Skip to main content Skip to first level navigation

RICOH imagine. change.

日本 - リコーグループ企業・IRサイト Change
Skip to main content First level navigation Menu
Breadcrumbs

Share

Main content

巣ごもり期間に再発見した読書の魅力

=「第2波」に臨む心構えを学ぶ=

2020年07月15日

新型ウイルス

リコー経済社会研究所 顧問
中村 昌弘

 緊急事態宣言が発令された2020年4~5月、外出自粛による「巣ごもり」で書籍や動画を見る時間が増えた。前々から読みたいと思っていた本に加え、それをきっかけに日ごろ接することのない分野にまで読書の幅が広がった。その中には、筆者が提稿した新型コロナウイルスに関連するコラムを執筆する過程で、大いに刺激を受けて参考にしたものも多い。今回はそうした書籍や動画を紹介してみたい。

 まず、5月に書いた「外出自粛だからこそ欲しい正確な情報=新型コロナウイルスと戦うために=」と題するコラムでは、情報を正しく読み取ることの重要性を強調したつもりだ。ところが実際は人には主観があるので、何が正しくて何が間違っているのかを取捨選択するのはすごく難しい。

 その点、「数字」は客観的事実を伝えてくれる。このことを指摘し、数字という事実に基づいて情報とどう向き合うべきかを教えてくれるのが、「FACTFULNESS(ファクトフルネス) 」(ハンス・ロスリング、 オーラ・ロスリング、 アンナ・ロスリング・ロンランド著、上杉周作、関美和訳、日経BP)である。日本でもベストセラーになっており、前々から気になっていたのでコラム執筆を機に手に取ってみた。

図表FACTFULNESS(ファクトフルネス)
(ハンス・ロスリング、 オーラ・ロスリング、 アンナ・ロスリング・ロンランド著、上杉周作、関美和訳、日経BP)

 著者の1人、ハンス・ロスリング氏は 1948年スウェーデン生まれ。内科医で教授、統計学者というマルチな才能を併せ持つ。インドで公衆衛生について学び、アフリカの医療現場で20年ほど従事するなど、実践を通して「世界」を経験してきた。

 2006年には、優れたアイデアを世界的に広める非営利団体TEDが主催するオンライン講演に登壇。ユーモアある語り口に加え、データに基づく核心を突いた視点で一躍注目を集めた。計10回の登壇でビデオ配信されたTEDトークの再生回数は合計3500万回以上を数えるが、2017年に逝去。原書の発行が2018年3月なので、この本が遺作である。ベストセラーだけあって、多くの人がレビューを書いている。訳者の上杉氏のホームページにまとまって紹介されているので、本の概要を知りたい方はそちらを参照していただきたい。

 ところで、コロナ禍関連での筆者のお薦めは同書の第4章である。先のコラムでも言及した通り、人間はよく分からないことを過度に恐れる傾向にある。ハンス氏は恐怖本能に由来する人間心理の陥りやすい罠(わな)について、非常に分かりやすく解説し、われわれのとるべき対応を示している。

 具体的には、人はなぜ恐ろしいことに自然と目がいくのか、それをメディアがどう利用し、われわれを刺激し、関心を向けさせるのか。事例を挙げて説明する。その上で、われわれは恐怖と危険は違うということを認識し、リスクを正しく計算する習慣を身に付けなければならないと説く。これを今の世の中に引き直すと、緊急事態宣言の解除で行動制限がある程度緩和されたものの、感染拡大「第2波」に備えて新型ウイルスの危険度を正しく把握しておくことが、いかに重要かを教えてくれているようだ。

 この本がきっかけでハンス氏のビデオ配信されたTEDトークも閲覧した。10本の講演どれも示唆に富んでおり、見ていて飽きない。Optimist(楽観主義者)でもPessimist(悲観主義者)でもなく、Possibilist(可能主義者)を自任するハンス氏。その講演の最後の部分のメッセージはいずれも、人間が正しく行動することで世界が良くなることを期待させてくれ、実に気持ちがよい。

 このうち、「FACTFULNESS(ファクトフルネス) 」と直接関係するのは、①「The best stats you've ever seen (最高の統計を披露)」②「Let my dataset change your mindset (私のデータセットであなたのマインドセットを変えて見せます)」③「How not to be ignorant about the world(世界について無知にならないために)」の3本。③では本の共著者である、息子のオーラ氏も登壇する。

