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次世代太陽電池の「本命」

=JAXAとリコーが共同開発=

2018年10月31日

最先端技術

研究員
野﨑 佳宏

 リコーが宇宙航空研究開発機構(JAXA)と共同研究していると聞いても、「一体、何を?」というのが一般的な反応だろう。宇宙ステーションで使えるコピー機でも開発しているのか?宇宙開発といえば、ロケットや人工衛星を作る国の大型プロジェクトというイメージがあるが...。真相を探るため、神奈川県相模原市にあるJAXA相模原キャンパスを訪ねた。

 最寄りのJR淵野辺駅に着くと、漫画「宇宙兄弟」と「銀河鉄道999」の巨大パネルが目に飛び込んできた。宇宙に思いを馳せながら、歩くこと20分。相模原キャンパスに到着した。特別公開日のため、開門前から長蛇の列ができていた。お手製のブルースーツ(宇宙飛行士が着用する青色の服)の少年や、NASA(米航空宇宙局)のロゴ入りTシャツを着たオジサンらの宇宙ファンがお祭り騒ぎを繰り広げ、独特の熱気が漂っていた。

 ここ相模原キャンパスは、JAXAの筑波宇宙センター(茨城県つくば市)と並ぶ宇宙開発の重要拠点だ。旧宇宙科学研究所を引き継ぎ、科学衛星や小型ロケットなどの研究を進めている。

20181031_01.jpgJAXA相模原キャンパスのM-Ⅴロケット実機模型

 特別公開の目玉は、話題の小惑星探査機「はやぶさ2」の模型。はやぶさ2は小惑星「リュウグウ」に着陸し、サンプルを採取して地球に持ち帰る計画だ。取材直前にリュウグウ上空に到達したことがニュースになり、展示場には人だかりができていた。

 「はやぶさ2」の前身機は、あの「初代はやぶさ」だ。度重なる故障を克服して小惑星「イトカワ」に到達し、2010年6月に地球帰還を果たした。映画化されるほど注目を浴びたこともあり、2代目にも期待が集まる。

20181031_02.jpg小惑星探査機「はやぶさ2」模型

 こうした宇宙開発の過程で得られた貴重な技術や知見は、民生品にも活かされてきた。過酷な宇宙の環境に耐えられるため、様々な可能性を秘めるからだ。例えばスペースシャトルで活躍したNASAのポンプ技術は、人体埋め込み型の人工心臓に応用された。国際宇宙ステーション(ISS)用に開発された空気洗浄機も、食品店などで商品を長持ちさせるシステムに導入されている。

 一方、最近ではその逆方向の動きも広がっているという。つまり、民生品を応用して人工衛星やロケットを開発する試みだ。JAXAには、家電などに使われる民生用半導体を採用した超小型ロケットを開発した実績がある。

 実は、リコーとJAXAが取り組んでいる共同研究もこうした試みの一つなのだ。昨秋、ノーベル化学賞の候補として騒がれた日本人がいたことを覚えているだろうか。答えは、桐蔭横浜大学の宮坂力・特任教授である。

 宮坂氏は「ペロブスカイト」と呼ばれる特殊な結晶に半導体としての特性があり、太陽電池に応用できることを発見した。この業績により、米国の学術情報会社が選ぶ「ノーベル化学賞の有力候補」の一人に入ったのだ。今年は惜しくも受賞を逃したが、関係者の間では期待が高まっている。

ペロブスカイト太陽電池の典型的な構造を示す模式図
(出所)宮澤優氏


 ペロブスカイト太陽電池を一言で説明するなら、薄くて安価な次世代太陽電池の「本命」といえる。材料が手に入りやすいのでコストを抑えられる。フィルムなどに素材を塗って薄く作るため、自在に折り曲げられ、しかも非常に軽い。大がかりな装置を使わず、まるで印刷するように製造できる。このため、自動車ボディの表面やビルの壁面、衣服などに装着して発電することも夢物語ではない。

