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シルクロードの起点・西安で考えたお金の未来

=キャッシュレス先進国の最前線=

2019年11月27日

中国・アジア

研究員
新西 誠人

 2019年7月に中国・西安で開かれた情報システムに関する国際会議(PACIS=Pacific Asia Conference on Information Systems)に参加した。これは来場者が1500人を超える大イベントで、毎年アジアを中心に開催される。今年の注目テーマは電子決済であり、中国で実現した最先端の「キャッシュレス社会」を体験してきた。

国外持ち出しを禁じた始皇帝の「半両銭」

 西安はシルクロードの起点といわれる。このため、市内には中東や欧州など異文化の影響が色濃く残る。例えば、城内(=中心部)にあるイスラム街では、羊の串刺しやヨーグルトなどが売られている。どことなく中国テイストで、東西文化の融合を感じる。

20191127_01.jpgイスラム街で売られているヨーグルト

 西安はかつて長安と呼ばれ、13に上る歴代王朝の都となった街。秦の始皇帝の霊廟も市内にあり、その死後を守る兵馬俑(へいばよう)とともにユネスコの世界遺産に登録されている。

 2200年以上前に中国統一を成し遂げた始皇帝は、貨幣統一も進めた。中心に開いた四角い穴の両側に「半両」と鋳(い)込まれた半両銭の使用を強制したと伝えられる。一方で半両銭の国外への持ち出しは固く禁止した。

20191127_02.jpg兵馬俑1号棟

 その後、漢時代の紀元前175年には、税金を納めれば民間も貨幣を鋳造できるようになった。貨幣の価値は材料費や運搬コストなどを合計した原価より高いため、当時の貨幣鋳造はおいしい商売だった。その後、民間鋳造は禁止されたが、ヤミ鋳造は後を絶たず、政府の鋳造権掌握は1933年の貨幣統一「廃両改元」まで実現しなかった。

 そして今、中国はスマートフォンによるQRコード決済が世界で最も進んだ「キャッシュレス先進国」だ。英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)による中国の都市住民を対象とした2016年の調査では、98.3%がモバイル決済を利用していたという。

財布を持たずともスマホは必携

 実際、西安の街を歩くとQRコードがあふれていた。先ほどのヨーグルト店もそうだし、もっと小さな露店の土産物屋や「投げ銭」をもらう路上パフォーマーでさえ、QRコードで決済する。

20191127_03.jpg露店でもQRコード決済

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路上パフォーマーもQRコード決済

 西安で現地を案内してくれたガイドの樊英英(ハン・エイエイ)さんによると、この街は国際的な観光地なので現金も問題なく利用できるという。しかし郊外に行くと、キャッシュレス決済しか受け付けない店も少なくない。現金を使えば、盗まれたり偽札をつかまされたりするリスクがあるからだ。

 今回、お土産を購入する際に露店で100元札(=約1600円)を渡したところ、店員は紙幣を引っ張ったり透かしたりしながら、偽札でないことを念入りに確かめていた。

 現金に比べると、QRコードを使った会計は驚くほど簡単だ。あらかじめスマートフォンにインストールしたアプリを起動し、支払方法を選ぶとコードが表示される。それを店員がバーコードリーダーで読み取ると、即座に支払いが終わる。さらに、支払いと同時に決済の通知が届く。記録が残るので、家計簿をつける際にも便利だ。

 「財布を持たなくてもスマホは必携」と樊さんは語る。友人とのお金のやりとりもキャッシュレス。もはやQRコード決済無しでの生活はあり得ないという。

 「キャッシュレス化が進んでスリが減った」―。みんな現金を持ち歩かなくなったから、もはやスリは"職業"として成り立たない。もしスマホを盗んでも、セキュリティーがかかっているのでQRコード決済は使えない。「スマホだけなら売っても大したお金にならないしね」と樊さん。キャッシュレス化は個人の生活スタイルだけでなく、街の雰囲気も変えていくようだ。

AI活用で融資の信用審査は30秒

 今回のPACISでも、キャッシュレスをはじめ先端金融分野への研究者の高い関心をひしひしと感じた。

 その基調講演の一つとして、「AI(人工知能)とフィンテック」が行われた。スピーカーは中国の検索サイト最大手「百度(バイドゥ)」の金融子会社、「度小満金融」の朱光(シュ・コウ)最高経営責任者(CEO)だ。朱氏によると、中国では1980年代に金融の電子化が始まり、2000年代にインターネット金融、そして2015年にはAIを活用した金融が始まったという。

 AIを活用することで、お金を貸す際の信用審査が一瞬でできる。貸す側、借りる側双方の利便性が向上し、貸し倒れリスクも減らせるという。度小満は、貸し出し依頼を受けてから30秒で信用審査を終えるという。もちろん、貸し出しの審査はAIが担う。

 AIが審査に使うのは、QRコード決済の利用履歴など、蓄積されたビッグデータだ。これらを統計的に分析・活用することで、人々の生活を豊かにするという。

 一方、企業がこうしたビッグデータをAIで分析・活用する上では高い倫理観が求められる。PACISのもう一つの基調講演は米ジョージア州立大学のArun Rai 教授による「AIジーニー(=ディズニー映画「アラジン」に出てくる魔神)はどのように振る舞うべきか」だった。AIも判断を間違えることがある。こうしたミスを前提としながら、どう透明性を確保し、説明責任を果たしていくかが重要だと訴える講演だった。

20191127_05.jpgRai 教授による基調講演

 金融とデジタル技術の融合が社会にどのような影響を与えるか。それについては、まだ十分に研究が進んでいるとはいえない。しかし中国社会のキャッシュレス化は、こうした議論を飛び越して加速しているように見える。

日本もキャッシュレス化40%を目標

 日本も2020年東京五輪・パラリンピックや2025年大阪・関西万博に向けてキャッシュレス化を推進。2025年の普及率(=キャッシュレス支払い手段による年間支払金額÷国の家計最終消費支出)の目標を40%と定めた。外国人旅行者の不満などを理由に、経済産業省がキャッシュレス化の旗を振る。

 しかし、普及にはハードルが高い。PACISで取材した台中科技大学(台湾)でキャッシュレス決済を研究する連俊瑋(レン・シュンイ)副教授は「日本では使っている人が少ないので利用実態を調査するのにも苦労する」と明かす。中国では既に9割以上の消費者が使っているのに対し、台湾では5割、日本ではさらに利用率が低いという。

 連氏は「台湾での調査結果だが」と前置きした上で「キャッシュレスの普及にはサービスへの信頼醸成がカギを握る」と指摘する。日本が世界でも有数の「現金社会」なのは、治安がよいことに加え、偽札がほとんどないなど現金の信頼性が高いからだ。それを上回る信頼を確保するのは容易ではない。

 それでも数年あるいは数十年後、日本でもキャッシュレス社会は確実にやって来る。その利便性にいったん慣れると、後戻りはできない。既に鉄道では20年ほど前に導入されたSuicaなどのIC乗車券が普及し、紙の切符が遺物になりつつある。

 キャッシュレス決済が広がれば、人類が何千年も親しんできたモノとしてのお金は社会から姿を消すかもしれない。そのような社会にわたしたちはうまく適応できるのか。技術開発や普及促進と同時に、まだ議論すべき課題がたくさんあるように思う。

20191127_06.jpg西安の鐘楼

(写真)筆者 GR III

新西 誠人

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※この記事は、2019年9月30日発行のHeadLineに掲載されました。

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