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「紙」に印刷すると間違いに気づく理由

=「画面」にはない脳の働きとは?=

2020年09月14日

新型ウイルス

研究員
河内 康高

 「あれっ!こんなところを間違えてるよ」―。パソコン画面上で何回も確認して間違いがなかったのに、紙に印刷すると原稿のミスが...。こんな経験はだれにでもあるが、その理由がよく分からない。

 画面よりも紙のほうが、間違いに気がつきやすい。これは今まで何となく経験してきた真理だ。新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、リモートワークを始めてからは、より一層それを強く感じる。リモートワークではプリンターが無かったり、あってもその能力不足で印刷に手間取ったり。だから、紙でのチェックを怠りがちになり、ミスが生じて後で大きなしっぺ返しを食らう。

 もちろんできる限り間違いを減らし、仕事はスムーズに進めたい。紙と画面それぞれにおける、脳の働き方の違いなどを調べた上で、両者の使い分けを考察してみた。

「分析」の紙vs「パターン認識」の画面

 メディア批評の先駆者、カナダのマーシャル・マクルーハン(1911~1980年)は紙のほうが間違いに気づきやすい理由について、「反射光」と「透過光」の性質の違いを指摘した。前者は本を読むとき、いったん紙に反射してから目に入る光。一方、後者はパソコンやテレビの画面を見る際、直接目に入る光を指す。

図表反射光と透過光
(出所)筆者

 紙に印刷して読むとき、すなわち反射光で文字を読む際には、人間の脳は「分析モード」に切り替わる。目に入る情報を一つひとつ集中してチェックできるため、間違いを発見しやすくなるのだ。

 これに対し、画面から発せられる透過光を見る際、脳は「パターン認識モード」になる。送られてくる映像情報などをそのまま受け止めるため、脳は細かい部分を多少無視しながら、全体を把握しようとする。細部に注意をあまり向けられないので、間違いがあっても見逃してしまう確率が高くなる。

 筆者の経験に照らすと、マクルーハンの学説には納得がいく。例えば校正作業をする場合、原稿を紙に印刷して確認すると、一文字一文字に集中してチェックできる。しかし、画面上での原稿チェックは、全体的にざっくり見るような感覚になる。もちろん、注意して確認するのだが、脳がパターン認識モードになっているため、細かい部分に集中できないように思う。

デタラメな文章も読めてしまう高性能

 もう1つ間違いに気がつかない理由として、「脳が高性能過ぎる」ことが挙げられる。「高性能がいけないの?」と不思議に思うかもしれないが、それゆえ陥ってしまう落とし穴があるのだ。下記の文章を読んでみてほしい。

 こんちには みさなん おんげき ですか? わしたは げんき です。

 何の問題もなく、意味を理解しながら読めるはず。しかし、よく見ると文字順がデタラメだから、意味を成す文章ではない。

 これは、「タイポグリセミア現象」といわれる錯覚の一つ。脳が「正しい単語」を瞬時に予測・補正するため、デタラメな文章でもすらっと読んでしまうのだ。普通に意味が通じて読めるだけに、単純な間違いを見落としがちだ。この現象は紙でも画面でも起こり得るが、脳がパターン認識モードになる画面ではこの罠(わな)にはまりやすい。

「4番打者」の画面だけで勝てるか?

 ここまでは脳科学の観点から、画面に比べて紙の優位な点を紹介した。既に述べた通り、原稿確認作業のように集中力を発揮して理解・分析が必要な仕事は、紙を使ったほうが正確性は高まる。

 では、すべての仕事を紙で行うほうがよいのか。無論、そうではない。画面には多大なメリットがあり、デジタル利便性の享受において紙は相手にならない。画面を制御するコンピューターは大量の文書を保管できるし、変更履歴や更新日などの自動記録も可能。紙では途方もない労力を要する作業が、画面上なら秒単位で完了することもある。

 上司や同僚と資料を共有するときにも、画面は威力を発揮する。紙の場合、必要部数をコピーした上で配布する必要がある。一方、Teamsや Zoomといったウェブ会議システムを導入すれば、資料を簡単に画面共有できる。リモートワークを中心とした「新しい働き方」が定着するwithコロナ時代、これは欠かせない機能になる。

 デジタルトランスフォーメーション(DX)が本格化する中、画面が「4番打者」の座を譲ることはないだろう。だが先述したように、集中力を要求される仕事では紙は画面にない特徴を発揮し、バントの得意なベテラン選手として活躍する。野球はホームランを打つ4番だけでは勝てない。「新しい働き方」も同じだと思う。

河内 康高

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