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コロナ直撃、蒸発したインバウンド市場

=第2次「DISCOVER JAPAN」で観光再建を=

2020年06月23日

新型ウイルス

副所長
中野 哲也

 2011年の東日本大震災以降、国内の人口減少にもかかわらず、観光・宿泊産業はグローバル化の波に乗り、訪日外国人を積極的に取り込んで健闘を続けてきた。そして2020年は東京五輪・パラリンピックの開催に伴い、さらなる飛躍が...。ところが、新型コロナウイルスが日本経済の貴重な「勝ち組」を奈落の底に突き落とした。

世界の観光産業 1億~1.2億人が失業危機

 日本政府観光局(JNTO)によると、2020年4月の訪日外国人数はわずか2900人。その大半は日本で在留資格を持つ人とみられる。単月での1万人割れは、前回東京五輪が開催された1964年の統計開始以降初めて。前年同月実績(292万6685人)と比べると、実に99.9%減。新型ウイルスの感染拡大に伴い、日本や各国が渡航・入国制限に踏み切り、国境を越える人の移動は事実上「凍結」された。

訪日外国人数(月別)図表

(出所)日本政府観光局(JNTO)

 今、世界中の人々が自粛を余儀なくされ、観光・宿泊産業は致命的な打撃を受けた。国連世界観光機関(UNWTO)によると、2020年1~3月の国際観光客到着数は前年同期比6700万人減、率にして22%減少した。関連産業の損失は800億ドル(=約8.6兆円)の輸出減少に相当するという。

 多くの国がロックダウン(都市封鎖)を断行した3月に限れば、国際観光客到着数の減少率は57%に達する。しかし、これが底ではなく、先行きの視界は不良と言わざるを得ない。

 こうした中、UNWTOは段階的な国境開放・旅行規制解除が始まる時期に応じて「3つのシナリオ」を公表した。シナリオ1=7月初旬→2020年の国際観光客到着数が前年比58%減、シナリオ2=9月初旬→70%減、12月初旬→78%減とそれぞれ予測する。観光による輸出収入は9100億~1.2兆ドル減少、直接雇用では1億~1.2億人が失業の危機に直面するという。

国際観光客到着数「3つのシナリオ」図表
(出所)国連世界観光機関(UNWTO)

ホテル最大手マリオット「史上最大の危機」

 世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)によると、観光・宿泊産業は世界の国内総生産(GDP)の10%強を占め、その成長率は2019年まで9年連続で世界全体を凌駕(りょうが)してきた。世界で新規創出される雇用の4分の1を占めるという。

 ところが今、WTTCも世界の観光・宿泊産業で1億人超の雇用と、2.7兆ドルのGDPが失われる恐れがあると予測する。うちアジアの危機が最も深刻であり、失業者は約6300万人、GDP減少額は1兆ドルを超える。世界最大の海外旅行需要を創出してきた、中国人観光客の減少が響いている。

観光・宿泊産業の潜在的な失業者数とGDP減少額図表(出所)世界旅行ツーリズム協議会(WTTC)

 WTTCのグロリア・ゲバラ会長はこうした予測を、4月24日に臨時開催されたG20観光担当相テレビ会議に提示した。その上で、観光・宿泊産業を「グローバル経済の背骨」と指摘。数億の人々が数年間にわたり、経済的・精神的に深刻なダメージを受けるだろうと警告を発した。

 国際観光需要への依存度が高い新興国では、経常収支の悪化が懸念されるほか、国連の持続可能な開発目標(SDGs)の進展も危ぶまれる。無論、先進国でも需要回復の見通しが立たない。

 ホテル最大手の米マリオット・インターナショナルは、7400を超えるホテルの約4分の1が営業停止に追い込まれ、2020年1~3月期の純利益は前年同期比92%減。ニューヨーク時事によると、アーン・ソレンソン最高経営責任者(CEO)は電話会見で「92年の歴史を持ち、世界恐慌や第二次大戦などを乗り越えてきた当社にとって史上最大の危機」と述べた。

