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技術革新の波に乗り、ビジネスを展開するには?

=「当たり前」排除で発想、収益モデル構築が重要=

2020年10月08日

新型ウイルス

リコー経済社会研究所 顧問
中村 昌弘

 昨年の今ごろはラグビーワールドカップ(W杯)が開幕し、日本チームの快進撃に国中が沸き返っていた。気は早いが、2020年東京五輪・パラリンピックでの日本選手団の活躍にも期待が膨らんでいた。たった1年前のことだが、だれが新型コロナウイルスの影響で東京五輪が延期になると想像できただろうか。本サイトで関連コラムを執筆したように、当時の筆者はちょうど四国八十八カ所巡り「お遍路」の途上。急坂を下りながら、「来年、(逆に巡る)逆打ちでこの坂を登るのは相当つらいな」などと、今思えば幸せな心配をしていた。

写真2021年の東京五輪・パラリンピック開会を待つ国立競技場
(写真)田中 博

 2020年に入り、新型ウイルスによってわれわれの生活は大きく変わった。仕事環境ではそれまで掛け声先行だったテレワークが、新型ウイルス対策の必要に迫られどんどん進み、働き方が様変わりした。筆者の周辺でも今や、「テレワークでもほとんど今まで通り仕事ができる」という声が大半である。本社を地方に移す企業が出てきたし、勤務体系そのものを見直す企業もある。

 もっとも、こうした新たな働き方が浸透したのは、それを支える技術革新があるからだ。筆者は2020年6月9日付のコラムで、リコーが20年以上も前、「CO-HO-MO(Corporate Office Home Office Mobile Office)」というコンセプトを提唱し、「どこにいても仕事ができる環境」の提供を目指していたことを紹介した。しかし実験当時は、テレワークを不自由なく行うことなど不可能だった。その後の技術の蓄積が進む中で、コロナ禍という想像以上の非連続な環境変化に直面し、新しい働き方を受け入れる社会環境が急速に整ったといえる。

 では、技術の進歩をどう予測すればいいのか。筆者がよく参考にしていたものには、文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が実施する「科学技術未来予測調査」がある。あらかじめ設定した科学技術課題の実現年度について、各分野の専門家がアンケートに回答。1971年に第1回の報告書をまとめて以来、ほぼ5年おきに実施されている。

 ちなみに、2019年にまとめられた直近の第11回報告書は、2040年ごろの未来を予測する。そこでは「人間性の再興・再考による柔軟な社会」という社会像を掲げられ、「人間らしさを再考し、多様性を認め共生する社会」「リアルとバーチャルの調和が進んだ柔軟な社会」など4つの基本シナリオを描いている。

 例えば「リアルとバーチャルの調和が進んだ柔軟な社会」では、人や機械がネットワークでつながり、仮想空間が存在感を増す中で、仮想空間と現実空間がそれぞれの価値を発揮して補い合うことにより、全体として調和のとれた社会を目指す。そのためには、あらゆる情報をデータ化して蓄積・分析する技術や、人と機械とのインターフェースの技術などが必要となる。

 特に筆者が興味を抱いたのは、次世代テレプレゼンス技術と呼ばれる「誰もが遠隔地の人やロボットの動作の一部もしくは全身を自在に操り、身体の貸主や周囲の人と協調して作業を行うことができる身体共有技術」であり、報告書は2030年に実現できるとみている。同時期に、「個人の体験を、感覚情報のみならずその時の心理状態なども含めて生々しい肌感覚として記録し、それを編集・伝達・体験共有できるようにするメディア」の実現も予測しており、自分の興味ある技術の実現年度を追いかけたり、ある年の社会の姿を思い描いたりして「未来旅行」するのも面白い。

 ところで、気になるのはこうした予測がどの程度当たるかである。先のNISTEPは第9回調査で、第1~5回までの予測調査の実現状況も検証している。それによると一部実現を含めると、実現率は大体70%程度。環境や安全、医療といった生活や暮らしに比較的密接に関わる分野では、一部実現を含む実現率が高いと分析する。コロナ禍で暮らしへの不安が高まる中、こうした技術が前倒しで実現することを期待したい。

