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米大統領より信頼されるクオモNY州知事

=新型ウイルスが丸裸にしたリーダーの資質=

2020年05月12日

新型ウイルス

客員主任研究員
田中 博

 「Theyre your projections, Mr. President. So, were we foolish for relying on your projections?(それはあなた方の予測だったんですよ、大統領。では、その予測を信じたわれわれが愚かだったということなんですか)」

 ゆっくりとした口調は変わらぬまま。でも、口から飛び出した言葉は辛辣(らつ)だった。その人はアンドリュー・クオモ氏(62)。新型コロナウイルスの感染拡大が世界で最も深刻化した米ニューヨーク州の民主党知事で、「見えない敵」との戦いの陣頭指揮を執る。父親も民主党重鎮で元ニューヨーク州知事、弟はCNNの有名アンカー、前妻はケネディ家出身と「華麗なる一族」に連なる。半面、「コロナ前まではあまり目立つ存在ではなかった」(地元ジャーナリスト)という。

 そのクオモ氏が今、一躍脚光を浴びている。2020年4月中旬、ニューヨーク州が連邦政府の用意した病床や人工呼吸器を活用しきれていないと、共和党のトランプ大統領が批判した。これに対し、クオモ氏はすかさず冒頭のように、病床・人工呼吸器の数の根拠となったトランプ氏の予測(projections)に照準を合わせて徹底抗戦。連日の会見では、何かとニューヨーク州をやり玉に上げるトランプ氏を向こうに回し、丁々発止を繰り広げる。それに伴い、米メディアでの評価はうなぎ登りだ。

図表全米が注目するクオモ・ニューヨーク州知事の記者会見
(出所)Andrew Cuomo@NYGovCuomo

 経済活動の再開を急ぎたいトランプ氏が「大統領には全面的な権限がある」と断言した際には、クオモ氏は「自らを王様と宣言したようなものだ」と激しく非難し、検査拡充によるデータに基づく段階的な制限解除を主張。米シエナ大学が4月下旬に発表した世論調査の結果によると、クオモ氏の判断を信頼すると答えた人が78%とトランプ氏の16%を圧倒した。このため、「民主党は2024年大統領選でクオモ氏擁立を狙うのではないか」(日本メディアの在ニューヨーク特派員)といった観測も浮上している。

 クオモ人気の急上昇は「反トランプ」の言動だけが理由ではない。会見では客観的なデータを基に、スライドでわかりやすく説明。語り掛けるような口調は「家に閉じこもって絶望的な状況の中で、どれだけ救われたか分からない」と、現地在住の邦人が語る。クオモ氏の市民に寄り添う政策は分かりやすいのだ。例えば、高齢者を感染から守るための行動制限には、「マチルダ法」と自身の母親の名前を冠した。それにより、感染に無頓着な若年層に自分の親を思い出してもらい、自制を促したのである。

 短期間のうちに世界中を覆い尽くした新型ウイルスの脅威。戦後最悪の危機にどう対処するか。各国指導者のリーダーシップがこれほど問われたことはなかった。

 その中で評価を上げた指導者に共通するのは、メッセージ能力の高さであろう。例えば、ドイツのメルケル首相は早い段階から「人口の最大7割が感染する恐れがある」「第二次世界大戦以来の試練」などと強い言葉で国民に警告を発し、引き締めを図った。コロナとの戦いに勝利宣言したニュージーランドのアーダーン首相は、自宅から普段着のまま動画配信を行い、国民からの不安や質問に丁寧に答えた。2人の女性宰相は情報発信のやり方こそ違うものの、いずれも「本気」を伝えることで国民から共感と信頼を獲得した。

 対照的に、トランプ氏は数々の失言が響いて支持率が伸び悩む。当初は「暖かくなる4月にはウイルスは消えてなくなる」と主張し、最近も「消毒液を注射したらどうか」と発言するなど、データや科学を軽視した姿勢が国民の不安を増大させている。未知のウイルスに関する情報をだれもが欲する状況下で、根拠の薄い言動を繰り返して国民の不安を強め、結果的に不信感を増幅させたようにみえる。

 では、危機下のリーダーはどうあるべきか。古今東西、リーダーシップに関する著書や研究は数多(あまた)あるが、ここでは「失敗の本質 戦場のリーダーシップ篇」(野中郁次郎編著、ダイヤモンド社)に知恵を借りてみよう。

 同書では、リーダーに求められる能力として「現場感覚」「大局観」「判断力」を指摘。それを兼ね備えた人物として、第二次大戦下で英国を率いたチャーチル首相を挙げる。チャーチルは、国内で根強かった対ナチスドイツへの宥和(ゆうわ)政策や講和論に断固として反対。民主主義を守るという大義名分の下、徹底抗戦の姿勢を貫いた。前線で戦う軍司令官とは頻繁に対話を重ね、戦況把握に努めた。その一方で、ドイツによる空襲に怯える国民を鼓舞し、最終的に英国を勝利に導いたのだ。

 この3つの能力を、新型ウイルスとの戦いに当てはめるとどうなるか。筆者なりに解釈すれば、①新型ウイルスに関する科学的なデータを把握した上で、国民生活や医療現場の実態を認識できているか(=現場感覚)②新型ウイルスを人類共通の敵と位置付けて対処しているか(=大局観)③感染拡大と経済維持という二律背反にも等しい難しい局面で、正しいかじ取りができているか(=判断力)―のようになる。

 この点からも、確かにトランプ氏は分が悪い。専門家の意見を軽視し、中国や世界保健機関(WHO)の責任追及にばかり血道を上げ、経済再開に前のめりになるなど、3つの能力には疑問符が付く。国民の寄せる信頼感において、クオモ氏より劣るのもうなずける。

 リーダーは信頼されなければ、我慢や耐乏を強いても国民は耳を傾けない。新型ウイルスは完全終息まで長丁場になるのが確実なだけに、今後の政権運営に支障を来す可能性もある。何もこれは米国に限った話ではない。実際、各国で先の見えない経済活動の制限に対して抗議する動きが出始めており、どの政府も対応に苦慮している。

 新型ウイルスの猛威は図らずも、各国指導者のリーダーとしての資質や力量を丸裸にした。今、世界の有権者に問われているのは、それを見極める「目」ではないだろうか。

田中 博

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