の「間」は示せない)のでデジタル式といえる。

アナログ方式とデジタル方式の違い
20191007_03.jpg(出所)松林 薫

電動コンピューターがドイツ軍暗号を解読

 ところで、計算に「機械」を用いるようになったのはいつだろう。現存する計算機としては、フランスの数学者ブレーズ・パスカルが1645年に作ったものが最古とされる。現物は存在しないものの、その20年前にヴィルヘルム・シッカートが考案した別の計算機のスケッチも残っている。いずれにせよ、わたしたちが「コンピューター」と聞いてイメージする機器の原型は、ガリレオ・ガリレイやアイザック・ニュートンが活躍した科学革命の時代に生まれたことになる。

 18~19世紀にかけて起きた産業革命期には、機械式計算機の改良が進んだ。多項式の計算ができる「階差機関」が誕生したのもこの時期だ。科学の急速な発展により複雑な計算のニーズが高まったことに加え、計算機を作るための技術も向上したのである。

 この時期、コンピューター技術は「アナログ」を中心に進化していった。歯車やワイヤーを組み合わせ、その動きを利用して計算を実行する方式だ。東京・上野の国立科学博物館に展示されている「ケルビン式潮候推算機」はその一つ。中央気象台(現気象庁)で1930~1960年まで、潮位を予測するのに使われた。潮の満ち引きの周期や、場所による違いなどを歯車や滑車の動きに変換。複雑な波が重なった曲線を紙に描き出す仕組みだ。ほんの半世紀ほど前までは、こうしたアナログ式コンピューターが企業や役所で活躍していたのだ。

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ケルビン式潮候推算機
(写真)松林 薫
(取材協力)国立科学博物館

 一方、電気で動くコンピューターの開発が本格化したのは第二次世界大戦中。きっかけは、ドイツ軍が使ったタイプライター型暗号機「エニグマ」の解読だった。取り組んだのが「コンピューターの父」と呼ばれる英国の数学者、アラン・チューリングだ。彼はプログラムを書き換えればさまざまな用途に使えるマシンを構想。英国の情報機関で「ボンブ」と呼ばれる電動コンピューターを開発し、ドイツ軍の暗号解読に成功した。

 戦後、コンピューターの進化を促したのも軍事だった。米ソの冷戦が始まり、核兵器やミサイルなどの開発に不可欠な道具となったからだ。まず、真空管を使ったコンピューターが普及。1960年代以降は半導体を用いた集積回路(IC)の発明により、マシンの小型化・高速化が進んだ。1980年代に入ると、米アップルコンピュータのマッキントッシュやNECのPC-9800などのパソコンが職場や家庭に浸透し始めた。

量子の二大特徴「重ね合わせ」と「もつれ」

 電子機器の普及から約半世紀。今、コンピューターの歴史に、新たな1ページが付け加えられようとしている。量子力学を応用した全く新しいタイプが登場したからだ。やや遠回りになるが、まずは量子が織りなす不思議な世界について簡単に紹介しておこう。

 量子とは物質・エネルギーの極めて小さい単位だ。原子や電子、中性子などがその代表例で、いずれも「粒子」と「波」の性質を併せ持つ。「粒子であると同時に波でもある」と聞いてもイメージし難いが、量子力学の世界ではそもそもわたしたちの常識や直感は通用しない。

 この分野の大家で1965年に朝永振一郎とともにノーベル物理学賞を受賞したリチャード・ファインマンが、「量子力学を理解した」とうそぶく学者に対し、本当に理解しているかは怪しいと指摘しているほどだ。また、現代物理学の基礎を築いたアルベルト・アインシュタインも確率論を用いる量子力学の説明に納得できず、「神は(確率に左右される)サイコロ遊びをしない」と言ったという。

 この新しい概念のコンピューターは、量子の「重ね合わせ」と「もつれ」という主に二つの特徴を利用する。

 「重ね合わせ」とは、一つの量子が異なる状態を同時に実現する現象だ。例えば従来の電子コンピューターは、電気の流れがオンかオフかで「1」か「0」を表す。ところが量子は「1であると同時に0でもある」という状態をつくることができる。

 オーストリアの物理学者、エルヴィン・シュレーディンガーは、この状態を説明するために「シュレーディンガーの猫」と呼ばれる有名な例え話を作った。単純化すると以下のようになる。

 外からは中の様子が分からない箱を用意し、ネコを閉じ込める。箱の中には毒ガスを詰めたビンも一緒に入っている。一定の時間が経ってから箱を開けた時、ビンが壊れていなければネコは生きているし、ビンが壊れていれば死んでいる。

 この時、わたしたちが普段目にしている世界では、箱の中のネコは「生きている」か「死んでいる」かの二つの状態しかない。中の様子は分からないが、実際にはネコの生死は箱を開ける前に決まっている。

 ところが量子力学が支配する世界では、箱の中のネコは「生きていると同時に死んでいる」という重ね合わせの状態にある。そして、箱を開けて中を「観察」した瞬間に生死が決まる。言い換えると、生か死か、どちらか一方に収束するわけだ。繰り返しになるが、「箱を開けるまで生死が分からない」のではなく、「箱を開けるまでは生死が重なった状態にある」のだ。

