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アナログからデジタルへ!リコー製品の開発史

=DX時代も変わらず「お役立ち」を追求=

2019年10月31日

最先端技術

主任研究員
古賀 雅之

 リコーは、複合機(MFP=マルチ・ファンクショナル・プリンター)に代表される事務機器やGRシリーズが人気のコンパクトカメラなど「デジタル機器」のメーカーとして知られる。しかしもちろん、83年前の創業当時は最先端のアナログ技術を社業の柱に据えていた。そこで本稿では、製品技術がアナログからデジタルへと変ぼうを遂げた歩みを、リコー製品の開発史や筆者の経験を重ね合わせながら振り返りたい。

感光紙から複写機へ

 リコーの創業は、第11回夏季オリンピックがベルリンで開催された1936年にさかのぼり、当時の社名は理研感光紙。「理研」の文字からうかがえるように、理化学研究所がルーツだ。日本の科学振興を目的に創設された理化学研究所は、その研究成果を事業化するため理化学興業を設立。同社で感光紙部門を率いていた市村清が、同部門を分離独立させて誕生したのが当社である。

20191126.jpg市村清像(リコー本社)
(写真)神津 多可思

 「感光紙」と聞いても若い人にはなじみがないかもしれない。ただ、今でも将来の計画を立てることを「青写真を描く」と表現することがある。光を当てると白く変色する青地の感光紙を使って、設計図などをコピー(陰画と呼ぶ)していた時代の名残だ。そうした感光紙のうち、理研が発明した「紫紺色陽画感光紙」(注)が創業当時の主力商品だった。


(注)
 陰画に対して、紫紺色陽画感光紙は光を当てると白地に青い線が浮かび上がる陽画と呼ばれる。その当時、赤い線の陽画はあったが、青系統のほうが見やすいため、各国の技術者が研究開発競争にしのぎを削り、理研が世界で初めてそれを実現した。


 戦後、リコーは感光紙から、それを使う機器である複写機やカメラへと事業領域を拡げる。中でもオフィス分野への進出を決定的にしたのが、1955年に発売した卓上型ジアゾ湿式複写機「リコピー101」だ。

 この製品の登場は、事務作業に「革命」をもたらした。当時工業用として一般的だった乾式現像方式の装置は大型だったが、リコーが独自開発した湿式現像方式は小型化を実現した。リコピー101により、事務文書や伝票の複写が手軽にできるようになり、手書きの写し作業が大幅に減少。事務の効率化に貢献し、オフィスで大いに喜ばれるヒット商品となった。リコピー101並びにそのシリーズ製品は急速に普及した。筆者と同年代(50歳代半ば)の読者の皆様の中には、複写することを「リコピーする」と呼んだ経験がある方もいらっしゃるだろう。

20191031_01.JPGオフィスの机上で大活躍した「リコピー101」
(出所)リコー

オフィスを一変したOA機器

 ただ、この頃までの製品はいずれもアナログ式。リコーがデジタル機器メーカーに進化するきっかけとなったのが、ファクシミリの開発だった。

 当時のファクシミリはA4サイズの原稿1枚を送るだけで約6分もかかっていた。画像を「音」というアナログ情報に変換し、専用の電話回線で送っていたためだ。これではたくさんの書類は送れないし、通信費もかさむ。機器自体も高額で、鉄道会社や報道機関、役所などでしか使われていなかった。

 そこでリコーが掲げた開発目標は、ファクシミリ普及の条件と見られていた「A4原稿伝送1分以内」の実現。原稿の読み取りからデータ処理、伝送、感熱紙への出力まで、あらゆる制御にデジタル技術をとり入れることで高速化を目指した。

 第2次オイルショック翌年の1974年、リコーは送信速度を従来型の6倍に高め、海外との通信も可能にした事務用デジタルファクシミリ「リファクス600S 」を日米で同時発売した。「空翔ぶ複写機」―。これが発売時のキャッチコピーだ。価格は日本で388万円。当時の大卒者の初任給が7万8700円(厚生労働省の賃金構造基本統計調査)だったから、その年収の4年分に匹敵する超高額商品といえよう。

 にもかかわらずヒットした背景には、新しい働き方の拡大があった。農地や工場ではなくオフィスで働く人が増え、事務機器のニーズが一気に高まっていたのだ。国勢調査によると、就業者に占めるホワイトカラーの比率は、1950~1975年に20%強から40%超に上昇している。こうした産業構造の変化を受けて、リコーは1977年、「OA(=オフィス・オートメーション)」というコンセプトを提唱する。工場で進んでいた作業の自動化をオフィスでも導入、産業界全体に生産性を向上しようと訴えたのである。

 例えば、ファクシミリが無い時代には、ちょっとした書類を近所のビルに届けるだけでも大変な労力を必要とした。また、オフィスにおける海外との主な通信手段は「テレックス」だった。テレックスは今日のオフィスからすっかり姿を消したので、ご存知ない方が多数だと思う。それはタイプライターのようなキーボードが付いている通信機器で、メッセージを打ち込んで送信ボタンを押すと、送り先のテレックス端末に印刷されて出てくる仕組みだ。ただしテレックスで海外にメッセージを送る際には、国際回線をつなげるために、その都度電話会社への事前申し込みが必要であったので、送信するまでに時間が掛かった。リファクス600Sの登場で書類のやり取りが劇的に速くなったのである。

