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リモート時代に加速する3D開発

=米CG学会「バーチャル出張」記=

2020年10月05日

最先端技術

研究員
新西 誠人

 2020年晩夏の午前1時、日中の熱気が残る自宅の一室。あくびを噛み殺しながら、パソコンを立ち上げる。画面上では、コンピューター・グラフィックス(CG)の最新技術に関する研究発表や、デモンストレーションが続々と出現し、脳は眠気を吹き飛ばして徐々に覚醒していく。

 筆者は、8月24〜28日に開催されたCG関係では世界最大級の学会、SIGGRAPH2020(Special Interest Group on Computer GRAPHics、以下「SIGGRAPH」)に参加した。元々、開催予定地の米国ワシントンDCに出張するはずだったが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で主催者がバーチャル開催に変更したのだ。

 海外出張の必要はなくなったものの、日本と16時間の時差がある米国太平洋標準時で開催されるため、自宅で昼夜逆転の生活に臨むことになった。

写真

バーチャル開催「SIGGRAPH」に自宅から参加中の筆者 
(写真)新西 聡美

 まず、妻と話し合い、バーチャル出張で不規則になる生活時間の了解を得た。日本時間午前0〜9時は研究発表を聴講し、人脈づくりを目的とするネットワーキングなどのイベントがあれば正午になる。朝食はセッションの合間にとり、昼食は正午以降に。午後1〜7時に睡眠をとり、起床後に夕食を済ませて学会参加に備えた。

 この時間割で生活してみると連日、睡眠の問題に悩まされた。午後1時に床に就いても3時間ぐらいで目が覚めてしまうのだ。眠りが浅いせいか、寝起きは眠気が抜けず、冒頭で述べたようにあくびが止まらない。

ディズニー映画「アナ雪2」のCG技術も

 なぜ生活のリズムを狂わせてまでバーチャル出張を決行したのか。どうしても参加したい憧れの学会だったからだ。SIGGRAPHは1974年、米コロラド州ボルダーで初めて開催され、今年で47回目。2019年は79カ国から1万8700人が参加するなど、世界的なイベントに成長した。学会とはいえ、研究者のほか芸術家や開発者も参加するため、お祭りのような雰囲気も魅力だ。

 開かれるセッションも多種多彩。研究論文の発表はもちろん、有識者による講演やパネルディスカッション、デモンストレーションなどが目白押し。企業による展示会も開催され、産業界とりわけ映画などのエンターテインメント業界との距離が近いのも特徴だ。

 今回の会長を務めたのも、テーマパークの開発・企画を手懸ける「ウォルト・ディズニー・イマジニアリング」のエンジニア、クリスティ・プロン氏。世界的にヒットしたディズニー映画「アナと雪の女王2」のCG作成技術に関する講演が複数行われるなど、大会運営は一般大衆の関心を強く意識していた。

 コロナ禍前から決まっていた今回のテーマは、「Think Beyond(=その先を考えよう)」。あたかもリモート時代到来を見越したかのような設定だったから、否が応でも期待は高まった。

 参加したセッションの中から筆者が興味を抱いた講演を3つ紹介したい。いずれもエンタメ業界にとどまらず、現実世界にCGを導入しながら、両者の新たな融合領域に踏み出そうという意欲的な試みだった。

(1)DrawmaticAR (米AReality3D社のヨソン・チャン氏)

 CGを使い3次元(3D)を簡単に生成する、技術力の高さに驚いた。具体的には、まず専用の紙に英語でストーリーを書き込む。次にアプリを入れたスマートフォンでそれを読み取ると、3Dのキャラクターや建物などがストーリーに合わせ、拡張現実(AR)の中で表示される。例えば、「犬と忍者がエッフェル塔に到着した」と書けば、アプリがその単語を認識した上で、それぞれのキャラクターがスマホ画面に登場する。

 このDrawmaticARは、リアルタイム・デモンストレーション部門において、参加者からの最高評価である「大賞」を受賞した。近未来を予感させる、画期的なアプリと言ってよいだろう。

20200928-2-350dpi.PNG

犬と忍者がエッフェル塔に到着すると...
(写真)筆者

(2)One Shot 3D Photography(Facebook AIのヨハネス・コップ氏ら)

 これは、1枚の写真から3Dを作成する技術。スマホのカメラレンズ1つあれば作成可能であり、既にフェイスブック(FB)のアプリで利用できる。通常、3D撮影には2つ以上のカメラレンズを利用するか、1つのレンズを動かしていく必要がある。人間が両目の「視差」を利用して立体視する原理を応用するからだ。

 一方、この技術では3Dに生成したい「被写体」を手前に置いて写真をスマホで撮ればよい。次に、①人工知能(AI)の機械学習により、手前の被写体画像を抜き出す②その画像の3D化を計算する③抜き出した画像の背景を補完する―の順に処理すれば、最短1秒で簡単に出来上がる。

 筆者も自宅前で花を撮影して挑戦してみた。スマホの性能のせいか、1秒では作成できなかったものの、15秒で自然な3D写真を作成できた。

One Shot 3D Photography で筆者が作成した花の3D画像 
(動画)筆者

(3)Super Haptoclone(東京大学大学院博士課程の芹澤洸希氏ら)

