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木から作る夢の素材「セルロースナノファイバー」

= 強度は鋼鉄の5倍、紙オムツからタイヤまで =

2016年12月14日

最先端技術

研究員
飛田 真一

 太さが髪の毛の2万分の1以下なのに、引っ張り強度は鋼鉄の5倍に達する―。こんな夢のような材料をスギなどの樹木から作ることができる。それがセルロースナノファイバー(植物由来のナノ繊維=CNF)である。炭素繊維と異なり、石油などの化石燃料は必要ない。既にボールペンのインクや紙オムツの消臭剤などに使われ始めている。近い将来、自動車のタイヤなどにも幅広く利用されるとみられ、2030年には国内市場だけで1兆円規模に膨らむと予測されている。

 ナノは100万分の1を意味する。紙の原料となり、スギなどから製造するパルプを数千分の一に解きほぐし、CNFを作る。

 1980年、東大農学部の一人の学生が「セルロースは紙の原料となる以外に、潜在能力を秘めているのではないか」と直感した。以来40年近くもセルロース一筋で研究を続けている。現在、東京大学大学院で農学生命科学研究科の教授を務める磯貝明教授である。

98%磯貝明先生_v2.jpg磯貝氏略歴.jpg                                (写真) 筆者                               

 磯貝教授は常温常圧でしかも人体や環境に有毒な有機溶剤を使わず、研究に没頭した。そして2006年、安価で容易にCNFを化学的に作る方法を発見した。それによって1キロ当たり約2000円もしていたCNFの原料コストは、一気に数百円にまで削減可能になった。この成果は国内外から称賛を集め、2015年9月にスウェーデンのマルクス・ヴァーレンベリ賞、2016年11月には国内の本田賞をそれぞれ受賞した。

マルクス・ヴァーレンベリ賞(BOX).jpg

 今回、CNF研究の世界的第一人者である、磯貝教授にその特徴や将来の可能性などを聞いた。前述したように、教授が画期的な製法を発見した化学解繊CNFは強度が高くて透明である。そのほかにも、①ゴムに混ざりやすい②油性ペンキの素になる塗材が混ざる③水に混ざるとゼリー状になる④消臭―などの特徴がある。

 化学解繊CNFはゴムに混ざりやすいため、自動車のタイヤへの応用が検討されている。現行の標準的なタイヤの素材はゴムが半分近く、約4分の1をカーボンブラック(炭素主体の微粒子)がそれぞれ占める。このため、カーボンブラックによってタイヤの強度が高まる半面、タイヤの色は真っ黒になってしまう。

 磯貝教授によると、このカーボンブラックの代わりに化学解繊CNFを使っても、同等の強度を実現できるという。しかも透明だから着色が容易になり、実用化されれば自動車のボディなどに合わせてタイヤの色を選ぶ楽しみが増える。また、カーボンブラックは石油や天然ガスなどを不完全燃焼させて作る。その際に二酸化炭素(CO2)を大量に排出するが、化学解繊CNFならば大幅に削減できる。

 建物の内壁や外壁などに使う油性ペンキの素になる塗材は水に混ざりにくいため、有機溶剤に混ぜてある。だから、独特の刺激臭が発生してしまう。一方、化学解繊CNFで水溶液を作ると、塗材も混ざるため、塗料として使うことができる。有機溶剤がもたらす刺激臭が無く、人体への負担も軽くなる。

 既に化学解繊CNFはボールペンのインクに混ぜて利用されている。書いている時にペン先を滑りやすくさせた後、すぐに固化するため、インクが詰まったり薄くなったりしなくなるという。

 また、ソフトクリームに混ぜると、外気温が上昇してもソフトクリームの形は崩れないという。化学解繊CNFが水に混ざるとゼリー状になり、ソフトクリームの強度を高めるからだ。さらに化学解繊CNFは臭いの成分を吸着するため、消臭機能にも優れており、紙オムツの素材として使われ始めている。

 磯貝教授の尽力によって、化学解繊CNFの基礎研究は日本が先行してきた。製品化においても世界をリードできるよう、関係者の期待が高まる。こうした中、経済産業省が主導してナノセルロースフォーラムが設立された。大学、企業、官公庁など200以上の団体が連携し、「オールジャパン」で情報共有の強化などに取り組んでいる。

 磯貝教授は同フォーラムの副会長を務める。「私の役割は化学解繊CNFの『水に混ざる』といった性質のメカニズムを科学的に解明することです。それがボールペンや紙オムツへの応用をもたらすとは驚きでした。大学と企業が力を発揮できる役割をそれぞれ担いながら、協業していきたい」と意気込んでいる。

飛田 真一

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