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過熱したタクシー投資の結末

=ライドシェア普及で崩壊した「期待」=

2019年09月09日

社会・生活

研究員(米国コロンビア大学留学中)
倉浪 弘樹

 ニューヨーク市で生活を始めて約1年。先日、アパートの賃貸契約を更新する際、オーナーから7%の値上げを提示された。日本で体験したことのない事態に戸惑いつつも、米国経済の強さを実感した。物件の空室率が約2%といわれるこの街では、住宅市場は常に需要過多。今後も人口増が見込まれ、需要に衰えはみえない。このため、既存物件の不動産価格は2013年以降、毎年上昇を続けている。リターンへの「期待」が投資を惹き付けているのだ。さすが資本主義の聖地、アメリカである。

 その一方で、近年価格が暴落したモノがある。「メダリオン」と呼ばれるタクシーの営業許可証がそれだ。ボンネットに取り付ける金属製のプレートで、その総数はニューヨーク市によって約1万3000枚に制限。市場での売買が認められていたため、「投資商品」と化していた。折からの旺盛なタクシー需要に支えられ、2014年には一時、何と約130万ドル(約1億3700万円)の高値で取引されたこともある。しかし、その後は急速に値を下げ、2018年には約20万ドル(約2100万円)まで暴落。今では買い手がつかない状態だ。

 この背景に、ライドシェアサービスの普及があることは明らかだ。ドライバーと乗客の間に入り、両者をマッチングさせるサービスで、車の手配から決済までをスマートフォンのアプリで完結できる。利便性の高さが受け、2010年ごろから急速に普及。ニューヨーク市では、タクシーと同じ運転免許証(日本の普通第二種免許に相当)が必要なのにもかかわらず、ドライバー数が急増。その結果、タクシー台数を制限していたメダリオンの価値が崩れ、価格が暴落したのだ。

 このメダリオンのバブル崩壊は、「投資家」を直撃した。複数のメダリオンを保有し、それをドライバーに貸し出して利益を上げる「メダリオン長者」たちだ。しかし彼らはメダリオンの価値だけでなく、貸し出しビジネスそのものも失った。ドライバーはライドシェアサービスに流れ、メダリオンを貸し出す相手がいなくなったからだ。

 これまでメダリオンの価値を支えていたのは、タクシービジネスに対する投資家の「期待」。それは、「ニューヨーク市がタクシーの総台数を規制」という事実に裏付けられていた。それにより参入障壁が築かれ、サービス提供者は大きな利益を享受できた。2008年のリーマン・ショック以降の株価下落局面でも、メダリオンの価格が上昇を続けたのは、その期待の表れだろう。だがそれは、どれほど信頼できるものだったのか。

 ライドシェアサービスは既存のタクシービジネスを破壊したといわれるが、ニューヨーク市に限れば適切ではないように思う。ライドシェアサービスが破壊したのは、規制によって生み出された「過度な期待」だったのだろう。引き寄せられたマネーは、タクシードライバーの手を離れ、メダリオン長者に集まり、結局は泡と消えた。

 ニューヨーク市では、2017年にライドシェアサービスの利用回数がタクシーを抜いた。今や重要な交通インフラであるのは間違いない。ドライバーの中には、かつてメダリオン長者に雇われていたタクシードライバーも多い。彼らはタクシーからライドシェアサービスに看板を付け替え、以前と変わらず営業を続けている。タクシービジネスに対する期待は、ドライバーごとライドシェアサービスに移ったのだ。今や、ライドシェアサービスを担う企業が、多くの投資家を惹き付けている。いつの時代もこの街では、形のない期待が欲望という名の翼を広げ、次の標的を探しながら、摩天楼の上空を飛び回っている。

20190904.jpgニューヨーク市内のタクシー
(写真)筆者

倉浪 弘樹

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※この記事は、2019年6月28日発行のHeadLineに掲載されました。

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