シュレーディンガーの猫
20191007_05.jpg(出所)松林 薫

 一方、量子の「もつれ」も負けず劣らず不思議な現象だ。まず、重ね合わせ状態にある二つの量子を「もつれた」状態にする。こうしてペアリングした二つの量子のうち、一方を「観察」すると、その瞬間に他方の状態が確定する。

 例えば、「0」「1」の重ね合わせ状態にある、A、Bという二つの量子がもつれているとする。Aが「0」だと分かった瞬間、Bも「1」に確定するという現象が起こるのだ。量子コンピューターはこの性質を利用しながら、情報を送ったり処理したりする。

アニーリング方式とゲート方式が有力

 量子コンピューターの研究開発は、大きく分けると二つの方式を軸に進んでいる。すでに初歩的なモデルが実用化されているのが「アニーリング(焼きなまし)方式」だ。カナダのベンチャー企業D-Wave社が試作機を開発し、企業や研究機関に提供している。当初は本当に量子コンピューターなのか疑う向きもあったが、現在ではほぼ間違いないだろうとみられている。

  「焼きなまし」とは本来、金属を熱した後で徐々に冷やす加工法を意味する。加熱すると金属の分子が激しく振動し、それをゆっくり冷やすと分子の向きがそろう。この工程を経ることで金属を柔らかくしたり、品質を安定させたりすることができる。日本でも刃物などを作る際に用いられてきた技術だ。

 アニーリング方式も、これに似た技術を使う。まず、量子を並べて「重ね合わせ」の状態にする。これは不安定な状態なので、外部から刺激を与えると量子は安定した状態になろうとする。この現象を利用すると、「組み合わせ最適化問題」という、従来のコンピューターが限界に突き当たっていた種類の計算が高速で可能になるのだ。

 組み合わせ最適化の代表例が「巡回セールスマン問題」だ。会社を出発し、多数の顧客を1回ずつ訪問して戻る時、どのルートを選べば最も時間がかからないかを考える。現在のコンピューターなら難なく解けそうに思えるが、実はそうとも限らない。ルートは「順列・組み合わせ」なので、すべてを比較しようとすると膨大な計算が必要になるからだ。

 単純計算すると、顧客が2人なら2通りのルートしかない。だが20人になると、組み合わせは243京2902兆を超える(京は兆の1万倍)。さらに30人のケースを総当たりで解こうとすれば、もはや現行のコンピューターでは手に負えない。現実には問題の解き方を工夫したり、近似値を求めたりして答えを出しているが、現状ではすべてを比較して最適解を求めるのが難しい分野がたくさんあるのだ。

巡回セールスマン問題20191007_06.jpg(出所)松林 薫

 ただし、アニーリング方式のマシンが得意なのは、今のところこの「組み合わせ最適化問題」の計算だけだ。この点は、気候変動の研究から経済予測までさまざまな用途で使える現行のスーパーコンピューターとは異なる。

 その点、ゲート方式はより多くの用途に使えると考えられている。研究はアニーリング方式ほど進んでいないが、実用化されればスーパーコンピューターに取って代わる可能性が高い。

 このタイプは「もつれ」を利用して情報を伝達・処理する。従来型の電子コンピューターではデータを電流によって送っていたが、これを量子に置き換えた形だ。ただし、電子式が情報を「0と1」に変換するのに対し、量子は重ね合わせを利用することで、より大きな情報量を扱える。技術的には実用化までにいくつかのハードルがあるが、高速で多用途のマシンが作れるのではと期待されている(インタビュー参照)。

量子コンピューターが情報を伝える仕組み
20191007_07.jpg(出所)松林 薫

まずは医薬品・産業素材の開発へ応用?

 量子コンピューターが普及すると、果たして世界はどう変わるのだろうか。最初に応用が進むのは医薬品や産業素材の開発分野とみられている。これまでコンピューターの性能に限界があって試せなかった、複雑な組み合わせをシミュレーションできるようになるからだ。

 こうした計算ができる専用機は、既にプロトタイプが使われ始めている。近い将来、難病の特効薬が次々に発明され、人類の寿命は大幅に伸びるかもしれない。軽くて頑丈な素材で自動車や飛行機を作れば省エネも加速するだろう。一般の人が現在のパソコン並みに量子コンピューターを使うようになるのはずっと先の話だろうが、恩恵は意外に早く受けられるかもしれない。

 それに加えて新たな概念のコンピューターの登場は、わたしたちのものの考え方や文化を大きく変える可能性も秘めている。本来、自然現象や人間行動はアナログである。しかし、デジタル機器が普及した結果、それらを人為的に数字に置き換えて理解する「デジタル文化」が興隆した。

 これに対して量子コンピューターは、情報を重ね合わせ状態というアナログで扱う。つまり、「0であると同時に1である」といった割り切れない世界だ。こうした技術が身近になれば、人々の世界観にも影響を与えるだろう。現在では「アナログ人間」と言えば、最新技術に付いていけない人を指す。だが、何十年か後には「デジタル人間」が時代遅れの代名詞になるかもしれない。


