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「BONSAI」に魅せられたポーランド人

=「春花園美術館」取材記=

2020年01月14日

社会・生活

HeadLine 副編集長
竹内 典子

 江戸川を挟んで千葉県と接する東京都江戸川区。都心から電車とバスを乗り継いで小一時間かかる住宅街の一角に、世界各地から観光客が押し寄せる人気スポットを見つけた。この「春花園BONSAI美術館」は盆栽をテーマにした庭園美術館。盆栽の展示だけでなく、外国人向けに数カ国語で解説したり、体験教室を開いたりなど、日本が誇る伝統文化の伝道窓口になっているのだ。

 園主を務めるのが、日本を代表する盆栽作家の小林國雄さん(71)。盆栽品評会の最高峰とされる「日本盆栽作風展」で内閣総理大臣賞を4回も受賞した名人である。「盆栽を世界により深く広めていきたい」と私財を投じてこの美術館を建設し、2002年にオープン。折よく海外で「BONSAI」ブームが盛り上がり、SNSを通じたクチコミ効果も手伝い、今や年間約3万人の来館者のうち8割を外国人観光客が占める。約800坪の敷地には日本庭園と数寄屋造りの家屋が配置され、1000鉢を超える盆栽が整然と並ぶ。中には1億円の値が付く盆栽もあるという。

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1000鉢の盆栽が並ぶ庭園

 「盆栽を世界に」という小林さんの願いは、弟子の育成法にも表れている。美術館のすぐそばに寮を用意し、盆栽を学びたいという外国人を世界各地から受け入れる。寝食を共にしながら徹底的に教え込む。相撲部屋さながらのやり方を貫いているのは、単に技術だけでなく、盆栽への気配り・目配り・心配りの精神を一から学んでもらうためだ。

 ここで学んだ「卒業生」は既に世界30カ国100人を超える。今回は、来日1年半で修行中のラファエル・クリムチェフスキさん(41)に話を聴いた。ラファエルさんはポーランド出身。盆栽の存在を初めて知ったのは、子どもの頃に見た米映画「ベスト・キッド」だった。空手の師匠が小さな木をいじるシーンを見て、衝撃を受けたという。幼い頃から祖父のチューリップ畑を進んで手伝うほど土いじりが大好きだったため、瞬く間に東洋の盆栽技術に魅せられたのだ。

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 そして転機が訪れる。母国でドライブ中に「盆栽ショップ」の広告看板を見つけ、「盆栽に関わりたい」という衝動に駆られて即採用してもらったのだ。こうしてポーランドで盆栽のアシスタントを始めて10年が経過。現地で盆栽のワークショップを開いた小林さんと出会い、この芸術の奥深さを思い知った。その後、来日を果たして春花園を訪れ、弟子入りを志願。ラファエルさんは「毎日、親方(=小林さん)や弟子仲間と一緒にご飯を食べて仕事をしながら、盆栽に集中できる環境が幸せです」という。

 もちろん修行は楽ではない。午前6時、ラファエルさんの一日は掃除から始まる。応接部屋の床掃除やモップ掛けを終えた後、午前10時の開館まで庭園の状態を入念にチェック。開館後、盆栽の手入れで最も重要な「水やり」に取り掛かる。弟子が3人一組で1回1時間ぐらい、約1000鉢の盆栽すべてに水を与えるのだ。夏の暑い盛りには1日2回必要になり、かなりの重労働だ。天候や盆栽の種類に応じて水の量を微妙に加減しながら、慎重かつ素早く行う。常に細心の注意が求められる。

 水をやりながら、一つひとつの鉢と向き合い、盆栽と「会話」をしているのだ。水は足りているか、病気になっていないか...。「盆栽と相対する時間はいつも真剣勝負です」―。ラファエルさんの表情が引き締まった。

 来館者への説明も、弟子の大切な仕事だ。外国人観光客に対してラファエルさんは英語やロシア語、ポーランド語で対応するほか、勉強中の日本語や中国語を駆使することもある。「お客様との会話はとても楽しく、リラックスできるひとときです」―。最近は盆栽に詳しい来館者も増えており、常に勉強が欠かせないと感じているという。

 将来の夢をラファエルさんに尋ねてみたところ、「ポーランドはまだまだ発展途上で物質的な豊かさを追い求めています。だから将来は母国に戻って盆栽に関わる仕事を通じて、子どもたちに精神的な豊かさを伝えていきたい」と目を輝かせて答えてくれた。

 盆栽体験教室に参加してみると...

 館内では初心者向け盆栽体験教室も開かれている。取材当日、米国からの観光客2人と一緒に参加させてもらった。

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 まず、用意されたのは高さ約50センチの松の鉢。最初のステップは①木の正面を決めることだという。どの角度なら植物が大きく見えるのか、迫力を感じるのか、奥行きを感じられるのか―といった観点から、鉢を回しながらじっくり観察する。根の張り方や幹の動き、枝の付き具合を見極め、木の「個性」を発見する。筆者は松の幹が右側に曲がる角度を見つけ、それを正面にした。

 続いて、②枝に針金を巻き付けていくよう指導を受ける。太い枝には太い針金、細い枝には細い針金を使う。枝に対して斜め45度で、すき間のないように巻き付ける。これがなかなか難しい。先生が筆者の指に針金を巻いて見本を示してくれたが、同じようにはできない。きつく巻き過ぎると、水が吸い上げられなくなるのでとりわけ注意が必要だという。

 最後に、③全体の形を整えるよう教えられる。そのためには、どんな風景の中でこの盆栽が生えているかをイメージし、枝の向きを変えていく。針金を枝先まで巻いているので、枝のどこに力を加えても自在に曲げられる。とはいえ、イメージした風景との調和が大切だから、不自然な動きは避けなくてはならない。

 筆者は今回、真冬の森で根を下ろしている松をイメージした。雪の重みで枝が垂れ下がっても、どっしりとした姿勢を崩さない松の生命力を表現してみる。枝を折らないよう指先に集中していると、あっという間に1時間が過ぎていた。

 こうして完成した人生初の盆栽。体験教室では、①まず木の「個性」を見極める②全体の中で幹・枝の大きさや動きをバランスよく「調和」させる③美しく仕上げるのはもちろんだが、やり過ぎることなく「品位」を大切にする―という3つのポイントを習った。ただし、「絶対」の正解はない。まずは自分の感性の赴くまま、トライしてみるとよいそうだ。

 盆栽の哲学は「形小相大(けいしょうそうだい)」に集約されるという。大きなものの本質を捉え、小さな形にするという意味である。小林さんは「線と空間の使い方が大事」と強調した上で、「これからは木の持っている生きざま、命の尊厳を表現していきたい」と、キャリア40年超にしてなお高い目標を掲げ続ける。

(写真)筆者 RICOH GRIII


■春花園BONSAI美術館
http://kunio-kobayashi.com
東京都江戸川区新堀1-29-16
営業時間:10~17時/定休日:月曜(祝日は開館)
入館料:800円(お茶付き)
盆栽体験教室:5000円(入館料込)

竹内 典子

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※この記事は、2020年1月1日発行のHeadLineに掲載されました。

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