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ペーパーレス化の中で出現した「魅せる紙」

=オンデマンド印刷(POD)が広げる可能性=

2020年03月30日

社会・生活

研究員
木下 紗江

 社会全般でデジタル化が加速する中、各種メディアで「ペーパーレス」という言葉をよく目にするようになった。将来、本当に「紙」は消えてしまうのだろうか。本稿では、ペーパーレス化の現状を確認しながら、「魅せる紙」という新たな需要の出現についてレポートする。

1.ペーパーレス化の現状

(1)世界の紙生産は5年間で14%減、板紙は13%増

 国連食糧農業機関(FAO)の統計によると、2018年の世界全体の紙・板紙生産量は3億5532万トンで、5年前の2013年(3億4471万トン)から3%増加した。その内訳をみると、紙(印刷・情報用紙、新聞用紙)の生産量は9930万トンで5年前から14%も減少。一方、板紙(段ボール原紙・包装材、衛生用紙など)は2億5683万トンで13%増えており、明暗がくっきりと分かれる。

図表世界の紙・板紙の生産量(2013→2018年)
(出所)FAO
(注)カッコ内は2013年から2018年の増減率

 紙の内訳をさらに詳しくみると、上のグラフで示した通り、オフィスで使うコピー用紙などの印刷・情報用紙は5年前と比べて8%減少した。会議資料や申請書が紙ではなく、タブレットやアプリで済まされる傾向が各国で強まっているようだ。また、新聞用紙は38%という激減。世界的に「紙の新聞離れ」に歯止めが掛からず、書籍やカタログといった情報媒体も紙から電子版への移行が加速する。

 一方、板紙の内訳をみると、段ボール原紙・包装材の生産量は、5年間で11%も伸びた。電子商取引で米アマゾン・ドット・コムが世界を席巻し、アリババ集団は最大市場の中国で覇権を握るなど、宅配便取扱量は地球規模で増えている。

(2)トップ中国は3%増、米国や日本は減少傾向

 国別にみると、最大生産国・中国の2018年の紙・板紙の生産量は1億435万トンで、5年前の2013年(1億110万トン)から3%増加した。伸び率は世界全体とほぼ一致する。これに対し、第2位の米国は3%、第3位の日本は1%それぞれ減少した。先進国では「アマゾン効果」を上回るスピードで、ペーパーレス化が進んでいるといえよう。

図表国別の紙・板紙生産量(2013→2018年)
(出所)FAO
(注)カッコ内は2013年から2018年の増減率

 日本については、日本製紙連合会の統計を引用する。2018年の紙・板紙の需要は2609万トンで、5年前の2013年から6%減少した。需要別では段ボール原紙が6%、衛生用紙が4%それぞれ増えたものの、それ以外は減っている。とりわけ新聞用紙は20%、印刷・情報用紙は16%も減少し、メディア業界やオフィスにおけるペーパーレス化の加速が浮き彫りになる。

図表日本の紙・板紙の内需(2013→2018年)
(出所)日本製紙連合会

2.「魅せる紙」の背景にデジタル疲れや地球環境問題

 このようにペーパーレス化は確実に進んでいる。その一方で実は、「魅せる紙」という新たな需要も生まれている。その背景として本章では、消費者の「デジタル疲れ」と地球環境問題に対する意識の高まりを指摘する。

(1)「デジタル疲れ」の消費者に紙のDM

 まず「魅せる紙」の具体例として、「デジタル疲れ」した消費者に対する企業広告活動の変化を紹介する。一般社団法人日本ダイレクトメール協会「DMメディア実態調査2018」(首都圏在住20~50代の男女200人を対象)の結果によると、自分宛てに届いた紙のDM(対象者合計で1305通)のうち、開封または閲読したDMの割合は79.4%に達した。

図表紙のDMの開封率(首都圏)
(出所)一般社団法人日本ダイレクトメール協会「DMメディア実態調査2018」

 これに対し、メールで送付したDMの開封率はどうなのか。米アコースティック社の調査によると、アジア太平洋地域で18.7%、世界全体では24.0%にとどまる。同社は、企業が送るメールの量が増えているため、DMは開封されにくいと指摘する。実際、米国では「Email Fatigue(=メール疲れ)」という言葉も登場している。

