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大手製造業がマスク・フェイスシールド、酒造業界は消毒用アルコール

=本業の枠を越えて立ち向かう日本企業=

2020年05月27日

新型ウイルス

研究員
清水 康隆

 仕事もプライベートも自宅で過ごす巣ごもり生活が続く中、ふと「テレワークオーケストラ演奏会」(新日本フィルハーモニー交響楽団)というインタ―ネット上の動画に目が留まった。「テレワーク」と「オーケストラ演奏」の組み合わせは想定外。だが実際に視聴すると、奏者62人が別々の場所で撮影した動画が合成され、見事に1つの曲を演奏していた。「3密」を回避する「新しい生活様式」が求められる中、こうした試みが広がっている。

 一部の国は感染拡大がピークを越したとして経済再開に舵を切ったが、再び感染者数の増加もみられる。新興国ではこれから感染爆発が懸念されるところがあり、新型コロナウイルスとの戦いは長期化が必至。ビフォアコロナの生活には戻らない、あるいは戻るにしても相当先になるだろう。

 当然、企業活動も深刻な打撃を受けた。それでも、戦後最悪の「見えない敵」に立ち向かおうと、本業の枠を越えて医療支援に取り組んだり、「新しい生活様式」を牽引したりする企業は少なくない。たとえ目先の利益を期待できなくても、社会に貢献したいという熱い思いが産業界から伝わってくる。

 特に目立つのが、世界中で品薄になったマスクの生産だ。日本の大手電機メーカーは半導体生産用などのクリーンルームに、使い捨てマスクの生産設備を急きょ導入した。医療現場の支援のほか、一般向けマスク不足の解消に貢献する。こうした設備投資の要らない布製マスクについては、企業の規模を問わず、自営業者も含めて取り組まれている。素材は和紙、デニム、革など実にさまざま。アパレル企業は衣料の素材を活かし、マスクのファッション性を競い合う。

 供給不足に陥った消毒液では、アルコールを扱う酒造業界が参入。大手だけでなく、地場の日本酒メーカーも取り組む。化粧品業界では国内外の有名ブランドも乗り出した。日本政府も酒造会社に対し、醸造アルコールを消毒用アルコール代替品として販売することを容認。その際の酒税も非課税とするなど、こうした企業努力を後押しする。

 リコーグループも英国や日本などの拠点でフェイスシールドの生産に乗り出し、備蓄用マスクなどの医療消耗品とともに医療現場に寄付する。正確なPCR 検査に貢献する、DNA標準プレートの提供も始めた。もちろん、リモートワークや在宅勤務を支援するため、必要な機器・サービスも国内外で積極的に提案している。変わり種では、人工知能(AI)を活用した将棋の棋譜の自動記録を開発し、人手不足と3密回避の一石二鳥を目指す。

写真フェイスシールドの製造現場(リコー厚木事業所)
(出所)リコー

 新型ウイルスに立ち向かう企業活動は、医療関連にとどまらない。感染拡大の抑制と経済活動の維持を両立させるため、想定外の取り組みが続々登場する。例えば、生活に不可欠な「食」の分野においては、ドライブスルー形式での商品受け取りが加速。ファストフード業界では定番のスタイルを、野菜・魚・肉の卸・小売りに応用したのだ。査定希望者が運転席に座ったままでクルマの査定を行う、中古車販売店も出現した。

 広い駐車場に大型のスクリーンを設置し、映画を上映するドライブインシアター。国内ではシネマコンプレックス(複合型映画館)に駆逐されていたが、この業界は3密回避の娯楽施設をアピールして復活した。厳しいロックダウン(都市封鎖)を続けてきた米ニューヨーク州も5月15日に経済活動の一部を再開した際、ドライブインシアターを認めた。

 このようにリアルの世界を何とか維持しようと、各企業は知恵を絞り工夫を凝らす。ただし、経済活動が拡大中なのは主にデジタルの世界。従来は予想さえできなかった分野で、オンライン化が一気に普及する。長期休校に伴うオンライン授業のほか、オンライン結婚式もお目見えした。3密を避けるため、新郎新婦とその親族、招待客をビデオ会議でつなぎ、式から披露宴までを画面上で執り行うのだ。中には、結婚式当日に合わせて招待客に料理を送り、一緒に美酒美味を楽しむことで一体感を盛り上げる企画もあるようだ。

 そうはいっても、お店で実際にモノを見ながら買い物をするほうが楽しい、レストランで食事をしたほうが美味しい、実際に人と会って話したほうが熱意を伝えられる―。リアルな世界で育くまれてきたそんな思いの再現は、最先端のデジタル技術でも難しい。一方で、デジタル空間を活用する「新しい生活様式」には「新しいメリット」もある。3密を避けるだけでなく、場所を選ばない、サービス享受のコストが安い、移動時間・距離が大幅短縮あるいは実質ゼロ...

 つまり、リアルとデジタルの双方にそれぞれメリット・デメリットがある。そのギャップを埋めていくことで、われわれは新型コロナウイルスと戦いながら、より快適な世界を実現できるのではないか。希望を胸に抱いてこの長期戦を乗り切りたい。

本業の枠を越えた日本企業の取り組み図表図表図表(出所)筆者

清水 康隆

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