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行動だけでなく価値観も変える!

=アフターコロナの企業は「利他」精神を=

2020年06月09日

新型ウイルス

リコー経済社会研究所 顧問
中村 昌弘

 「今日は何時から仕事始めるの?」―。日課となった朝の散歩の途中で、妻にこう話し掛けて確認する。新型コロナウイルスの影響で妻が在宅勤務になり、通勤時間が浮いた分を筆者と一緒の散歩に充てられるようになったのだ。妻は通常、午前8時30分からパソコンに向かい、日に2~3回はリモート会議をやっているようである。

 筆者も外部の人とパソコンで会議をする機会があった。すごく使い勝手がよく、「これは広がるだろうな」と実感した。息子の通う大学でも、この4月からオンライン授業がスタートした。

 在宅勤務、オンライン授業、オンライン診療...。以前からその効果はうたわれていたものの、なかなか広がらなかったが、新型コロナウイルスによる外出自粛をきっかけに一気に浸透し始めた。

 周りの人に聞いてみても、在宅勤務の評判は上々だ。ほとんどの人があまりストレスを感じないまま、オフィス勤務と同等の業務をこなしているようである。特に、複数の人との打ち合わせや会議などはソフトウエアが充実しており、リアル会議と遜色ない。むしろ、会議室予約が必要ない上に、通勤の苦痛も解放され、その分の時間を有効に使える。精神的にも物理的にも好影響を与えているようだ。

 振り返れば20年以上前、筆者がリコーで行った在宅勤務実験と比べると隔世の感がある。当時、リコーはCO-HO-MO(Corporate Office Home Office Mobile Office)というコンセプトを提唱し、「どこにいても仕事ができる環境」の提供を目指していた。当時の日本では、HO (Home Office)やMO(Mobile Office)という概念は新鮮だが、どういう課題があるかもよく分かっていなかった。そこで1998年1~3月の3カ月間、自ら実験して調査することにしたのである。

 実験では、職場のデスクトップパソコンを家に運び、ISDN回線でつないだ、今では想像できないくらい貧弱な環境である。できることはと言えば、文書作成が主であり、複数の人と映像を交えた会議などは夢物語。つまり、在宅で会社の業務をこなすには、回線やソフトなどに多くの物理的課題があり、まだ機が熟していなかったのである。

写真当時の在宅勤務実験の環境
(写真)筆者

 それ以上の課題として挙げられたのが、孤独感という精神面のもの。被験者が自宅で行った業務の提案や報告などの件数は、3カ月間で1人当たり平均110件にも上ったが、これに対するレスポンスが遅れると「疎外感が高まる」という意見が多かったのだ。会社にいれば何か報告したら、その場ですぐに議論していた。だからそう感じたのだろう。また、上司に仕事ぶりを見てもらえず、「アウトプットのみで評価されるのでは」という不安もあったようだ。実験開始直後のヒアリングでこのような反応があったため、週に1度は出社してもらい、コミュニケーション不足を補うことにした。

 こうして実験で導かれたのは、「時期尚早」という結論だった。その後、政府が2001年にe-Japan戦略、2006年にIT新改革戦略などを打ち出し、在宅勤務の環境整備は進んだ。しかし、実際には介護や育児に関わる人など一部に限定され、社会全体の制度としての広がりには至らなかった。

 ところが、今回、新型コロナウイルスの感染拡大によって外出自粛を余儀なくされ、図らずも新しい働き方の大きな選択肢を手に入れた。緊急事態制限が解除され、これからわたしたちはどう振舞ったらよいのだろうか。元の生活に戻ることを選択するのか。それとも、新しい働き方を最大限活用できる仕組みに変えていくのか。元に戻るのは簡単であり、新しいスタイルを制度として整備するのは大変。しかし、この機会に新しい働き方へ対応していくのがよいと思う。ワークライフ・バランスの充実は今や時代の要請だからだ。

 とはいえ、在宅勤務が「万能薬」ではないのも事実。例えば、個人で完結できる仕事は成果主義と相性がよく、時間労働から成果労働へ評価基準を変えられれば、在宅勤務は定着するだろう。しかしチーム一丸で取り組まねばならない仕事は、いかにメンバーをマネジメントできるかが重要になってくる。

 特にメンバー間の業務分担は、顔を合わせて仕事をしていても、なかなかうまく公平に調整できない。筆者には仕事のバックグラウンドも経験年数も異なる10人程度のメンバーを指揮した経験がある。仕事の役割も業務の負荷や難易度も異なるので、最初は仕事の棚卸しをした後、メンバー一人ひとりに業務を割り振っていた。

 ところが、部門トップをサポートする部署だったので、期中に優先度・難易度の高い業務が発生し、特定のメンバーの業務負荷が増えることになった。だれがどんな仕事をしているのか、メンバー間での理解が不足していたため、組織として臨機応変な対応が取れなかったのである。そこで全員が互いの業務量と難易度を把握・理解できるよう、1日かけて全員参加の会議で可視化することとした。

 チームで行う業務では、往々にしてだれもカバーできていない「隙間」が発生する。遅れた際のリカバリー業務を再配分することも多々ある。それぞれの業務内容や負荷をあらかじめメンバー全員が認識しておけば、途中で仕事の負担が増えても納得感につながると考えたのだ。お互いの仕事ぶりが見えにくい在宅勤務では、業務可視化のミーティングの頻度を上げるなど、より緊密なチームビルディングが求められよう。

 評価の仕方にも工夫が必要だ。率先して隙間業務やリカバリー業務に取り組んでもらうには、チームの成果への貢献を個人の成果と同等、あるいはそれ以上に高く評価する必要がある。何も報酬に限ったことではなく、行動に対する明示的な感謝の表現だけも効果はあるだろう。チームでの業務も在宅勤務で経験を積み上げていけば、個々人の価値観の変容も促せるのではないか。自分一人の成果で達成感や幸福感を味わうより、チームでの成果に達成感を得る「利他」の精神を涵養するのである。

 価値観の変容は企業も迫られている。今回の新型コロナウイルスの感染拡大では、経済の効率化を追い求めた末に、サプライチェーンの寸断をはじめ、さまざまなひずみが露呈した。感染拡大が終息した後、再び効率一辺倒に戻るのでは、「のど元過ぎれば熱さ忘れる」ことになる。

 企業に「利他」の精神を求めるのは難しいかもしれないが、社会貢献への比重をこれまでより増やすことは可能だろう。アフターコロナでは、自国第一主義ならぬ、自社第一主義が横行する可能性もある。このままでは社会分断が一層進むかもしれない。

 それを避けるためには、国連の持続可能な開発目標(SDGs)に代表されるように、企業にはだれもが受け入れられる理念を高く掲げ、強力に推進していくことが必要である。そして、社会に寄り添う企業の姿勢が高く評価されることが望ましい。

 行動変容から価値観変容へ―。ウイルスは感染力を保つようたびたび変異するとされる。個人も企業もそんなウイルスに負けないよう、自らを変えていく必要があるだろう。

中村 昌弘

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