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香りを通して日本文化を知りたくなる

=和の三大芸道、香道の世界を体験=

2019年03月13日

社会・生活

HeadLine副編集長
竹内 典子

 昨年末に金沢へ旅行するという知人から、雪景色や地元の料理だけでなく、香道体験を楽しみにしているという話を聞いた。和の習い事といえば、三大芸道の茶道・華道・香道といわれるのは知っていたが、実はそれまで香道のイメージは湧かなかった。東京五輪・パラリンピックのボランティアに応募したこともあり、日本の「心」を深く知りたくなった。

 そこで探し出したのが、茶道と香道を気軽に1日体験できる店「瑜伽庵 YUKA・AN」(東京・台東区)だ。JR日暮里駅から谷中霊園の桜並木沿いに徒歩約5分。1923(大正2)年創業の茶道具中心の骨董店にカフェを併設、2階には茶室が設けられている。

 店主の大久保満さんに茶室に案内され、まずは茶道体験から始まった。静かに時間が流れる中、音といえばシュンシュンと沸く釜のお湯だけ。和菓子を食べ終わるころ、自らが選んだ器で抹茶が出される。骨董店だけあって、歴史の重みを感じさせる器は触り心地が良い。口当たりも柔らかいためか、格別においしく感じられた。「骨董品は飾るだけではもったいない。器の軽さや重さ、手のなじみを味わっていただきたいんです」と満さんは言う。

20190313_05.jpg当日使用した器と茶菓子
(提供)瑜伽庵


 抹茶で一服した後は、一階の和室に移り、いよいよ香道の体験が始まる。「香道では香を嗅ぐとは言わず、香を聞くと言います。初めての香りを楽しんで聞いてみましょう」と教えてくださるのは、満さんの母・大久保幸子先生。三條西御家流(さんじょうにしおいえりゅう)で88歳の現役香道家である。

20190313_02.jpg瑜伽庵の大久保幸子先生(左)と孫の敦子さん

 日本の香の歴史は6世紀ごろ仏教伝来とともに伝わり、仏前を清めるために使われた。8世紀後半の奈良時代には宮中や貴族が生活を楽しむため、部屋や着物に香を焚きしめる「空薫物(そらだきもの)」という風習が盛んになり、やがて芸事に整えられて香道に発展していった。

 香道は東南アジアの熱帯雨林地域で採取される天然の香木を焚いて、立ち上る香りを楽しむ。香木の原木は傷など何らかの要因で菌が付着し、長い時間をかけて香りを発する樹脂ができるそうだ。香木は産出地名などから6種類に分けられ、それぞれ伽羅(きゃら)・羅国(らこく)・真南蛮(まなばん)・真那賀(まなか)・寸門多羅(すもんたら)・佐曽羅(さそら)と呼ばれる。「香木は自然の産出物ですから、同じ伽羅でも香りが微妙に異なります。お天気によっても香りが変わってきます」と幸子先生。

 現代の香席では名香などをじっくり鑑賞する「一炷聞(いっちゅうぎき)」や、数種類の香りを聞き分ける「組香(くみこう)」などが行われている。今回は用意された5種類の香木の香りを順に聞き、何番目と何番目が同じ香りだったかを当てる組香を体験する。

 灰が入っている香炉の中に熱した炭を埋める。灰の頂点に顕微鏡で使ったプレパラートのような板(=銀葉)を乗せ、その中央に3ミリくらいに小さく割られた香木を乗せる。香木は穏やかな炭の熱により温まり、香りが立ち上ってくるという仕組みである。参加者は香炉が回ってくると、静かに香りを聞く。右手で持ち上げ、左の手のひらに水平に載せる。さらに右手で香炉の上を軽く覆い、手の中に香りを溜める。右手の親指と人差指で輪を作り、隙間から深く吸い込み香りを3回聞く(=三息)。

20190313_03.jpg香炉と香木

 いざ自分の番になると、銀葉の上に載る香木が意外に小さいことに驚き、うっかり吹き飛ばしてしまいそうになった。緊張して手の動きもぎくしゃくしてしまう。すかさず先生から、「肩の力を抜いて、焦らずゆっくりと吸い込みながら、香りをイメージしてみましょう」とアドバイス。香道では香りの違いを「酸(すっぱい)」「苦(にがい)」「甘(あまい)」「辛(からい)」「鹹(塩辛い)」の味覚などで表現するが、どれに当てはまるのかよく分からない。それでもゆっくり息を吸うと、鼻の奥にふんわりと柔らかく上品な香りが広がる。普段の生活では感じたことのない、初めてなのにどこか懐かしいような幽(かそ)けき香り。段々と心が鎮まってくるようだ。