3.11以降、インバウンド消費が6倍に

 前述したように、足元の訪日外国人数は実質ゼロとなり、インバウンド消費市場は消失した。日韓関係の悪化という減少要因があったものの、東京五輪・パラリンピックに向けて全体としては拡大傾向が続いていただけに、日本経済にとって深刻な打撃になる。

 訪日外国人客数は、東日本大震災に見舞われた2011年の622万人から増え続け、2019年は3188万人と5.2倍になった。

訪日外国人客数図表

(出所)日本政府観光局(JNTO)

 同じ期間、訪日外国人の旅行消費額は0.8兆円から6倍の4.8兆円まで拡大。日本の2020年度一般会計当初予算でいえば、文教・科学振興費(5.5兆円)や防衛費(5.3兆円)に迫る規模である。インバウンド消費は一大産業に成長し、地域によっては地方創生の大黒柱となっていた。

2019年の旅行消費額
図表

(出所)観光庁

 また、日本百貨店協会によると、全国百貨店のインバウンド向け免税売上高は2019年に3461億円まで拡大、3年連続で過去最高を更新した。インターネット通販などに押されて苦境が続く百貨店業界は、インバウンド消費を貴重な収益源としていた。

 ところが、訪日外国人が姿を消し、こうしたインバウンド消費市場が瞬く間に「蒸発」したのである。

 一方、日本人も「巣ごもり生活」に入り、国内旅行を自粛した。観光庁によると、3月の日本人による国内旅行消費額は前年同月比53.1%減の7864億円まで落ち込んだ。また、4月に国内のホテル・旅館に宿泊した日本人の数は71.1%減の延べ1053万人。客室稼働率は16.6%まで落ち込み、観光・宿泊産業は存続の危機に直面する。

 新型ウイルスの感染拡大はピークを越えたとしても依然、「第2波」「第3波」の可能性が指摘されるため、世界的に観光・宿泊需要の急回復は期待できない。訪日外国人客の本格的な復活も、残念ながら相当先になるのではないか。国際航空運送協会(IATA)の見通しによると、国際線の航空需要が2019年水準まで回復するのは2024年になるという。

 とすると、4.8兆円に上るインバウンド需要の消失、あるいは大幅減少を穴埋めするためには、日本人にもっと国内旅行に出かけてもらうしかない。各国の入国制限などで日本人の海外旅行は当面難しい。その分のお金が国内旅行で使われると、日本の観光・宿泊産業の助けになる。

1.7兆円「Go Toキャンペーン」の効果は?

 政府も2020年度第1次補正予算で、国内旅行需要を喚起する「Go Toキャンペーン」事業費として約1.7兆円を計上した。旅行会社などを通じて旅行商品を購入した場合、代金の半額分(最大2万円)に相当する割引クーポンを旅行者に付与。それと、土産・観光施設の割引券などを組み合わせ、旅先での消費喚起を目指している。

 キャンペーンについては、約3000億円に上る事務局委託費が野党や世論から批判を浴び、政府は委託先公募の一旦中止を余儀なくされた。血税を使う以上、安倍政権が説明責任を果たすのは当然だ。ただし、未曽有(みぞう)の危機に陥った観光・宿泊業にとって、キャンペーンが「干天の慈雨」というべき財政支援になるのは間違いない。

 だが、先進国で最悪の財政事情を考えると、長期にわたり持続可能な政策ではない。約1.7兆円を使い切って需要が再び縮小すれば、一過性のバラマキで終わってしまう。海外旅行への憧れが根強い日本人の目を国内へ振り向かせるには、国民の心を揺さぶるメッセージを発信する政策やキャンペーンが不可欠になる。

「DISCOVER JAPAN」を仕掛けた藤岡和賀夫

 それでは、観光・宿泊産業を支援する持続可能な政策はあるのか。それを考える上で、参考にすべき先例がある。50年前、国鉄(=日本国有鉄道、現JR)が個人、中でも若い女性にターゲットを定め、国内旅行需要の拡大を目指して展開した一大キャンペーン「DISCOVER JAPAN」である。

