Skip to main content Skip to first level navigation

RICOH imagine. change.

日本 - リコーグループ企業・IRサイト Change
Skip to main content First level navigation Menu
Breadcrumbs

Share

Main content

「誰一人取り残さない」社会とは?

=SDGsへの関心を実践に結び付ける=

2020年11月04日

地球環境

主席研究員
米谷 仁

 【編集部から】リコーグループは2020年11月を「リコーグローバルSDGsコミュニケーション月間」と定めました。
当研究所もSDGs関連のコラムを公開致しますので、御愛読のほどお願い申し上げます。

 今、持続可能な開発目標(SDGs)への関心が高まっている。新型コロナウイルスの感染が拡大し、全世界の人々がその脅威にさらされる中で、命を守ることの大事さや難しさ、世界が1つになって共通の脅威に対処する必要性を改めて感じたからではないだろうか。

 SDGsは貧困撲滅や飢餓ゼロなど、2030年までに国際社会が達成すべき17の目標から構成される。筆者はSDGsの専門家ではないが、かつて「にわか専門家」にさせられてしまった経験がある。

図表 2018年7月、環境省を退職したときのこと。お世話になった上司に挨拶回りをした際、ある方から「対談を1つ引き受けてほしい」と頼まれた。相手は横浜市にある会社の社長で、環境問題に熱心な方だという。「社内報用の対談だろう」と思って気軽に引き受けたところ、後日、出版社から連絡が来た。株式会社テクノシステムの生田尚之社長と対談し、その内容を本にまとめて出版する予定だという。あわてたが、今さら断れない。そこで同社の資料に目を通し、生田社長とお会いすることにした。

 テクノシステムは、生田社長のお父様の代から培ってきたポンプ技術を基に、浄水装置メーカーとして発展。その後、ポンプ技術を活かし、ボタン1つでカレーやシチューなどの温かい料理をスピーディーに提供できる「デリシャスサーバー」という機械を世に出した。今では太陽光発電システムやバイオマス発電事業なども手掛ける。このように「水」「食」「自然エネルギー」に次々と取り組んできたことについて、対談の中で筆者は「生田社長はSDGsの課題に真正面から取り組まれているのですね」とコメントした。これを受けて、対談本は「SDGsが地方を救う」という立派なタイトルを付けられて出版されてしまった。

 そもそも社内報用の対談だと思って引き受けた話が出版という運びになってしまい、正直のところ気恥ずかしかった。ところが、出版されると、今度は地方からいくつか講演依頼が舞い込むようになった。環境省に長く在職したのでSDGsについて一通りの知識はあったが、すでに述べた通り決してSDGsの専門家ではなかったので、これまたあわてた。しかし、いただいたお話がいずれも筆者に縁のある地域だったこともあり、引き受けることにした。

 講演するとなって、改めてSDGsについて勉強し直し、資料を作った。日本政府のホームページを調べると、SDGsの5つの性質というページを見つけた。1つ目は「普遍性:先進国を含めて、すべての国が行動」、2つ目は「包摂性:人間の安全保障の理念を反映し、『誰一人取り残さない』」、3つ目は「参画性:全てのステークホルダーが役割を」、4つ目は「統合性:経済・社会・環境に統合的に取り組む」、5つ目は「透明性:定期的にフォローアップ」と書いてあった。この5つのうち、4つは何とか説明できるのだが、ただ1つどう説明したらよいのか悩んだのが、2つ目の「包摂性」だった。

 「包摂性」あるいは「包摂的」は英語の原文のinclusiveを日本語に訳したものであり、SDGsが記載された国連の「持続可能な開発のための2030アジェンダ」冒頭の前文及び宣言に頻繁に出てくる。しかし、国語辞典を引くと「包摂する」という動詞は出て来ても、「包摂性」「包摂的」という言葉は出て来ない。「誰一人取り残さない」と解説してあっても、「誰一人取り残さない」はそもそもSDGs全体の基本的な考え方として言われているものだ。どう説明したらよいものか、困惑した記憶がある。

 2020年2月、知人に誘われて「見沼ソーシャルファーム懇談会」という筆者の地元さいたま市での勉強会に参加し、霧が晴れるような経験をする。「ソーシャルファーム」という活動自体、初耳だったが、「通常の労働市場では仕事が見つかりにくい人が、市場原理に基づく、通常のビジネス的な手法を基本に、働く場をつくっていくビジネスのこと」(「ソーシャルファーム」あうるず編、創森社)という。身体障がい者、知的障がい者、刑期を終え出所した人、ドメスティックバイオレンス(DV)の被害者、引きこもりの若者などが該当するという。一部の在日外国人なども当てはまるだろう。

 こうした人々を社会の構成員として認め、社会に受け入れるという課題が、1990年代以降に欧州各国の政府で意識されるようになり、「ソーシャルインクルージョン(社会的包摂)」という言葉で語られるようになったことを学んだ。そこでハタと気づいたのが、日本の社会にも障がい者や刑期を終え出所した人をはじめ、就職機会などで排除されている人が少なからずいるという現実だ。

 例えば、2017年に法務省がまとめた調査によると、外国人であることを理由に就職を断られた経験がある人は在留外国人の25%に上る。また、同省の「令和元年版再犯防止推進白書」によれば、刑務所出所者等の総合的就労支援対策の対象者のうち、就職できたのは2018年度で45.8%と半数を下回る。社会的包摂とは、こうした社会から排除されている人を積極的に社会に受け入れようという理念なのだ。この勉強会を通じて、曖昧模糊(あいまいもこ)としていた包摂性の定義付けが頭の中で固まった感じがする。

 最近、街中でもSDGsのバッジを付けた人をたくさん見かけるようになった。多くの人が「私たちもSDGsの目標の達成に向けて努力します」という賛同・連帯の表明することは、素晴らしいことだ。また、自分の活動がSDGsの17の目標とどう関係しているのかを考えるのも大事だ。それとともに、SDGsの基本的なコンセプトである「包摂性=誰一人取り残さない」について、考えてみる必要があると思う。自分の周りには社会から排除されている人がいないか。今一度、見回してみる必要があるのではないか。

 筆者は、先述の「見沼ソーシャルファーム懇談会」の皆さんから、田んぼで行っている米作り活動に参加してみませんかと誘われている。群馬県沼田市で里山の維持整備や古民家の修復などの活動を行っている「古語父(こごぶ)の里山づくり推進会」の方からも、「古民家の茅葺き作業を体験してみませんか」と誘われた。いずれも障がい者の方が参加する予定で、ともに汗を流すことによって包摂性の意味を噛み締める貴重な機会になると思う。労働市場から排除されがちな人々が積極的に受け入れられる社会に変わっていけるよう、筆者自身できることから少しずつ活動していきたい。

図表

TAG:

※本記事・写真の無断複製・転載を禁じます。
※本サイトに掲載された論文・コラムなどの記事の内容や意見は執筆者個人の見解であり、当研究所または(株)リコーの見解を示すものではありません。
※ご意見やご提案は、お問い合わせフォームからお願いいたします。

戻る