図表メールで送付したDMの開封率
(出所)米アコースティック社「2019 Marketing Benchmark Report」

 実際、「アナログならでは」の効用に着目し、紙のDMを再評価する企業が増えている。ただし、従来のDMとは似て非なるものだ。以前は同一内容を大量に印刷・発送していたが、最先端のDMは顧客一人ひとりに「オンリーワン」の紙のDMを送付するのである。顧客の購買履歴や年齢、性別、地域、季節などに応じ、オススメ商品の情報を提供するというわけだ。

 例えば、日本の大手チェーンストアはDM戦略を抜本的に見直した。これまでは多数の顧客に同じ内容で紙のDMを送付していたが、実店舗での購買やネットショッピングでの閲覧などの履歴を基にした内容に刷新したのだ。それにより、顧客は自分が欲しかった商品のクーポンを入手でき、満足度も向上する。一方、チェーンストアはマーケティング効果を高め、購入単価の引き上げや来店頻度の増加を実現したという。

 また、女性に照準を合わせたネット通販サイトでは、「顧客が以前購入した服とよく似たアイテム」を着こなすモデルの写真を活用。顧客好みのオンリーワンのカタログを制作・送付することで、顧客のサイト訪問率を10%増やした。さらに、顧客がサイト上のカートに入れたままで未購入の商品をピックアップ。カートに入れてから24時間以内に、未購入商品を紹介する紙のDMを制作・送付し、売り上げを20%伸ばしたという。

(2)紙がもたらす「深い読み」

 紙のDMの再評価に関しては、デジタルよりも人間の想像力をかき立てるというアナログの特徴を指摘できそうだ。例えば、東京大学大学院総合文化研究科の酒井邦嘉教授は著書「脳を創る読書」(実業之日本社)の中で、「入力された情報が少なければ少ないほど、想像力で補われる部分が大きくなる」と主張する。映像を見るよりも活字を読むほうが、想像力が働いて「深い読み」ができるようになるというのだ。その結果、相手への共感や他者への理解も可能になるという。

写真「脳を創る読書」酒井邦嘉(実業之日本社)

 同様の指摘は、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)教育・情報学大学院のメアリアン・ウルフ所長も、著書「デジタルで読む脳×紙の本で読む脳」(インターシフト)の中で行っている。例えば、イスラエルの科学者は小学5年生を対象に、同じ物語を印刷(=紙)か画面(=デジタル)のどちらかで読ませる実験を実施。その結果、「ほとんどの子どもはデジタルで読むほうが好きだと言ったにもかかわらず、読んだものの理解は印刷で読んだほうがうまくできた」と結果が出たという。

写真「デジタルで読む脳×紙の本で読む脳」メアリアン・ウルフ、大田直子訳(インターシフト) 

 米国の有力企業の間でも、紙のもたらす「深い読み」や共感・理解の向上に注目する動きがみられる。ここでは、民泊大手Airbnb(エアビーアンドビー)のエピソードを紹介する。2016年、宿泊先を提供する一部のホストによる、特定人種の宿泊を拒否した問題が発生。危機に直面した同社は、無差別を約束する広告を制作し、社会に訴えた。

 それだけでなく、その方針を社内の共通理解とするため、同社はあえて紙のポスターを制作し、オフィスの壁面に掲示した。ポスターの1枚1枚に社員一人ひとりの写真を使い、計300種以上の「作品」が完成。デジタルの映像ではなく、アナログの紙を使うことで、社員への訴求力を高めたのである。

(3)海洋プラスチック問題でレジ袋が紙製に

 地球環境問題も、逆説的に聞こえるかもしれないが、「魅せる紙」という新たな需要を生み出している。本章では、プラスチック製のレジ袋やガラス製の瓶(びん)を、紙製に切り替える有力企業の取り組みを紹介する。

 今、マイクロプラスチックによる海洋汚染が地球規模の社会問題となり、日本では2020年7月1日にプラスチック製レジ袋が有料化される。これに先立ち、ファーストリテイリングは傘下のユニクロとGU(ジーユー)で2019年9月以降、プラスチック製レジ袋の紙製への切り替えを推進してきた(注=2020年4月に全店で紙製導入・有料化の方針だったが、3月9日に延期を発表)。

