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デジタルが太刀打ちできない妻の料理

=在宅勤務で分かった食の「本質」=

2020年07月22日

新型ウイルス

主任研究員
古賀 雅之

 「トントン♪トントントン♪」―。平日の午前11時半になると、必ず台所から聞こえてくるリズミカルな音。その正体は、筆者の妻が昼食を用意するために、肉や野菜を切る「幸せの音」だ。

 新型コロナウイルス感染の影響により、筆者が在宅勤務を始めて3カ月以上。この間、生活上の大きな変化の1つが、食事風景である。毎日、規則正しく妻と3食をとるようになったのだ。

 昼食を例にとると、毎日出社していた時は外出が面倒だったり、ダイエットをしたりで、何もとらないことが多かった。一方、妻は昼食を独りで簡単に済ませていたようだ。それが一変。冒頭のように妻は昼食の準備を定時に始め、正午ちょうどに2人で食卓を囲むようになった。

 妻の手際を見ていると、そのサプライ・チェーン・マネジメント(SCM)には驚くばかり。家にある食材を最大限に活かし、短時間でおいしく調理する。まるで冷蔵庫の中の食材を確認した瞬間、頭の中に一連のプロセスがガントチャート(工程表)のように出現するようだ。さながら「独りSCM」である。

 人工知能(AI)やモノのインターネット(IoT)をはじめ、デジタルトランスフォーメーション(DX)が声高に叫ばれる中、料理の世界にもデジタル化の波が押し寄せる。例えば、メニューとレシピを毎日提案してくれるアプリはその代表格。新型ウイルスの感染拡大以降、自宅から参加できるオンライン料理教室も盛んだという。

 ある日、妻の料理を観察してみると、最先端のデジタル技術でも太刀打ちできない複雑なプロセスをこなしていた。必ずしも「食材の準備→調理→片付け」といったシーケンス(=ひと続きの流れ)にこだわらず、いくつもの作業を同時進行させているのだ。筆者も休日はたまに包丁を持つが、こうはいかない。すぐに台所が余った食材や汚れた調理器具でいっぱいになってしまう。

 もちろん料理のデジタル化も、人間に追い付き追い越せと研究が進む。例えば多くの会社がしのぎを削るのが、家庭用「調理ロボット」の開発だ。単に料理を作るだけでなく、健康に配慮しながら、さまざまなレシピの中から自分の好きな料理を提供してくれるという。確かにロボットの普及が進むと、料理を作る人の手間は省けるだろう。日々、手際よく料理をしている妻も、その手間から解放されれば、趣味に充てる時間を増やせるかもしれない。高齢世帯に便利なのは当然だし、独り暮らしでも家に帰れば温かい料理が待っている生活も夢ではない。

 しかしそこまで考えると、必ずしも調理ロボットのある生活が望ましいとは思えなくなってきた。料理を手作りする楽しさが失われるからだ。食べる側にしても、料理に「思い」が込められていなければ、感動が薄れてしまうのではないか。デジタルで得られるもの以上に失うものに目がいくのは、アナログ世代の偏見だけではないと信じたい。

 そこで妻に対し、「料理を作るときに一番大事に思うことは何?」と聞いてみた。すると、「栄養が偏らないのはもちろんだけど、家族がおいしく食べてくれることね。喜んでもらえるのが楽しい」という答えが返ってきた。料理の本質が「真心を込めて作ること」であるならば、効率化や技術向上は二の次のようにも思う。

 そんな思いが込められた食事は実に楽しいし、楽しいからこそおいしい。規則正しく3食とることにより、体調もすこぶるよい。それも、在宅勤務を全面的に支えてくれる妻の存在があるからだ。ステイホームが続く中、筆者はその有難さをかみしめている。

写真ある日の食材 「何ができるかな」
(写真)筆者

古賀 雅之

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