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新聞を知らない子どもたち...

=ニュースパーク(日本新聞博物館)を訪ねて=

2021年01月07日

社会・生活

副所長
中野 哲也

 1871年、国内初の日刊新聞「横浜毎日新聞」が誕生した。以来150年間、日本の新聞業界は優秀な戸別配達制度の下で部数を飛躍的に拡大し、言論のリーダーとなり巨大産業に発展した。だが、インターネット時代の本格化とともに、近年は「新聞離れ」が加速し、発行部数の減少に歯止めが掛からない。岐路に立つ新聞は使命を終えてしまうのか...。「いや、そんなことはないし、そうなってはならない」と考えながら、日刊新聞発祥の地・横浜で日本新聞協会が運営するニュースパーク(日本新聞博物館)へ足を運んだ。 

写真.jpg国内初の日刊新聞「横浜毎日新聞」(復刻版)

2000年以降、発行部数3割減の新聞業界

 日本新聞協会によると、新聞の発行部数は2000年の5370万部から、2019年には3781万部まで落ち込んだ。19年間で1589万部が消え、29.6%も減少した計算になる。この間、1世帯当たり部数も1.13から0.66に減り、電車内や職場で紙の新聞を広げて読む人の姿が激減した。

写真.jpg

ニュースパーク(日本新聞博物館)が入居する横浜情報文化センター
写真は旧館(旧横浜商工奨励館)

 それに代わり、老若男女はスマートフォンの小さな画面を食い入るように凝視しながら、ネットから情報を取る。つまり市民は新聞から離れたが、それは必ずしも活字離れを意味しない。言論のリーダーを自任してきた新聞業界は忸怩(じくじ)たる思いに違いない。

新聞の発行部数と1世帯当たり部数

図表.jpg(出所)日本新聞協会

 当然、新聞各社の経営は厳しくなった。企業などが新聞に出す新聞広告費は2000年の1兆2474億円から、2019年には4547億円と63.5%も減少した。インターネット全盛時代、広告主の新聞離れは読者より深刻なのだ。新聞業界の総売上高は、日本新聞協会の統計でさかのぼれる2004年度の2兆3797億円から、2019年度には30.6%減の1兆6526億円まで落ち込んだ。

 このように新聞業界は危機に陥っているが、実は相当以前からこうした状況は予測されていた。例えば、歌川令三氏(元毎日新聞社取締役編集局長)は「新聞がなくなる日」(草思社)を刊行した2005年時点で、新聞業界について「201X年、日本の旧いビジネスモデルは死滅」「『紙』新聞のなくなる日、それは2030年だ」などと警告を発していた。

 戸別配達制度を武器に部数を拡大した新聞業界は、その成功体験があまりにも大きかったが故に、抜本的な改革を先送りしてきたように思う。新聞に限らず、日本企業にはよく見られる病弊である。祖業のビジネスモデルが聖域となり、メスを入れられない。だが、やがて時代の波に呑み込まれる時には手遅れになる。

 米欧でも新聞業界は厳しい状況にあり、紙媒体から電子版への移行に活路を見いだそうとしている。新型コロナウイルスの感染が拡大する中、米紙ニューヨーク・タイムズは2020年7~9月期の電子版購読者数が606万人に達し、電子版のみの購読収入が紙媒体を初めて超えた。広告収入は落ち込んだが、営業利益は前年同期比28%増の大幅増益を確保した。

 それに比べると、日本の新聞業界は戸別配達制度が新聞の高普及率を実現したこともあり、一部新聞社を除くと電子版の収益化が遅れている。

来館者年4.5万人の半数が小中学生

 こうした中、2000年に開館した日本新聞博物館は昨年、20周年を迎えた。2016年にリニューアルに踏み切り、学校団体の利用を意識して教育連携をより重視し、現代の情報社会について学べる展示を中心に再構成。2019年には歴史展示を拡充し、「現代と歴史の両面で確かな情報を見極める力の大切さと新聞の役割を伝える」という、国内では類を見ないユニークな施設である。年間来館者数約4.5万人(2019年度実績)のうち、およそ半数を小中学生の団体利用が占める。

写真.jpg博物館のシンボルは巨大輪転機

 今回、2017年10月から館長を務める尾高泉さんにインタビューに応じていただいた。どうやら現代っ子にとって、新聞は縁遠いというより未知の存在のようだ。「新聞博物館で新聞を初めて見た」という子どもが大半であり、尾高さんは「わたしたちが博物館でパピルス(=古代エジプトで使用された植物由来の筆記媒体、英単語「paper」の語源)を見るようなものです」と苦笑する。 

写真.jpgニュースパーク(新聞博物館)の館長の尾高泉さん

写真.jpg全国の日刊紙135紙(1週間分)を閲覧可能

 新聞業界は毎日、新聞を制作している。だが、小学生は「新聞は何日かけて作るの?」といった質問を投げ掛けてくるという。新聞が毎日出ているという事実を知らないからだ。また、「記事の材料はどこにあるの?」と尋ねる子どももいる。ネットで検索すればネタが出てくると思い込んでおり、記者が汗を流してネタを集める「取材」という行為を想像できないらしい。

 だが、子どもに罪はない。家庭で紙の新聞を購読しなくなり、新聞のない環境で成長する子どもが大半だからだ。情報とはスマホで簡単に手に入るものであり、また引率する若い先生の多くも新聞を読んでいないという。