 同社の柳井正会長兼社長は「サステナビリティー(持続可能性)はあらゆる企業にとって最大の課題」(2019年1月5日日本経済新聞電子版)と指摘した上で、将来は紙製レジ袋を削減しエコバッグの利用を促す考えを示した。同社のほかにも、海洋プラスチック問題への対応策として、レジ袋を紙袋に変更する小売店が増えている。次善の策とはいえ、足元で紙製レジ袋が再評価されているのは確かだ。

20200330_01a.jpg海岸に漂着したプラスチックごみ(神奈川県・鵠沼海岸、後方が江の島)
(写真)遊佐 昭紀

(4)ビール瓶を「紙製」にしたカールスバーグ

 デンマークのビール製造大手カールスバーグは2019年、紙製ビールボトルを発表した。同社は2030年までに CO2排出量を生産工程で実質ゼロ、フルバリューチェーンで実質30%削減という目標を設定。うち後者について、ガラス瓶(びん)の輸送に伴う排出量を抑制するため、軽くてかさばらない紙製ボトルの開発に取り組んでいた。

 この紙製ボトル開発には、他の飲料メーカーや化粧品大手なども参画しており、多様な分野での活用が期待される。地球環境問題への意識の高まりが、紙の「再評価」をもたらしているのだ。その背景にはもちろん、紙の再利用・リサイクルが進み、以前に比べると地球環境に優しくなったという側面があることは言うまでもない。

3.「魅せる紙」に応えるオンデマンド印刷

(1)オフセット印刷とオンデマンド印刷の違い

 紙の再評価によって登場した「魅せる紙」の需要。それに対し、リコーをはじめ事務機メーカーはオンデマンド印刷(POD)で応えようとしている。

 従来のオフセット印刷は、印鑑の表面のような凹凸板にインクを着け、ローラーに転写。転写されたインクを紙に印刷する。印刷データを基にして凹凸板を製作するため、それに時間と費用がかかってしまう。1色印刷の場合は1枚の凹凸板で済むが、カラー印刷では基本的に色が増えるほど板も増やす必要がある。このため、少量の印刷物ではオフセットは採算をとりにくい。

 これに対してPODは、印刷データを印刷機の内部で処理するため、凹凸板を作らずに印刷できる。このため、部数の少ないカラー印刷でも採算をとりやすい。加えて、データ入稿から納品までの時間を短縮でき、凹凸板の保管場所も要らない。

 基本的に、印刷で表現できる色彩は4色(黄、マゼンタ=赤、シアン=青、黒)。それに加えて、オフセット印刷は特別に作られた色(=特色)を多数そろえる。この点ではPODに優るといわれ、写真集などは一般的にオフセットで印刷されてきた。しかし今では、PODでも蛍光色や、後述する透明色といった特色が可能になり、画質が著しく向上している。

 こうした改良を経て最先端のPODは、「魅せる紙」に求められる性能を満たすようになった。このため、リコーなど事務機メーカーは、主力のMFP(複合機)で培った画像処理技術を応用する形で、POD事業を拡大しようとしている。

(2)バリアブル印刷や透明色...PODメーカーの取り組み

 それでは、PODメーカーは「魅せる紙」という新たな需要に対し、どう取り組んでいるのか。あるいはどう対応するつもりなのか。

 まず、「デジタル疲れ」した消費者向けのオンリーワンDMの送付は、PODにとって「読み手に応じて内容を変えられる」という最大の長所を活かせる分野である。1部ずつ内容を変えて印刷する手法は、バリアブル(=可変)印刷と呼ばれる。凹凸板の製作が不要で、本体付属のタブレット上で容易に印刷データを差し替えられるため、PODはバリアブル印刷を身近なものにする。

 また、Airbnbが訴求効果を狙って紙のポスターを活用したように、PODで制作するポスター印刷も注目を集める。例えば、ある化粧品会社は口紅のポスターをPODで制作。その際、モデルの唇を透明色で印刷することで、潤いのある艶(つや)を表現した。透明色は光が反射した時のキラキラ感を表現できるため、髪や食材、自動車のボディなどにも応用可能だ。

 このようにPODでもオフセット印刷並みの透明色が実現し、ポスターの訴求効果が著しく向上している。PODならば、厚紙や薄紙、凹凸のある和紙など多種多様な紙に印刷できるため、デザインの裁量余地が一層拡大する。