 さて緊急事態宣言下では、国民の健康と経済をいかに両立させるかがクローズアップされた。新型ウイルスから身を守るためには行動制限が必要であり、それが必然的に経済活動の停滞をもたらすからだ。「第2波」の到来が懸念される中、これは今でも重要課題で変わりない。健康と経済を両立させなければ、人間社会の持続的な発展は望めない。

 ただ、持続的発展という観点からすると、われわれが注目すべきは健康と経済だけであろうか。「ほかにもあるのではないか」とモヤモヤしていたが、はっきり「これだ!」と確信を持つには至らなかった。しかし、この本に出合って目から鱗(うろこ)が落ちた。それが「『人間の安全保障』戦略」(吉田文彦著、岩波書店)である。

図表「『人間の安全保障』戦略
(吉田文彦著、岩波書店)

 著者の吉田氏は朝日新聞記者として、米国やベルギーに駐在した経験を持つ。感染症の克服活動に関する書籍を探していたところ、この本を見つけた。人間の安全について健康と経済を含めて7つの領域で説明されており、体系的な理解が深まった。

 7つというのは、「経済の安全保障」「食糧の安全保障」「健康面の安全保障」「環境の安全保障」「個人の安全保障」「地域社会の安全保障」「政治の安全保障」である。元々、国連開発計画(UNDP)が1994年に発行した「人間開発報告書1994」の中で示された「人間の安全保障」という概念をベースに、この本では7領域の取り組みについてそれぞれ紹介している。

 この7つを追求することによって、「すべての個人が人間としての能力を最大限に高め、経済・社会・文化・政治などすべての領域で能力を十分に発揮できる」(同報告書)という、持続可能な人間開発を実現できる。こうした考えは、今や多くの国や企業で理念を共有する持続可能な開発目標(SDGs)に引き継がれた。この本を読んだ後で実感したのは、コロナ禍で意識された健康と経済以外にも、人類が手を携えて解決しなければならない「宿題」がいかに多いかということだ。

 ところが、逆に世界は新型ウイルスの対応に追われ、ますます内向きになりつつある。医療物資の供給をめぐり、先進国で囲い込みの動きが続出するなど、人道面での配慮すら余裕がなくなっている。この本では「慇懃な無視」(benign neglect)と「一方的な不作為」(unilateral inaction)の2つに分類し、大国のエゴについても指摘している。前者は遠くの国で起こっていることは自国には関係ないといって支援しないこと。後者は関係の悪い国には援助する義務はないという考えである。いずれも、コロナ禍で見られた現象ではないだろうか。

 こうした利己的な考えは国家間のみならず、個人間でも起こり得る。どうすれば、こんな考え方から脱却できるのか。その解を示してくれたのが、「Happiness幸福の探求」(マチウ・リカール著、竹中ブラウン・厚子訳、評言社)である。筆者が6月に提稿したコラムでも少し触れたが、以前から利己と利他の関係に興味があり、ある雑誌の紹介記事を覚えていたので、改めて読んでみたいと思って取り寄せた。

 著者のリカール氏はユニークな経歴を持つ。感染症研究で著名なパスツール研究所で分子生物学を研究し、フランスの国家博士号を取得。将来を嘱望されたものの、突如チベット仏教僧に転身したのだ。ヒマラヤで35年間修行し、チベット仏教の真髄である利他の精神を学んだ。現在は著述家のほか、翻訳家、写真家として活躍。瞑想が脳に及ぼす効果に関し、米ウイスコンシン大学の脳神経科学者リチャード・デビッドソン博士の研究にも参加している。

 リカール氏が有名になったのは、デビッドソン博士が同氏の見たこともない脳波活動を発見し、ある記事が「世界一幸福な人」と紹介したためだ。デビッドソン博士の論文によると、幸福感や喜び、気力の充実など、肯定的な感情を持ちやすい人は、大脳皮質の前頭葉の一部が活発に動く。修行僧として長年生活を送ってきたリカール氏の瞑想中の脳波の活動は、150人の被験者の中で際立っていた。