 その一方で、30%が実現できていないということは、専門家の英知をもってしても予測することがいかに難しいかがわかる。例えばがんの転移阻止手段については、第2回調査で1993年に実現と予測したものの、それ以降の調査で予測時期がどんどん後ズレ。第9回調査では課題を「がん転移を抑止する薬剤」と変えて、2023年に実現すると予測した。このように技術面での問題もあるが、費用対効果が低かったり、社会のニーズが広がらなかったりと実現を阻む要因はさまざまである。

 筆者が参考にした未来予測の資料はほかにもいくつかある。それらを読み比べたり、自分なりの変数を加えた視点で読み直したりするのは訓練になるが、何よりも自分で考えることが大切だったと思う。リコーでは2000~2010年ごろ、何回か数年先の未来オフィス予測を実施し、筆者もメンバーの1人として加わった。中には当たりも外れもあったが、今思うのは「何を根拠に予測したかを記録しておく」ことが大事ということだ。思考プロセスが分かっていれば次に予測する際、同じ失敗を繰り返すリスクが減る。

 また、ビジネスにおいては、技術革新を追求するだけでなく、ビジネスモデルまで構想しておくことが非常に重要だ。例えば、音楽・動画に関連したビジネスを考えてほしい。アナログ時代には音楽はレコード、動画はテープに記録していたが、デジタル化と記録媒体の進化でレコードはCDに、テープはDVDに置き換わった。それが通信技術の発達により、音楽・動画も配信が一般的になり、記録媒体さえ必要なくなろうとしている。それに伴い、レコードプレーヤーやビデオデッキだけでなく、CDプレーヤーやDVDプレーヤーといったハードウエアのビジネスは衰退を余儀なくされた。

 対照的に、価値を高めたのがコンテンツだ。一般人が気軽に配信できるようになり、洪水のように情報が氾濫する。半面、速報性や独創性、希少性などに優れていれば、瞬時にその価値が認められ世界中を駆け巡る。動画配信はユーチューバーと呼ばれる新たな職業も生みだした。ソフトがハードを凌駕(りょうが)する時代になったのだ。

 振り返れば筆者も1995年ごろ、社全体からメンバーが集い、委員会形式でインターネット普及に合わせた新しいビジネスを検討したことがある。アイデアの1つとして、世界中の情報を集めるための検索ソフトがあった。しかし、当時はビジネスモデルとしてプラットフォームや広告モデルのような発想ができず、ソフト販売の収益モデルを検討した結果、「採算が見込めない」として早い段階でボツになった。

 その後の世の中を見ると、判断の是非は言わずもがなであろう。新しいビジネスを生み出すカギは、技術の進歩で社会がどう変化し、どんなビジネスモデルが勃興するのかを考えることであると痛感したものである。

 withコロナ、afterコロナ時代を見据える今、どんな新たなビジネスが生まれるのだろうか。例えば今回のリモートワークによって、情報のやりとりはオフサイトでもそんなに不自由なくできることが分かったはずだ。情報交換を不自由なくできるならば、次は物品や五感の伝達はできないだろうか。3Dプリンターや五感ディスプレーを使えば、今でも一部は可能だが、まだまだ不十分なレベル。それがストレスなくスムーズにやり取りできる世界になれば、グローバルサプライチェーンの姿が様変わりし、デジタルトランスフォーメーション(DX)の活用が飛躍的に進むだろう。

 人類は新型ウイルスのパンデミック(世界的大流行)によって、「全世界一斉かつ非連続な変化」を経験した。それを前提に、こうした甚大な危機に対処できる技術についても、日頃から予測する習慣が大事だと痛感する。電力供給や通信網についても、もし世界中に被害が及ぶ危機が発生したら、どう対処するのか。例えば電力供給については、大規模発電所に頼るのではなく、自分たちのコミュニティーで賄えるような自産自消型のシステムを構築するという発想の転換が必要になるかもしれない。

 過去からのトレンドを追うだけでなく、これまでの前提をいったん白紙にして見直し、起こり得る可能性を1から検討するような発想法。筆者は仕事をする上で「今までを前提にしない」と常々言ってきたが、もっと踏み込まなくてはならない。当たり前に思っていたことが当たり前でなくなる。このような視点で物事を見つめ直し、日常から発想しておくことの重要性をコロナ禍によって改めて気づかされた。

中村 昌弘

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