 OA化の中核を担ったのが、今もリコーの主力商品である複写機だ。1987年、世界で初めて普及型複写機のデジタル化に成功し、「IMAGIO 320」を100万円を切る価格で発売した。マーカーペンで囲みを入れると、その囲みの中だけを消したり、残したり、白黒反転できる「マーカー指定」や、画像を縦長や横長に自由に変えられる「縦横独立変倍」など、デジタル機ならではの機能を満載。発売後1年で2万数千台(国内)を売り上げる大ヒット商品となった。

 さらに、デジタル化によって複写機はコピーのほかに、スキャナーやファックス、プリンターの機能を兼ね備えた複合機(MFP)へと進化。1990年代にはカラー化や小型化、低価格化も進み、大企業だけでなく中小企業での導入も拡大した。筆者が2000年から7年間駐在したフランスの販売子会社でも、複合機が品切れを起こすほど飛ぶように売れていた。

20191031_02.JPG国内外で飛ぶように売れたMFP「imagio MF200」
(出所)リコー

変わらぬ原点「三愛主義」

 オフィスのデジタル化とOA化を推進したリコーの製品開発の根底には、創業者である市村清が提唱した「三愛精神(人を愛し 国を愛し 勤めを愛す)」と呼ばれる経営哲学がある。事業や仕事を通じて、自らとその家族、お客様、関係者、社会のすべてを豊かにすることを目指すという考えで、今もリコーグループ社員が経営や仕事に取り組む上の「原点」としている。

 1983年に就任した4代目社長の浜田広は、この三愛精神を一言で「お役立ち」と表現した。筆者がリコーに入社したのは1985年。同氏が新入社員向け講話で語った「わたしたちの仕事は、常に相手に対する『お役立ち』を目的に行われている。常にお客様はだれで、そのお客様に役立つにはどうすればよいかを考え、行動すること」という一節は、今でも鮮明に覚えている。

 この「お役立ち」は今でも社内で広く使われており、生命力にあふれたキーワードである。浜田氏はCS(=Customer Satisfaction、顧客満足)とともに、この言葉を行動指針にとり入れ、以後、歴代社長がしっかり受け継いできた。

オフィスを「作業の場」から「知識創造の場」へ

 オフィスのデジタル化・OA化にいち早く取り組んだリコーは、これから先も時代の変化を先取りし、さらなる進化を目指している。その指針の一つが、2007年に就任した6代目社長、近藤史朗が打ち出した「オフィスを『作業の場』から『知識創造の場』にシフトせよ!」というスローガンだ。

 筆者は近藤氏の下で仕事をしていたころ、「リコーはお客様に複写機を売っているのではない。『知識創造』を売っている会社だ」と叩き込まれた。OA化がもたらしたオフィスの生産性向上を一歩進め、オフィス内のコミュニケーションを活性化させるツールの提供により、企業の創造性向上に貢献しようという経営哲学だと筆者は理解している。

 知識創造を実現する商品として、リコーはパソコン等の端末の情報をディスプレイに表示したり、その画面に直接手書きで書き込みをしたり、その内容を遠隔地にいる会議参加者と共有したりすることができるインタラクティブホワイトボード(IWB)を開発。また、遠くに離れていてもビジネスパーソン同士がお互いの顔を見ながら、白熱した議論をできるテレビ会議システムなどを生み出した。常に革新的なアイデアが生まれるようオフィスの実現を目指している。

 さらに、オフィスと「現場」をつなぐ価値創出にも挑戦。カメラ事業では、シャッターを1回切るだけで撮影者を取り囲む全天球イメージを撮影することができる、世界初の画像インプットデバイス「RICOH THETA(リコー・シータ)」を2013年に発表。画像処理の技術を強みとする光学デバイスを活かして不動産業界などへ顧客基盤を広げた。同時に、撮影者の意図や予測を超えた光景、斬新な全天球画像を世界の人たちと共有する楽しさを訴求することで、「個客」の拡大に努めている。

 今日、リコーは2017年に就任した8代目社長、山下良則の下、さまざまなワークプレイスの変革をテクノロジーとサービスのイノベーションでお客様とともに実現することで、真の価値を提供している。その上で社員の"はたらく幸せ"、そしてお客様の"はたらく幸せ"を生み出す会社を目指している。

 人工知能(AI)やビックデータ、IoT(モノのインターネット)といったデジタル技術を駆使する製品・サービスがさまざまな分野で出現している。リコーはこれからも「お役立ち」の精神をモットーに、デジタル・トランスフォーメーション(DX)時代の知識創造に貢献していく。


参考文献
ポケット社史「リコー」(経済界)
「作らずに創れ!」(大塚英樹、講談社)
リコーホームページ

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古賀 雅之

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