 そんなリカール氏は著書の中で、われわれが日常思い描いている幸福を多面的に考察し、彼が考える幸福との違いを明らかにする。また、幸福と快楽・喜び、苦難と不幸など日ごろあまり違いを気にせず使っている概念についても、丁寧に解きほぐしてくれている。一言で言うと、物質的な満足を得ることが幸福とは限らず、幸福は内面的なものにすぎないというのが彼の主張である。

 これを読んだとき、筆者は落語の「水屋の富」を思い出し、腹に落ちた。富くじに当たったばかりに心配が尽きない男が、いろいろ失敗を仕出かした挙げ句にお金を盗まれてしまう。話の最後、「ああこれで気が楽になった」というのがサゲである。物質的な豊かさが逆に多くの精神的な苦痛をもたらし、物質から解放されたときに逆に精神の安定を得るという主題は、リカール氏の見解と通じるものがある。それが日本の娯楽の世界に昔からあることが面白い。

 驚きなのは、リカール氏が「幸福は習得可能な技術である」と説くことだ。幸福な人は利他、謙遜、楽観という内面性を持ち、それらは心の持ちようであるため、訓練次第でだれでも獲得できるという。この中でも特に「利他の愛」を持つことが幸福への道であると強調する。実際、利他の精神にあふれる「世界一幸福な」リカール氏の脳波が、それを証明しているようだ。

 ちなみにリカール氏も先のビデオ配信されたTEDトークに2回登壇。「The habits of happiness(幸せの習慣)」、「How to let altruism be your guide(愛他性に導かれる生き方)」を見てから本を読むとより理解が深まるであろう。

 とはいえ、リカール氏の域に達するのは容易でない。現代社会において、多くの人は物質による幸福を追い求めてきた。精神による幸福感を得ようとするには、価値観をがらりと変える必要があるかもしれない。その意味で、最後に紹介する「美藝公」(筒井康隆著、文春文庫)は、価値観というものが固定観念にすぎないことを教えてくれた、強烈な印象に残る小説である。1980年代半ばに読んでいたが、コロナ禍で今一度読み直してみた。

 筒井氏は社会風刺やブラックユーモアにあふれる作風で知られる。この本は1980年に雑誌「GORO」に連載されていた小説。映画脚本家を主人公に、映画制作にかかわる人々の眼を通し、当時の社会のあり様を批判した内容となっている。当時の日本は高度成長期を終え、2度のオイルショックと円高ショックに見舞われたが、うまく対応して安定成長に入っていた時代。1979年に出版された米社会学者エズラ・ヴォーゲル氏のベストセラー「ジャパン・アズ・ナンバーワン」に代表されるように、1980年代の繁栄をだれもが疑わなかった時期である。富の追求が国家目標であり個人の目標でもある、まさに経済第一主義こそが是だった。

 「美藝公」では、日本が映画産業立国として栄え、映画製作にかかわる人が最も社会の尊敬を集めるという設定で物語が進む。前半は、文化を大事にする国民の牧歌的幸福感が語られ、政治や経済も文化発展のためにあるといったエピソードが出てくる。いわば「文化第一主義」の世界が描かれているといってもいい。

 しかし後半になると、もし日本が経済立国として繁栄していたらどういう状況になっているかを主人公らに想像させながら、経済第一主義がもたらす消費社会の弊害を強烈に批判させる。この思いもよらない展開と前後半の見事なまでの対比を読んだとき、筆者は価値観が変わればモノの見方が全く変わるということを気づかされた。それ以来、価値観の違う人と話をするたびにこの本を思い出す。

 その意味で、今回の新型ウイルスは、われわれの価値観を根底から覆したといってもよいだろう。「新しい生活様式」とやらに馴染むにはまだ時間がかかりそうだが、人類には知恵も対策もまだある。何より、先人たちの知の蓄積である本が、さまざまなことを教えてくれる。コロナ禍でそれを実感できたのは、せめてもの救いだった気がする。

TAG:

※本記事・写真の無断複製・転載・引用を禁じます。
※本サイトに掲載された論文・コラムなどの記事の内容や意見は執筆者個人の見解であり、当研究所または(株)リコーの見解を示すものではありません。
※ご意見やご提案は、お問い合わせフォームからお願いいたします。

戻る