 今回、日本発の技術にも可能性を大いに感じた。芹澤氏らが開発した装置は、遠く離れた場所にいる2人を、光学的にそれぞれ3Dとして映し出す。この2人はお互いを視覚と触覚で感じられるのが特徴。原理的には、7枚の鏡で全身を写して視覚を再現する。何もないはずの空中では超音波を、体は服に装着した振動子により、触覚を再現する。

 急速に普及するリモートワークでは、五感の伝達が課題となる。この技術が実用化されると、バーチャルなコミュニケーションでも、よりリアルな対話が実現するのではないか。

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視覚と触覚を再現
(提供)芹澤 洸希氏

人脈づくりは難しい「バーチャル学会」

 このように今回のSIGGRAPHでは、すべてのプログラムがバーチャルで開催された。そもそもCG技術との親和性が高いこともあり、研究発表を聴くだけなら、違和感はほとんどなかった。

 だが、学会の主目的の1つである人脈づくりとなれば、改善すべき点もある。以下、筆者が感じた課題をいくつか指摘したい。SIGGRAPHでは毎回、同好の士のネットワーキングのためにBirds of a Feather(BOF)と呼ばれるセッションが用意される。「Birds of a feather flock together(=同じ羽を持つ鳥は群れる)」という諺(ことわざ)が由来であり、日本語の「類は友を呼ぶ」に近い。

 今回のBOFはウェブ会議システムZoomを介して開かれ、①参加者全員が自由に発言可能な形式②一部の人がパネリストとして登壇する一方で、他の参加者は質問を投げ掛ける形式―に分かれた。

 前者では、毎日午後6時(現地時間)から一杯飲みながら会話を楽しむ「Happy Hour」があり、8月24日の初日に参加してみた。60人以上いたが、顔を映し出すのは半分程度。また、Zoomの宿命だが、1人が話し始めるとほかの人は聞くしかない。このため、違う話で別々に盛り上がることは無理。結局、設定30分間で一言でも発したのは10人程度。これでは、新たな出会いを期待するのは難しいと感じた。

 後者のパネル形式にも参加してみた。しかし、話がどんどん進んでいくため、バーチャル会場からは議論に加わりにくい。とりわけ筆者のように、非英語圏からの参加者は質問文を英語で考えているうちに、話が先に進んでしまうため、付いていくのは至難の業だ。

 主催者側もこうした問題点を予見していたのか、「エクスカーション」という人脈形成の機会を別途提供した。今回、用意されたのは「脱出ゲーム」。閉じ込められた部屋から、ヒントを頼りにチームで脱出を試みるものだ。

写真

「戦友」と一緒に記念写真(右上が筆者)
(写真)筆者

 ゲームは8月26日午後6時(現地時間)スタート。筆者は米国の大学生2人と、米国企業で働くエンジニアとチームを組み、運命を共にすることになった。日本から参加している旨を話すと、彼女らは「今何時?」と興味津々。だがいざ始まると、60分の制限時間内での脱出に向けて戦闘モードに突入した。

 1人が操作担当となり、画面をZoomで共有。「その壁にある写真をもう一回見せて!」「本に何て書いてあるかメモして!」「写真撮った!」...。ゲームは会話が途切れることなく進み、われわれのチームは何とか53分で脱出に成功した。

 ゲームの後、「戦友」同士で話が弾んだ。エンジニアは、日本でも愛好者の多いスマホ向けAR(拡張現実)ゲームの会社に勤務。それが分かると、学生2人がインターン応募についてアドバイスを求めるなど、一気に距離が縮まった。最後にSNSの連絡先を交換し、記念写真を撮って別れた。

 とはいえ、リアルな世界と違い、バーチャル空間の人脈づくりは何かと難しい。筆者もSIGGRAPHに出展していた約90社のうち1社にコンタクトしたが、なしのつぶて。通常の展示会ならば、ぶらぶら歩きまわりながら、興味を抱いたブースに立ち寄ったり、他の人への説明にも聞き耳を立てたりできるのだが...

国際イベントは「ハイブリッド化」?

 それでも今回、SIGGRAPHに参加して本当によかったと思う。バーチャル学会の利点を実感できたからだ。

 時差を乗り越えることは難しいものの、国境は簡単に越えられる。ネット上でログインさえすれば、移動に伴う費用や時間も必要ない。今回の会長のプロン氏も「パスポートなし、飛行機代なし、ホテル代なし」とバーチャル開催のメリットを盛んに強調していた。

 SIGGRAPHに限らず、バーチャル開催に切り替える国際的なイベントは今後ますます増えることだろう。そこで蓄積した知見を社会全体で共有できれば、リアル開催にこだわる必要性は薄れるように思う。

 withコロナ時代、国際イベントはリアルとバーチャル双方の長所を活かしながら、「ハイブリッド化」が進んでいくのではないか。そんな予感を強く抱かせる貴重な「バーチャル出張」だった。

新西 誠人

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※この記事は、2020年9月30日発行のHeadLineに掲載されました。

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