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1000分の1ミリの気泡が秘める可能性

= 「ファインバブル」がもたらす洗浄効果 =

2016年10月06日

最先端技術

研究員
木下 紗江

 「気泡(バブル)」と聞いて、何が思い浮かぶだろうか? 「空気を含んだ丸いもの」というイメージからは、シャボン玉、コーラの炭酸、ジャグジー、風船ガム...。「弾けて消えてしまうもの」なら、急ピッチで上昇を続ける局面の株価かもしれない。

 広辞苑(岩波書店)によると、気泡は「液体または固体中にあって気体を含む微小部分」と定義される。でも何だかよく分からない。そこで気泡に詳しい、国立研究開発法人・産業技術総合研究所の綾信博・上席イノベーションコーディネータを取材した。

P14.産技研綾氏_500.jpg産業技術総合研究所の綾信博・上席イノベーションコーディネータ

(写真) 筆者 RICOH GR 使用


約120年前に始まった気泡の研究

 綾氏によると、気泡の研究は約120年前にさかのぼるという。当時、船の推進装置が水車からスクリューに代わり、海上交通の高速化が始まっていた。

 その一方で、スクリューの回転時に発生する泡が原因で、①船が思うように進まない②スクリューや舵が損傷する③大きな音が発生する―といった様々な問題も起こっていた。そこで、船をもっと速く静かに進めることを目的として、19世紀終わりから英国で気泡の研究が始まったという。

 日本では1990年代に入り、気泡の研究が本格化した。金魚鉢で使う酸素ポンプを見ると分かるように、気泡にはより細かいものが水に溶けやすいという特性があり、これに着目した「微細な気泡」の研究が盛んになった。

研究が進んでいくと、「微細な気泡」を活用することによって、①赤潮(※)が発生した際に、養殖している貝類を保護する②洗浄効果が高く、人間の肌にも適用できる―といった効果が現れることが分かった。

日常生活に関連する製品でも、ジャグジーやジェットバスに「微細な気泡」が応用されるようになった。しかし、「効果を売り物にするが、本当のところは科学的な裏付けがない。あるいは、いい加減な説に頼る"怪しい水"という感覚を持たれてしまった」(綾氏)という。

※赤潮とは
 プランクトンの異常な増殖に伴い、海や河川の色が赤やオレンジに変わってしまう現象。水中の酸素濃度が急激に低下するため、魚介類が死滅してしまうケースもあり、漁業関係者には深刻な打撃となる。


スギ花粉より小さい「ウルトラファインバブル」

 そこで機械・電機メーカーなどが立ち上がり、2012年に一般社団法人ファインバブル産業会(FBIA)を設立した。綾氏の所属する産総研や大学も加わって、「微細な気泡」を産業技術として育成しようと努めている。FBIAの笠井浩専務理事に取材し、現状を聞いた。

現在、FBIAでは「微細な気泡」のサイズと名称の国際標準化を目指しているという。各国間で合意されつつある案では、気泡の直径が100μm(1000分の1ミリ)以下を「ファインバブル」と呼ぶ。このうち、1μm超を「マイクロバブル」、1μm以下を「ウルトラファインバブル」と分類するのだそうだ。つまり、ファインバブルのうち最も大きなものでも、髪の毛の太さぐらい。ウルトラファインバブルは、スギ花粉よりもはるかに小さくなる。


ファインバブルの定義

201610_バブル_1.jpg(出所) 一般社団法人ファインバブル産業会資料などを基に筆者作成



 ところで、インターネット上では「微細な気泡」入りと宣伝された水が販売されている。しかし、専門家が実際に計測してみると、「微細な気泡」を全く確認できない例が相当あったという。こうしたことから、FBIAは「微細な気泡」の国際標準化を急ぎ、健全なマーケットを創造しようと努めているわけだ。

ファインバブルが入っているのはどっち?

 人間の目には見えないほど微細なファインバブル。それが水に入っているか否かを、どうやって区分するのだろうか。

 ここに透明な水が入った二つのボトルがある。向かって右側から、緑色のレーザー光を照射している。



P15.ファインバブルレーザー_500.jpg(提供) 一般社団法人ファインバブル産業会

 右のボトルの水の中では、緑色のレーザー光が一直線に伸びている。これに対し、左のボトルの中には映っていない。

 その理由は、右のボトルにはファインバブルが入っているからだ。「水中に含まれた微細な気泡にレーザー光が反射し、水中に光の筋が見えるのだ」(笠井氏)という。 


「微細な気泡」の粒径(イメージ図)

201610_バブル_2.jpg

 ただ以前は、反射する物質が気泡なのか、それともただのゴミなのか分からなかったそうだ。しかし、計測技術の向上とともに、これこそがファインバブルだと判明したという。その結果、今では泡の数を増やす方法も確立され、水1ccの中に1000億個もの気泡を作ることができる。こうした濃いファインバブル水は、洗浄効果が非常に高いという。


ファインバブルの不思議な特性

 近年の研究によると、通常の気泡とファインバブル(マイクロバブル+ウルトラファインバブル)を比べると、その特性が全く異なるという。

 通常の気泡は、水中から水面へ浮かび上がった後、すぐに弾けて消える。これに対してマイクロバブルは、浮かび上がる前に小さくなり、水中で消える。ウルトラファインバブルは、水中に安定的に存在するため、洗浄効果が強力になる。このウルトラファインバブルの特性は、高速道路のサービスエリアでトイレや床の洗浄に活用され、大きな効果を上げているという。


ファインバブルの特性

201610_バブル_3.jpg(出所) 一般社団法人ファインバブル産業会資料などを基に筆者作成



 こうしたファインバブルの特性に対し、産業界は熱い視線を送り、応用商品が相次いで登場している。例えばある電機メーカーは、浴槽の排水溝をファインバブル入りの水で自動洗浄する商品を開発・販売している。洗剤を使わないため、地球や人体に優しくできる。手術用メスの洗浄にも応用されており、殺菌薬を使わずに済むという。

 洗浄分野以外では、チョウザメの卵で高級食材のキャビアの生産において、ファインバブルが注目を集めている。理由は定かではないが、チョウザメをファインバブル入り水槽で養殖すると、大きく育つ。このため、キャビアの収獲量を増やすことができるという。ファインバブルの可能性は、業種の垣根を越えて潜んでいるようだ。

 目を凝らしても、決して見えない小さな泡。それなのに、想像を絶する大きな力を秘める。ファインバブルとうまく付きあうことができれば、人類の未来はより豊かに、より安全になるかもしれない。ファイバブルと出会ってから、私の夢は大きく膨らむばかりだ。

201610_バブル_4.jpg

木下 紗江

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※この記事は、2016年10月1日に発行されたHeadlineに掲載されたものを、個別に記事として掲載しています。

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