 こうして5つの香りを順に聞いた後「1番目と4番目が同じ香りだったような気がするなあ」と思い、配られた記録紙に答えを筆で書く。答え合わせをすると全員正解。和やかな雰囲気で体験が終わった。

 時間の感覚がなくなるほど集中していたことを伝えると、先生も「香木の高貴な香りを聞くことで、一気に日常の生活から離れた香りの世界に浸れることができます」―。長く香道を続けられている理由を尋ねると、「美しくたおやかな日本文化に憧れがあるからです」と優しい笑顔で答えてくれた。

 筆者の香道体験はここで終わらなかった。知り合いから、東京・四谷のとある一角で香道に触れる機会があると紹介され、足を運んでみた。香道研究家の石川閑月(いしかわ・かんげつ)さんが先生を務める。サロン的な雰囲気の中で、香道(御家流)のお稽古をなさっている。テーブル席で椅子に座ってのお稽古は、足のしびれが気にならない。初心者には嬉しい限りだ。もっとも、「香席は和室が一般的ですから、和室でのお稽古も必要です。年に何度かは和室で立居振舞(たちいふるまい)のお稽古もしています」と石川先生。

 この日のお稽古は、同じ組香でも「瑜伽庵 YUKA・AN」での体験とは違う趣向。今回は4種類の香をまずは聞いた(試香=こころみこう)後で、本番(=本香)では新たに香を1つ加えた5種類の香を聞いて順番を当てる。そして今年最初のお稽古のため、お正月らしく和歌を詠むことにも挑戦する。

20190313_04.jpg香道具一式
(提供)石川閑月さん

 「試香たき始めます」と声がかかり、試香の香炉が1つずつ回ってくる。ゆっくりと三息で聞き、香りのイメージをメモしておく。「本香を焚きはじめます。どうぞご安座に」の挨拶から本番が始まる。香炉が送られてくるごとに試香の記憶と比較してみるが、すでに記憶が曖昧である。なんとも嗅覚はあやふやなものだ。そう焦っているのは筆者だけのようで、皆さんは静かに香りに集中している。5つの香りを聞き終わり、出てきたと思う順を答えに書く。

 続いて和歌を考える時間に入る。筆者は「和歌は五七五七七ですか」と質問するほどの初心者。人生初の和歌作りに四苦八苦していると、「時間もありますからゆっくりと考えて。今の気持ちを詠んでもいいですね。これもお遊びですから固く考えずに...」と先生から優しい声がかかる。今回の香りを聞き比べる難しさと和歌を詠む経験を言葉にしたいが、出てくるのは汗ばかり。皆さんの和歌が出揃ったところで、本香の正解と和歌を披露する。筆者は最後の香りだけ当てることができた。「香満ちました」の声で終わりの合図となる。部屋の中にも香りが広がり、リラックスした雰囲気に変わる。なかなか一筋縄ではいかない奥深さを実感していると、「当たると嬉しいけれど、当てるよりも香を楽しむことが何よりね」とお隣の席からいたわりの言葉を掛けてもらった。当たり外れよりも高貴な香りを楽しむ、余裕のある遊び心を実感した。

 掛け軸の和歌や香炉に入れる炭の温度の難しさなど、いくつかの質問に答えていただいた後、石川先生は「お香を深く楽しむには、香木や作法、道具に関する知識だけでなく、日本古典文学の素養が必要です」と続けた。今回は和歌を詠むという体験をしたが、香道を始めると自然と源氏物語や古今和歌集などを勉強したいという気持ちになり、かな文字などの書の修業にも向かうようになる人も多いそうだ。

 香道を始めてみたい人には、「まずは、良い香りを聞きに遊びに来るような気持ちで、気楽に始めてみてください。細く長く続けていくうちに、自然といろいろなことが分かってくるものです」と石川先生。日本の「心」を深く知りたくなりチェレンジした香道。束の間の体験だったが、今はもっと日本文化を深く知りたくなった。

(写真)提供以外は筆者 RICOH GR

■瑜伽庵(YUKA・AN)
 http://gallery-okubo.tokyo/


参考資料:
「香道を楽しむための組香入門」谷川ちぐさ、淡交社
「日本の香り」監修・松榮堂、 コロナ・ブックス

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