 ただし、「小4・国語」や「小5・社会(くらしを支える情報産業)」には新聞を学ぶ単元があり、新聞博物館は来館する子どもに「パソコンで新聞づくり」など3つの参加体験型プログラムを提供する。また、タブレット端末を活用した「取材体験ゲーム」なども用意するなど、NIE(Newspaper in Education=教育に新聞を)活動を積極的に展開している。

写真.jpgパソコンで新聞づくり体験も

 子どもに新聞への関心を持たせるためには、まず先生に授業で新聞を使ってもらう必要がある。そこで新聞博物館は小学校・中学校・高校の授業で使える新聞記事・図書資料のセットと活用プランを作り、「新聞博物館(新博)キット」として貸し出しを始めた(無料、送料は利用者負担)。同館は「防災教育」や「地域調べ」といったテーマごとにキットを順次作成。ホームページには同キットのテーマ一覧をアップする。

 新聞博物館は社会の変化に合わせ、機動的な対応もとる。新型ウイルスの感染拡大に伴い、同館は2020年2月末から3カ月間休館を余儀なくされた。尾高さんは「2020年度の入館者数はどこまで落ち込むのか...」と途方に暮れた。

 だが、タダでは起き上がらない。尾高さんは「情報化社会でいかにして確かな眼を持つかを訴えてきた博物館なのだから、「コロナ禍と情報社会の関係をとり上げない手はない」と決断。再開後の7月18日~9月27日、感染対策を徹底した上で緊急企画展「新型コロナと情報とわたしたち」を開催した。

 コロナ禍では真偽ないまぜの情報が、瞬時に大量にSNSによって拡散された。インフォデミック(Infodemic=Information+Epidemic)と呼ばれる現象である。だから緊急企画展では足元の新聞報道のほか、過去にスペイン風邪やコレラなどの感染が拡大した際の紙面も紹介しながら、「情報を見極める力の大切さ」を改めて訴えた。大きな反響を呼び、来館者数は3割程度まで回復したという。

図表緊急企画展のチラシ
(提供)ニュースパーク(日本新聞博物館)

SNS全盛で「情報偏食」が続くと... 

 尾高さんが危惧するのは、情報を主体的に取りにいかなくなる社会的な傾向だという。例えば、ポータルサイトにキーワード登録したり、SNSのフォロワーになったりなどで済ませる人が増えているのだ。

 実際、「情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査報告書」(総務省情報通信政策研究所、2020年9月発表)によると、利用しているテキスト系ニュースサービスでは、全年代のトップがYahoo!ニュースなどの「ポータルサイト」で67.1%に上る。

 以下、「紙の新聞」(49.2%)、LINE NEWSなどの「ソーシャルメディア」(44.1%)、NewsPicksなどの「キュレーションサービス」(16.9%)が続く。ところが、10代ではソーシャルメディアが62.0%で他を圧倒するのだ。

 SNS全盛時代を迎え、「自分の好きな、あるいは快いと感じる情報さえあればよい」と考える風潮が強まっている。しかし、それで市民として必要な教養が身に付き、健全な判断力が養われるのだろうか。

利用しているテキスト系ニュースサービス

図表.jpg(出所)「情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査報告書」
(総務省情報通信政策研究所)

 食生活では好きなものばかり食していると、栄養バランスが崩れて心身に変調を来たしかねない。情報入手においても偏食を続けていたら、やがて社会は健全性を維持できなくなるのではないか。米国に象徴される社会の分断化も、「情報偏食」が助長している側面があるように思う。

 この問題について尋ねると、尾高さんは「セレンディピティー(Serendipity =未知のものとの偶然の出会い)」という新聞の特長の1つを挙げて説明してくれた。「その日の1本の新聞記事がすぐに役立つわけではありません。でも読み続けていけば社会の文脈が分かり、頭の中に引き出しが増えて何かの時に役に立ちます」―

 逆にSNSで情報偏食を続けていると、「自分好みの情報とその関係者とだけ付き合うようになれば、未知のものに出会う機会はほとんどなくなります。議論のベースが共有できないと、教育界が求める対話の力も持てません」と尾高さんは警鐘を鳴らす。

 新聞博物館の展示を見て歩くと、新聞業界先人の良心と労苦に感銘を受ける。時に権力と戦いながら、血と汗と涙で新聞を作り、言論の自由を守ってきた。その結果、戦後75年余、日本は戦争を起こさない国として国際社会からリスペクトを受けてきた。150年で終わらせてよい産業ではない。しかも昨今、この国の権力の監視や言論の自由には危うさが増すばかりだ。

 通信社で記者として育ててもらった筆者は、新聞業界がセレンディピティーという最大の特長を再認識した上で、危機を脱してもらいたいと心から願う。そして新聞博物館は未来を担う子どもにその大切さを教えてくれる「場」として、今後ますます重要な役割を担うと確信する。

 「新聞のない政府と政府のない新聞、いずれかを選択しろと問われれば、わたしは躊躇(ちゅうちょ)せず後者を望むだろう」(第3代米大統領トマス・ジェファーソン)

写真.jpg写真.jpg

所蔵する資料は約20万点

(写真)筆者 RICOH GR Ⅲ

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※この記事は、2021年1月5日発行のHeadLineに掲載されました。

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