写真PODで制作したポスター
(写真)リコー

 地球環境問題も「魅せる紙」の需要を拡大する。ファーストリテイリングに代表されるように、海洋プラスチック問題の深刻化がレジ袋の紙製化を促しているからだ。

 このため、ビニール袋の代わりに紙袋を使い、そのデザインに力を注ぐ企業が増えている。商品購入後に消費者が持ち歩く紙袋には宣伝効果があり、「こだわりの紙袋」を制作する企業も少なくない。例えば、全国展開する輸入雑貨店は、バレンタインデーやクリスマスなど季節ごとに紙袋デザインを変更する。贈り物の買い手も貰い手も、紙袋を手にすることで幸福感を味わえるデザインを手掛ける。

 またメーカーでは、商品の包装(パッケージ)が多様化する。スイスの食品大手ネスレは海洋プラスチック汚染問題に対応するため、菓子類の包装をプラスチック製から紙製に切り替え始めた。同時にデザインも刷新。パッケージの切り取り線に沿って切り折りすると、折り鶴が完成する仕掛けだ。それには、受験の応援や感謝の気持ちを伝えるコミュニケーションツールとして使ってほしいという、同社の熱い想いが込められている。

 こうした輸入雑貨店やネスレの取り組みにおいて、PODが使われているかは定かでない。しかし今後、こうした分野でPODの活躍の場が広がるのは必至とみられる。POD事業を担うリコーCP事業本部マーケティングインテリジェンスチームの担当者は「最近、1つの商品に複数のパッケージデザインを用意する企業が増えている。とりわけイベント連動や期間・季節限定といった商品のパッケージを印刷する際には、PODの良さを活かすことができる」と話す。事実、飲料や菓子などでは、地域ごとにパッケージデザインを変えている商品も多い。地域に愛され観光客に喜ばれており、一定の販促効果が認められる。

4.「香り」「触感」...五感を刺激するPODの可能性

 このようにPODメーカーは「魅せる紙」という新たな需要に対応しながら、さらに大きな可能性も視野に入れ始めた。前述したリコーの担当者に「紙の未来がどうなると思うか」と質問すると、「将来は、五感を刺激するような紙が求められてくるのでは」という予測を示した。

 例えば、香りを「情報」として伝達する印刷技術は既に世の中に存在するという。そこで大手コーヒーチェーンのエピソードを紹介する。米紙によると、焙煎豆の保管方法を変更したところ、店内に漂うコーヒーの香りが薄れ、売り上げが減ってしまった。それにより、同社は香りが売り上げを支える重要な要因の一つだと気付いたという。

 また、英国のシャツメーカーの小売店では、洗い立てのリネンの香りを店内にあえて充満させているという。この点に着目した日本の住宅関連情報誌は、芳香剤の香りがする栞(しおり)を付録にした。香りによって、読者がリビングでくつろぐ姿を想像しやすくなる効果を狙ったようだ。また、新進気鋭の仏アパレルブランドの2020年秋冬コレクションの招待状は、封を開けるとバニラのような甘い香りが漂う。PODを使って印刷物でも香りを手軽に利用できれば、紙は新たな訴求力を発揮するに違いない。

 五感の中では、触感(=手触り)も注目される。日本の子供向け図鑑には、累計発行部数が100万部を超すロングセラーが幾つも存在する。その秘訣は編集者の創意工夫にある。例えば、都会の子どもでも自然を身近に感じられるように、犬やハムスター、蛇といった動物の体毛・皮膚を再現するなど出版業界は工夫を凝らしてきた。また、飛行機や自動車などの仕組みを説明する図鑑には、ページをめくると乗り物が飛び出したり、小窓を開けると説明が読めたりといった立体的な仕掛けがある。

 少子化が進む中でも図鑑が健闘しているのは、このように出版業界が積み重ねてきた努力の賜物だろう。将来、PODがリアルな触感を提供できれば、「魅せる紙」の市場は一層拡大する可能性もある。リコーのPOD担当事業部もPODの未来について「五感や感性、感情を刺激する出版物が中心になるだろう」と予測する。

 メアリアン・ウルフ氏は先に紹介した著書の中で「触覚が別の次元を加えるのは、私たちが印刷された言葉を読むときに活性化されるものであり、それは画面上では消えてしまうかもしれません」と論じている。デジタル化に伴うペーパーレス化によって、人間の五感の一部が失われているのだろうか。とすれば、PODはそれを取り戻すことができる、「夢の技術」に進化する可能性を秘める。

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