インタビュー

常温で使える「光方式」は回路の小型化が課題
=武田俊太郎・東京大学大学院准教授

 ―そもそも「光方式量子コンピューター」とはどのようなものですか。

 まず、「量子コンピューター」とは量子の特徴を利用するコンピューターのことです。量子にはイオンや電子などさまざまな種類があり、それぞれコンピューターへの応用が模索されています。わたしたちはそのうち光を構成する「光子」を使う方式を研究します。

 光方式の強みは、常温や大気中でも計算を実行できることです。量子のほとんどは状態が安定していないため、扱うのが非常に難しい。例えばイオンや電子を使うと、真空中に量子を浮かせたり、回路を絶対零度(約マイナス273度)近くまで冷したりしなければなりません。これに対し、光は特別な環境をつくらなくても扱えるので普及の際に有利だと考えています。

 インターネットなどに広く使われている光通信と相性がよい点も強みです。光以外の量子コンピューターからデータを送る場合、量子の情報を光の情報に変換しなければなりません。この過程で情報が失われないようにするには、特別な操作が必要になります。しかし光方式なら、その手間がかなり省けるのです。

「光方式」の強み20191007_09.jpg(出所)米村 大介

 ―光方式量子コンピューターはいつ実現できそうですか。

 まだいくつかハードルがあります。例えば、さまざまな用途に使える汎用機を作るには、基本的な計算回路を5種類用意しなければなりません。そのうちの一つはまだ開発できておらず、わたしが所属していた古澤明教授の研究室で実験しているところです。

 「誤り訂正機能」の実装も課題です。実はわたしたちが使っている普通のコンピューターでも、ごくまれに計算ミスをします。間違いが生じても自動的に修正するプログラムが組み込まれているので問題なく使えるのです。この機能がなければ、1000回に1回間違うだけでも使い物になりません。光方式に限らず、量子コンピューターではこうした仕組みがまだ実用段階に至っていないのです。

 回路の小型化も進める必要があるでしょう。取材で見ていただいたように、現状では簡単な計算を行うだけで、部屋を一つつぶすほどスペースを使います。これを組み合わせて世の中で求められる性能の計算機を作ると、とんでもないサイズになってしまいます。

 わたしが研究している「ループ型光量子プロセッサー」も、小型化に向けたアイデアの一つです。同じ回路を切り替えながら、さまざまな計算に繰り返し使う仕組みです。既に回路の切り替えには成功したので、現在は計算の方法を研究しています。

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光方式量子コンピューターの実験装置(古澤明研究室)

 ―どんな分野で活用できますか。

 量子コンピューターには「超高速」というイメージがありますが、これは少し誤解を含んでいます。現状では特定の計算が速いだけで、あらゆる計算が得意というわけではないからです。では何が得意かといえば、代表的なのは膨大な数の組み合わせの中から最適なものを選ぶ計算です。これは現在のスーパーコンピューターが不得意な分野なのです。

 近い将来、実現できそうな分野は、化学材料のシミュレーションだろうといわれています。さまざまな物質の組み合わせをコンピューター上で試すことで、エネルギー変換効率が高い太陽電池や、自動車向け小型電池などが生まれるかもしれません。医薬品を開発する用途でも使われるでしょう。量子コンピューターは、こうした分野で社会を大きく変えるのではないかと期待しています。

 一方、今の技術水準から考えると、実現まで時間がかかりそうな分野もあります。例えば量子コンピューターは、通信の秘密を守るのに用いられる暗号を破れるのではないかといわれます。暗号の多くは現行のコンピューターが苦手な「素因数分解」という計算を利用しており、量子コンピューターはその計算が得意だからです。

 しかし実際に解くには、今のマシンでは実行不可能な膨大な回数の計算をこなす必要があります。当面は暗号が危険にさらされる心配はしなくてよいでしょう。

 ―研究を始めたきっかけを教えてください。

 実は、量子コンピューター自体に初めから興味があったわけではありません。研究室の設備を見学した時、「レゴのようなブロック遊びに似ていて楽しそうだな」と思ったのです。

 この分野は数年前まで、ほとんど注目されませんでした。それでも続けてこられたのは、単純に面白かったからです。ただ最近は、「あなた方の研究は世の中に必要だから頑張ってほしい」と言われる機会が増えました。今ではそうした声も励みになっています。

 量子コンピューターでも、流行りの方式を選ぶと「後追い」が多くなり、苦労してもなかなか注目されるような成果を上げられません。その点、わたしたちの光方式量子コンピューターは独自性の高い方式を採用しているため、世界にライバルもほとんどいません。新しい発見をすると、それがほぼ「世界最先端」になる点には魅力を感じています。

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東京大学大学院准教授の武田氏

(写真)提供以外は伊勢 剛 RICOH GR III


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武田 俊太郎氏(たけだ・しゅんたろう)
 東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻准教授、科学技術振興機構さきがけ研究者(2017年10月~)。
 2014年東京大学工学系研究科物理工学専攻博士課程修了、同年分子科学研究所特任助教、2017年東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻助教、2019年10月から現職。32歳。

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※この記事は、2019年9月30日発行のHeadLineに掲載されました。

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