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成熟する米国のシェアリングエコノミー

=「ライド」と「民泊」で分かれた明暗=

2019年10月16日

社会・生活

研究員
倉浪 弘樹

 近年、日本でもシェアリングエコノミーが話題に上ることが増えた。その背景には、ようやく政府が普及に向けて対策を本格化したことがある。2017年、内閣官房に「シェアリングエコノミー促進室」を設置して情報提供を開始。それ以降、シェアリングエコノミーは3年連続で成長戦略の「重点施策」に位置付けられており、今後の市場拡大に期待が寄せられている。

 一方、米国ではシェアリングエコノミーが既に成熟期を迎えた感がある。そのサービスは多くの人々にとって、今や当たり前の存在である。例えばニューヨークの空港では、タクシー乗り場以外にも、ライドシェアサービス専用の乗り場が別に設けられている。こうした状況は他の空港でも同じだ。シェアリングエコノミーの拡大に合わせ、米国社会が柔軟に対応してきた一つの証左である。

20191016_1.jpgライドシェア専用乗り場
(ニューヨーク・ラガーディア空港)

 また、民泊サービスも普及が進み、今や全米の都市で利用可能だ。例えば、Airbnb(エアビーアンドビー)のサイトから民泊を検索すると、一般的なホテルと同じかそれ以上の件数がヒットする。一時騒がれた民泊提供者の税金未納問題にも対応。サービス料には「宿泊税」を加算、Airbnbが宿泊客から直接徴収する仕組みにした。社会に受け入れられるような環境整備を急ピッチで進めている。

 他方で、この代表的な二つのサービスは、ビジネスの持続可能性という観点からは明暗が分かれている。そこで今回は両者を比較しながら、シェアリングエコノミーの今後を展望したい。

「レーティング」で信頼関係を構築

  「のど乾いてない? そのミネラルウォーターは自由に飲んでいいよ」―。ライドシェアサービスを利用した筆者に、ドライバーが話しかけてきた。ペットボトルを常備し、乗客に提供しているという。ほかにも、おすすめのレストランや街の危険な場所を教えてくれるなど、競い合うように顧客サービスの向上に励むドライバーが多いのに驚く。

 これを促しているのが、シェアリングエコノミーの仕組みだ。ウーバー・テクノロジーズなどの「プラットフォーム」を提供する企業は、全く接点が無い個人同士を「マッチング」させ、取引を可能にする。その取引に不可欠な信頼関係を構築するために、「レーティング」を使っている。

シェアリングエコノミーの仕組み
20191016_2.jpg(出所)筆者

 すなわち、サービス取引後に提供者と消費者が互いに評価し合い、それぞれの信頼度を数字で可視化。提供者側にとっては、良い評価を得ることが次のビジネスにつながるというわけだ。消費者側も低い評価が続けば、利用を断られるなどサービスを使いにくくなる。このためお互いにマナーを良くしようというインセンティブが働く。

 こうしたマッチングとレーティングの機能により、提供できるモノやスキルさえ持っていれば、だれでも消費者と取引できるようになった。その結果、多くの一般人がサービス提供者として市場に殺到。この仕組みの確立が、シェアリングエコノミーが急速に普及した理由の一つである。

正念場を迎えたライドシェアサービス

 だが、サービス提供者の急増は、特にライドシェアサービスにおいて、別の問題を生み出した。サービス料金の急速な下落だ。2018年の米JPモルガン・チェースの調査「The Online Platform Economy in 2018」によれば、ライドシェアサービスはドライバー数の増加による過当競争で料金が落ち込み、ドライバーの平均月収が下落傾向にあるという。実際、2017年には783ドルと2013年(1469ドル)に比べて半減した。

 その原因は、単にドライバー間の競争だけでなく、プラットフォーム企業間の競争が激化したことも指摘される。ウーバーとそのライバル企業であるリフトの両社では、乗客囲い込みのための割引が常態化。これが収益を圧迫し、ドライバーの収入減も招いた。皮肉なことに、多くのドライバーは両社に登録し、日によって利用するアプリを変える。結果的に両社とも、ドライバーと乗客双方の囲い込みができていない状況だ。

 実入りが減ったドライバーからは、プラットフォーム企業に対する批判が強まった。例えば、ウーバーのドライバーたちは2013年以降、米国各地で同社を相手取り、従業員に準じる労働手当の支給などを求めて提訴を起こしている。一連の騒動を受けてニューヨーク市は2018年、プラットフォーム企業にドライバーへの最低賃金の保証を義務付けた。さらに2019年9月にはカリフォルニア州で、プラットフォーム企業にドライバーを従業員として扱うことを義務付ける州法が可決された。こうした動きは企業にとっては、コスト増になるのは間違いない。だからといって料金に転嫁すれば、消費者離れを招く可能性もある。

市場の「厚み」が増す民泊サービス

 ライドシェアサービスが正念場を迎える半面、民泊サービスはこうした問題とは縁遠い。前述の調査によれば、住宅や駐車場のシェアサービス提供者の平均月収は、2013年の1030ドルから2017年には1736ドルへと7割も増加した。

 その理由として考えられるのが、民泊サービスを取り巻く市場の「厚み」だ。例えば、宿泊施設の清掃や予約システムなど運営面での関連サービスを提供したり、行政手続きを代行したりする独立業者が続々と誕生し、民泊提供者がその中から自由に選択できるようになった。その競争によって民泊サービスの質の向上が促され、値崩れに歯止めが掛かるという好循環が起きている。

 筆者も何回かAirbnbを利用したが、ホテル並みにベッドメイクされている清潔な部屋に驚かされた。宿泊料金はホテルより安いものの、安過ぎるわけではない。絶妙な価格設定の秘密は、最適価格を弾き出す専門業者が存在するためだという。

 Airbnbは民泊提供者の囲い込みにも余念がない。専用サイトによる情報交換や公式ミーティングの開催などを通じ、民泊提供者同士で集客やサービス提供のノウハウを共有できるようにした。民泊提供者にメリットを感じてもらうことで、Airbnbへのロイヤリティー(忠誠心)を高めるとともに、Airbnb自体の価値も高める狙いがあるようだ。

生き残るプラットフォーム企業は「三方良し」 

 明暗が分かれたライドシェアサービスと民泊サービスだが、前者も巻き返しに出た。相乗効果が期待できそうな「隣接」するサービスを飲み込み、事業領域の拡大に動いているのだ。例えば、自転車シェアサービス。2018年にウーバーはJUMPを、リフトはMotivateを買収し、それぞれアプリを連携した。消費者がアプリ一つで自転車もクルマも検討可能にしたのだ。

 また、ドライバー向けサービスを提供する独立業者も生まれ始めた。例えば、車内に設置する菓子箱をドライバーに提供するCargo。ドライバーは菓子類やスマートフォン充電器などの小物類を乗客に販売し、その実績に応じて手数料を受け取る。乗客の利便性も高まる。こうした付加価値向上を支援するサービスが増えれば、ライドシェアサービスにも明るい展望が開けるかもしれない。

 シェアリングエコノミーでは、サービス提供者と消費者の双方に気を配り、近江商人のいう「三方良し」を実践するプラットフォーム企業が生き残る。その近江商人を生んだ日本で、どのようなプラットフォーム企業が生まれるのか。今後の動向に注目したい。

20191016_3.jpgワシントン・スクエア公園(ニューヨーク市)
(写真)筆者

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倉浪 弘樹

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※この記事は、2019年9月30日発行のHeadLineに掲載されました。

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