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「激戦州」を制する者が大統領選を制す

=ラストベルト・フロリダ州・メキシコ国境…=

2020年04月03日

内外政治経済

ひろぎん経済研究所 副主任研究員
(元リコー経済社会研究所 研究員)板倉 嘉廣

 米大統領選(2020年11月3日投票)は新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、大統領候補を決める予備選・党員集会の延期が相次いでいる。とはいえ、向こう4年間の世界を左右する「地球上最大の政治イベント」に変わりない。

 今回は、前回2016年の大統領選で大方の予想を覆して勝利を収めた共和党のドナルド・トランプ大統領が、政権奪還に燃える民主党の候補を退け、再選を果たすかどうか。同盟国の日本や欧州のほか、中国やロシアなど全世界がその行方を注視する。世界最大の経済・軍事大国を率いる指導者を選出するイベントだけに、産業界は選挙戦序盤から神経をとがらせ、株式市場も途中経過に一喜一憂する。もちろん喫緊の課題は新型コロナウイルスへの対応である。それを誤ると、リーマン・ショックを上回る戦後最悪の不況を招きかねず、トランプ氏再選にも赤信号が点灯しかねない。

 本稿では、明石和康・時事総合研究所客員研究員(元時事通信社ワシントン支局長)へのインタビューを基に、大統領選を「観戦」する上で、注目すべきポイントをまとめた。

 米大統領選の仕組みはユニークかつ複雑である。有権者が候補者や政党の名前を書いて投票する、日本の選挙のような「直接選挙」ではない。特定候補者への投票を約束した「選挙人団」を、有権者が州ごとに選ぶ「間接選挙」なのだ。

 全米で538人の選挙人は、各州の人口に応じて割り振られる。その過半数である270人を獲得すると、候補者はホワイトハウスへの「チケット」を手にできる。なお、ほとんどの州では勝利した候補が選挙人を総取りするため、得票数が僅差の場合は大量の「死票」が発生することになる。後述するが、だから全米の総得票数で上回っても敗者になるケースが出てくる。

 米国の二大政党のうち一般的に、共和党は保守層や富裕層、白人、農村部、経営者からの支持が厚い。一方、民主党はリベラル層や貧困層、黒人・ヒスパニック(中南米)系、労働組合、都市部から支持を集める。

 こうした有権者の特性によって形成される政治風土は州ごとに異なり、赤と青に色分けされる。すなわち共和党が圧倒するレッド・ステートと、民主党が強力なブルー・ステートである。1992年以降の大統領選結果をみると、共和党はテキサス、カンザス、ミシシッピ州などで全勝中。一方、民主党はカリフォルニア、ニューヨーク、メリーランド州などで負け知らず。つまりブルーとレッドの各州では、選挙戦前から優劣が事実上決しているというわけだ。

 これに対し、選挙のたびに勝利政党が揺れ動く州がスイング・ステート(激戦州)である。前回の大統領選では、11の州が激戦区とされた。共和党のトランプ氏が獲得した選挙人306人のうち、99人を激戦州(7州)が占めた。一方、民主党のヒラリー・クリントン候補は232人を獲得したが、激戦州では37人(4州)にとどまった。端的に言えば、激戦州での劣勢が敗因である。全米の総得票数では、クリントン氏がトランプ氏を約290万票も上回り、前述したような死票が大量に発生している。

全米50州の色分け(2016年大統領選)図表(注)赤=レッド・ステート、青=ブルー・ステート、
ピンク=激戦州、白=色分けが微妙な州
(出所)Politico、Gallupなどを基に筆者

 また、2000年大統領選では、親子二代の大統領を目指す共和党のジョージ・ブッシュ(子)氏と、民主党の当時の副大統領アル・ゴア氏が激突、大接戦となった。最終的に激戦州フロリダの投票結果が勝敗を分けた。得票の再集計をめぐる異例の法廷闘争に発展し、裁判で勝利したブッシュ氏が大統領に就任。だが、獲得した選挙人数は271人と過半数をわずか1人上回っただけ。全米の総得票数ではゴア氏がブッシュ氏を約54万票上回った。

全米と3州の失業率図表(出所)米雇用統計を基に筆者

 このように、激戦州を制する者が大統領選を制す。今回もそう考えてよいだろう。トランプ氏が最も信頼を寄せる側近中の側近で女婿のジャレッド・クシュナー大統領上級顧問は、今回の大統領選で勝敗のカギを握る「key states」として、ウィスコンシン、ミシガン、ペンシルベニアという3つの激戦州を挙げている(米誌タイム2020年1月27日号)。


インタビュー

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明石和康氏(あかし・かずやす)
 時事総合研究所客員研究員。
 1976年東京大学文学部西洋史学科卒、時事通信社入社。サンパウロ、パリ各特派員を経て、2000~2005年ワシントン支局長。2000、2004両年米大統領選や9.11同時多発テロなどを取材。外信部長、広島支社長、解説委員長などを歴任。2018年から現職。


 ―激戦州は北東部、南東部、メキシコ国境沿いの3つに分かれます。今回も北東部のラストベルト(さびついた一帯=製造業が衰退した地域)が注目されます。

 ラストベルトには鉄鋼や自動車といった伝統的な製造業が集積しています。トランプ氏は前回大統領選でその地域の労働者に対し、「ラストベルトの製造業を復活させる」と公約して勝利を治めました。米中貿易交渉で、高率関税を課して中国からの輸入を制限したのもそのためです。

 しかし現実には、ミシガン(選挙人16人)、オハイオ(18人)、ペンシルベニア(20人)の各州を中心とするラストベルトでは、雇用回復が遅れています。全米の失業率は低下傾向にありますが、好調なのはIT(情報技術)や金融などの分野です。このため、3州の失業率も下がってはいますが、水準としては全米平均を上回っています。