 「印刷するように」と聞いてピンときた人もいるかもしれない。実は、このペロブスカイト太陽電池こそ、宮坂氏やJAXA、リコーなどが参画する共同研究テーマなのである。コピー機やプリンターの技術を応用しながら、軽くて安価な次世代太陽電池の「本命」を開発しているのである。

 なぜJAXAはペロブスカイトに注目したのか。特別公開会場で宮澤優・研究開発員に話を聞いた。


20181031_03.jpg宮澤 優氏(みやざわ・ ゆう)
 研究開発部門 第一研究ユニット 宇宙科学研究所 観測ロケット実験グループ 研究開発員。
 2012年JAXA就職。科学衛星の電源系開発、観測ロケット、太陽電池の研究に携わる。



 ―ペロブスカイト太陽電池の魅力は何ですか。

 まず、これまで人工衛星に搭載されてきた太陽電池に比べて、簡単にしかも低コストで製造できます。その上、数百ナノメートルのペロブスカイト結晶で光を吸収できるため、薄くできるのです。

 薄膜化による軽量化は、打ち上げコストの削減に直結するのです。宇宙空間で強い放射線を浴びても劣化が少ないことや、光量が少ない環境で発電できることも大きなメリットです。光エネルギーを電気エネルギーに変換する効率の高さも魅力になります。

 例えば、太陽から遠く離れた惑星まで飛んでいく人工衛星は、わずかな光で必要な電力を確保しなければなりません。米国の人工衛星では原子力を使うケースもありましたが、日本では現実的ではありません。ペロブスカイト太陽電池のように、軽くて安く、放射線にも強い太陽電池の実現が望まれているのです。

 ―なぜリコーと共同研究したのですか。

 今、宇宙開発の流れには変化の胎動があります。従来、宇宙で使う機材には、専用部品を用いるのが一般的でした。コストがかかっても、信頼性を優先したからです。こうして開発された先端技術が民生品に転用されることもありました。

 ところが近年、それとは逆方向の流れが起きつつあります。民間企業が既に実用化済みの技術を宇宙開発に転用し、コストダウンやイノベーションを図ろうという動きです。その実現のために、JAXAは「宇宙探査イノベーションハブ」を立ち上げました。リコーにはこの事業に参加していただいているのです。

 リコーはペロブスカイト太陽電池に関して、ノーベル賞候補の宮坂氏と共同研究するなど強い繋がりがあり、大きな期待を寄せています。ペロブスカイト太陽電池のルーツである「色素増感太陽電池(DSSC)」を実用化レベルまでに引き上げた実績を持つ企業は、リコーを含めて数社しかありません。このような高い技術力・商品開発力のあるリコーと共同研究させていただこうと考えました。

20181031_04.JPGJAXA相模原キャンパス特別公開での「宇宙探査イノベーショハブ」パネル展示

 ―「宇宙探査イノベーションハブ」について教えてください。

 事業化や革新的技術の創出が期待できる課題について、企業・大学などと共同で取り組んでいます。宇宙業界と関連の無かった民間企業の技術を積極的に採り入れて技術開発を行うことにより、地上でのイノベーションを図り、研究成果を将来の宇宙探査に応用することを目的にしています。

 今、技術情報を提供してくれる民間企業を募っています。寄せられた技術情報を基に着手すべき研究テーマを絞り込み、共同研究への参加者を募集するという流れです。

 ―なぜ宮澤さんはJAXAを志したのですか?

 高校の修学旅行で筑波宇宙センターを見学しました。その時、宇宙に出発する前の国際宇宙ステーション(ISS)のフライト品がセンター内にあったのです。そのカッコよさが胸に突き刺さり、いつの間にか宇宙の道に進んでいました。

20181031_05.jpgJAXA相模原キャンパス正門

(写真)筆者

野﨑 佳宏

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※この記事は、2018年9月28日発行のHeadLineに掲載されました。

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