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テレワークの生産性を阻む「ハンコ決裁」

=プリンター・スキャナーを自宅に求める在宅勤務者=

2020年04月16日

新型ウイルス

研究員
河内 康高

 新型コロナウイルスの感染が拡大する中、政府は2020年4月7日、東京など7都府県に緊急事態宣言を発令した。安倍晋三首相はオーバーシュート(爆発的患者急増)を回避するため、「人と人との接触機会を最低7割、極力8割削減」を目標に掲げ、国民に外出自粛を求めた。その有効策として期待されるのが、在宅勤務に代表されるテレワークである。今、リスクを覚悟の上で「見えない敵」と闘う医療従事者をはじめ、製造現場や対面販売などでは在宅勤務は極めて難しい。一方、事務職は在宅勤務との親和性が高く、大企業を中心に普及が加速している。

 総務省「テレワーク情報サイト」よると、テレワーク導入企業の比率は米国がトップで85%に上る。このほか、英国(38.2%)、カナダ(23%)、ドイツ(21.9%)などが比較的高い(注=調査年不明)。

 これに対し、日本企業も近年、働き方改革の一環でテレワークに取り組んできた。しかし、総務省の通信利用動向調査(2018年度)によると、テレワーク導入企業の比率は19.1%にとどまる(常用雇用者規模100 人以上の企業5877 社対象、有効回答2119社)。

20200424a.png(出所)総務省「通信利用動向調査」(各年度)

 しかし、新型ウイルス対策で日本企業も「待ったなし」の対応を迫られ、足元では普及が一気に加速した。ITソリューションを提供するペーパーロジック(本社東京)が2020年3月2~3日に実施したアンケート調査(テレワークなどを行う都内在住会社員111人が有効回答)によると、勤務先からテレワークなどを推奨された会社員は86.4%に上る。

 ただし、この調査結果からは幾つかの課題も浮き彫りになる(複数回答)。「対面よりコミュニケーションが難しい」が 45.9%で最も多く、以下「書類に勤務先のハンコを押印する必要があり、上司の承認・決裁が取りにくい」(28.8%)、「ツールが整っていなくて非効率」(24.3%)、「WiFiやPCの環境が整っていなく、遅い」(21.6%)が続く。課題ありとしたうちの88.6%が、「ハンコの電子化と電子承認を求める」と回答。また、全体の96.4%はテレワークなどが勤務先で今後進んでほしいとしている。

 一方、米ソフトウエア開発大手アドビシステムズの日本法人のアンケート調査(2020年2月10~17日、都内勤務で過去3カ月以内にテレワークを経験した500人を対象)によると、86.4%が「テレワークによって生産性が上がったと思う」と回答。また、84.8%が「ペーパーレス化が進んだ」としている。

 この調査結果からも、いくつかの業務上の課題が浮かび上がる(複数回答)。「会社にある紙の書類をすぐに確認できない」が39.6%でトップ。以下、「プリンターやスキャナーがない」(36.2%)、「自分以外の仕事の進捗が把握しづらい」(35.0%)、「データや情報管理でセキュリティーが心配」(24.4%)の順になる。テレワーク勤務中の出社経験(=ハンコの捺印や書類へのサイン、オフィス保存の紙書類確認など)については、21.4%が「頻繁にある」、42.8%が「時々ある」とそれぞれ回答した。

 また、心理的・身体的課題(複数回答)では、「同僚とのコミュニケーションの量が減る」(38.4%)が最も多く、「時間管理が難しい」(30.0%)、「つい仕事以外のことをしてしまう」(28.6%)、「運動不足になる」(26.8%)と続く。ただし、全体の93.2%が今後も継続的に実施したいと回答している。

 次に、ロックダウン(都市封鎖)が続く米国の状況を紹介する。日本貿易振興機構(ジェトロ)が在米日系企業1024社を対象に実施した緊急調査(2020年4月6~8日)によると、全米では50.6%の企業が州政府などから自宅待機を義務付けられ、在宅勤務を実施中(注=ニューヨーク州を含む北東部に限ると70.3%)。義務付けられていない企業も含めると、94.8%が在宅勤務を実施している(同100%)。

 また、在宅勤務に伴う懸念事項(複数回答)については、52.6%の企業が「営業活動の制約」を指摘。以下、「社員間のコミュニケーション不足等による生産性低下」(51.8%)、「在宅勤務できない人(工場・倉庫作業員など)への処遇」(35.5%)、「勤怠管理」(34.1%)、「顧客サポートの低下」(31.7%)、「社員のメンタル面のケア」(31.6%)の順になる。

 メンタル面のケアの工夫例としては、定期的なコミュニケーションでは「毎朝の朝会(オンライン)」のほか、「社長や管理職から定期的なメッセージ、感謝メッセージ」「毎週の情報発信」「顔を見て、声を聞く」「孤立させない」「電話相談」などを実施中。また、「息抜き、運動」としては、「写真コンテスト」「チャット、おしゃべり会、雑談」「オンラインエクササイズ、自宅で出来るストレッチガイド」「Zoom飲み会」が行われている。過酷な環境下でも労使双方が知恵を振り絞り、戦後最悪の危機と立ち向かう姿が浮き彫りになる。

河内 康高

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