 ―その3州は激戦州とされます。それぞれの特徴を教えてください。

 前回の大統領選において、この3州ではすべてトランプ氏が勝ちました。中でも自動車産業の中心であるミシガンは、今も熱心に遊説を続けている州です。同州は元々、全米自動車労組(UAW)などの支持を背景に、民主党の強いブルーだったからです。ところが前回はトランプ氏が労働者の支持を奪い、勝利に結び付けたのです。今回も遊説に力を入れるのは、(雇用回復の遅れで)同州では支持に陰りが見え、つなぎとめに必死なのかもしれません。

 オハイオは大都市ニューヨークに近く、歴代大統領を7人も輩出した政治的に重要な州です。1964年以降の大統領選において、同州で敗れた候補が大統領に就任した例はありません。「オハイオを制する者が大統領選を制す」というわけです。

 トランプ候補が前回勝利を収めたペンシルベニア州もミシガン州と同様、かつてはブルーでした。ただし2012年以前の大統領選でも、大接戦になるケースは何度かありました。わたしが現地取材した2004年当時も、民主党幹部にインタビューすると、「ペンシルベニアが危ない」と危機感を募らせていました。

 ―中西部のウィスコンシン州(選挙人10人)も激戦州とされ、前回はトランプ候補が勝利を収めました。民主党有利とされるミルウォーキーなど都市部を抱えているのですが。

 前回の都市部では民主党支持者の一部が、投票に行かなかった可能性があります。

 米国の場合は日本と違い、事前に有権者登録が必要です。黒人やヒスパニック系は登録に行きづらいのかもしれません。生活が大変な人も多く、登録に必要な書類をそろえるのが一苦労という事情があるからです。今回、民主党が最終的に候補者を指名する全国大会(2020年7月13~16日)の開催地にミルウォーキーを選んだのは、ウィスコンシン州奪還が目的です。(注)共和党の開催地はノースカロライナ州シャーロット(2020年8月24~27日)

 ―フロリダ州で大接戦が多い理由は。

 共和、民主両党の支持が拮抗するからです。フロリダ州には社会主義国キューバから逃れて来た移民が多く、そうした人々はキューバに厳しい姿勢をとる共和党右派を支持します。一方で、温暖な気候を求め、北部からリベラルな考えを持つ有権者が移住するケースも多く、民主党支持に回る傾向があります。近年、州の人口は増えており、2000年大統領選挙で25人だった選挙人は29人まで増えました。これはニューヨーク州と同数で、カリフォルニア州(55人)やテキサス州(38人)に次ぐ3番目。この大票田における勝敗が、選挙全体に大きな影響を及ぼします。  

 ―メキシコ国境沿いのアリゾナ州(11人)でも前回、トランプ氏が勝利を収めました。しかし、2年後の2018年中間選挙では民主党が上院の議席を奪還しましたが。

 トランプ氏の目玉政策に「国境の壁」建設があります。これはメキシコからの不法移民に対し、物理的に越境を阻止する政策です。さらに、合法移民のヒスパニック系を排除する動きさえ出ています。これには白人層の中にも反発を覚える人がいます。スペイン語を話すヒスパニック系は、米国社会の中で存在感を増してきたからです。以前は白人の間で反発もありましたが、近年は「共生」が進んでいます。このため国境沿い地域では、意外にトランプ大統領の反移民政策への反発が少なくないのかもしれません。

 アリゾナ州はかつてレッドでしたが、大きな流れはブルーに向かっていると思います。これは近隣のネバダ、コロラド、ニューメキシコ各州にも当てはまります。レッドとされてきたテキサスでも、2018年中間選挙では国境沿い地域で民主党が健闘しました。

 ―民主党がトランプ氏を破って政権を奪還するには、候補者はどんな資質が必要ですか。

 「パワフル」と「新しい」という2つのイメージが必要でしょう。前者はトランプ氏のキャラクターに関係します。政治的なライバルに対して、激しい批判を容赦しないからです。民主党候補者にもそれに負けない、力強くてパワフルなイメージが求められます。

 新しいものを好む米国人気質を考えると、後者も不可欠な要素です。かつてバラク・オバマ氏が2008年大統領選に出馬した際、「チェンジ!」を旗印にしました。これに多くの人々が共感し、「社会を変えてくれる」という変革の期待を抱きました。今回、3月3日のスーパーチューズデーの結果を受け、前回も出馬したサンダース上院議員(78)とバイデン前副大統領(77)の2人に絞られてきました。しかし、両者ともに「新しさ」と「若さ」に欠けるのが難点です。 

 ―トランプ氏の戦略はどうなりますか。

 トランプ氏からすると、民主党から奪取したラストベルト各州で再び勝つことが重要です。そのためには、雇用対策など経済政策がカギを握ります。また、ヒスパニック系の多いメキシコ国境沿いの州もポイントになります。そうした地域にはトランプ氏が足しげく出向き、選挙運動を熱心に展開するはずです。共和党内で人気が高いので、自信を持って党内引き締めを図るでしょう。何を主張すれば、どれぐらい喝采を浴びるか。その計算が得意な政治家ですから。また、無党派層や民主党右派を取り込むより、共和党の支持層に対して面倒でも有権者登録を行い、確実に投票に行くよう促す戦略をとります。ブッシュ(子)氏はその戦略で再選を果たしており、トランプ氏もそれにならい再選を目指しているのでしょう。

写真(写真)中野哲也RICOH GRⅢ

(元リコー経済社会研究所 研究員)板倉 嘉廣

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※この記事は、2020年3月31日発行のHeadLineに掲載されました。

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