 その仕掛け人は電通の藤岡和賀夫(1927~2015年)である。後に同社のPR局長となり、退職後はフリープロデューサーとして活躍した。以下の記述には、藤岡の著書「藤岡和賀夫全仕事〔1〕 ディスカバー・ジャパン」(PHP研究所)を参考にし、一部引用させていただく。

 1970年3月、日本で初めて大阪・千里丘陵で開催された万国博覧会。日本が戦後の焼け野原から再出発し、成し遂げた高度経済成長を象徴する巨大イベントである。電通は黒衣(くろご)として大阪万博の舞台裏を執り仕切り、入場者が6000万人を突破する大成功に導いた。

大阪万博後、「空気輸送」を恐れた国鉄

 前掲書によると、万博期間中の国鉄は2200万人(うち新幹線900万人)を輸送したが、「万博が終わってみれば、この能力は下手をすれば空気を輸送することになりかねない」と危機感を強めていた。このため期間中から、「ポスト万博」を経営課題とし、電通に「答案」を求めた。

 これに対し、藤岡は売り上げ促進ではなく、「こころ」のプロモーションを国鉄に提案した。当時、列車の競合相手は飛行機や自動車とされたが、藤岡は「テレビを中心としたミニ娯楽」に照準を合わせる。旅の効用を「大方のミニ娯楽では充足できない心の満足」と定義。従来の「絵葉書型」の目的地販売では、旅は「テレビ情報と同じ次元の単なる観光に終わってしまう」と訴えた。

 その上で、藤岡は「自分自身が日本を発見し、またその中で自分自身を再発見する旅」というコンセプトを創り上げ、「DISCOVER JAPAN」と名付けた。副題の「美しい日本と私」はノーベル賞作家・川端康成に頼み込んで命名してもらう。

 1970年10月、国鉄は万博閉幕から1カ月足らずで藤岡提案の採用を決定。全国の駅や列車内にポスターを張り巡らし、記念スタンプも設置した。宣伝列車を走らせ、テレビでは紀行番組を提供した。テレビをライバル視したのに、使えるメディアやリソースは何でも使ってやるという藤岡の強かさが、国民の目を国内旅行に振り向かせた。

 当時小学生の筆者も至る所で「DISCOVER JAPAN」のポスターを目にし、旅行や鉄道への郷愁を募らせた。「DISCOVER」の意味も分からずに、スタンプ帳にスタンプを押しては喜んでいた。

 飛び付いたのは鉄道少年だけではない。1970年代創刊の若い女性向けファッション雑誌「アンアン」と「ノンノ」が、ファッションモデルが全国各地の古い町並みなどを訪問する形で、盛んにとり上げたのだ。モデルに憧れた女性が「アンノン族」として個人あるいは小グループで日本中を歩き回り、「見知らぬ土地で見知らぬ人に出会う」が最先端のファッションとなる。「DISCOVER JAPAN」は1976年まで続く異例の長期キャンペーンとなり、国鉄と藤岡は大成功を収めた。

 当時、藤岡がライバル視した「テレビを中心としたミニ娯楽」のテレビを、インターネットに置き換えれば、彼のコンセプトは半世紀を経た今でも十分通用するだろう。ここ数年、国内のいくつかの観光地は外国人旅行客に占拠された感もある。コロナショックを奇貨として、日本人が日本、いや自分自身を再発見する旅に出れば、観光・宿泊産業が復活するための原動力になる。見直しを迫られる地方創生の立て直しにも資するはず。第2次「DISCOVER JAPAN」がこの国を救う!

写真吹屋(岡山県高梁市)

写真五百羅漢(兵庫県加西市)

写真奇跡の一本松(岩手県陸前高田市)

写真諏訪田製作所(新潟県三条市)

写真長良川鵜飼(岐阜市)

写真昭和の町(大分県豊後高田市)

(写真)筆者

中野 哲也

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※この記事は、2020年6月30日発行のHeadLineに掲載予定です。

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