Main content

タンポポから教わる自然のたくましさ

=土壌に根を張り、別の場所にも根付く=

2018年04月12日

社会・生活

企画室
小野 愛

 春3月は別れの季節だ。夜の飲食店は送別会でにぎわう。筆者が数カ月前に異動になった際に激励してくれた学生時代の先輩も、東京から地方へと転勤していった。その先輩は、毎日夜遅くまで大学に残っていた。彼女の机の上のマグカップには、いつ見てもコーヒーが入っていたのを思い出す。

 コーヒーには、カフェインやポリフェノールが含まれ、適量を飲むと体に良いと言われている。例えば、カフェインは脂質代謝を促進させたり、血糖値を低下させたりする働きがあり、集中力を高める効果もある。同時に血圧を上昇させるので、飲みすぎには注意が必要だ。

 魅力的な効果があるコーヒーだが、筆者はカフェインをとると体調が悪くなるため、飲むことができない。しかし、コーヒーの味は好きなので、カフェインレスのコーヒーを探して飲むことがある。先日は、前から気になっていたタンポポコーヒーというものを試してみた。コーヒーという名前が付いているが、材料は焙煎(ばいせん)されたタンポポの根だけで、カフェインは含まれない。酸味が無く、後味に少し苦さが残る紅茶のような味がした。

 日本人にとって、タンポポは身近な植物だ。春になり、鮮やかな黄色い花や白くふわふわした綿毛を付けたタンポポを見つけると、どことなく懐かしさを覚える。昔の人にもなじみは深かったのだろう。最も古いタンポポは平安時代の記録に残されている。江戸時代には俳句に詠まれている。また、17世紀に刊行された日本最古の農書とされる「農業全書」の中でタンポポの葉を食用として栽培することが推奨されている。タンポポを食べる文化は日本では根付かなかったが、欧州では今もタンポポの葉をサラダや炒め物などにしている。

 タンポポは、温帯から亜寒帯にかけて世界中に分布する。合計すると、400~500種類も存在するとされる。日本だけでも、18種類のタンポポが生息分布している。平地に黄色く咲くタンポポだけでなく、冬にも白く咲くシロバナタンポポや、3000メートル級の高山に咲くミヤマタンポポなどもある。

 日本には、カントウタンポポやカンサイタンポポなど、分布地域に由来する名前が付いた在来種が多い。こうした在来種は、いつの間にか日本に入り込んだ欧州原産の「セイヨウタンポポ」と生育地をめぐって争っている。筆者が子供のころに持っていた図鑑には、カントウタンポポとセイヨウタンポポの見分け方が載っていた。カントウタンポポは総苞片(そうほうへん=花を支える緑色の部分)が花に沿って直立しているのに対し、セイヨウタンポポは総苞が反り返っている。これを見て、タンポポが咲いていると、どちらの種類のタンポポかを当てて遊んでいた。

20180412_01.jpgカントウタンポポ(左)とセイヨウタンポポ(右)
(提供)たんぽぽ工房・保谷彰彦氏

 セイヨウタンポポは生殖の仕組みの違いから、日本のタンポポとは交雑しないと思われてきた。しかし、約20年前に行われた日本全国を対象とした研究と調査によって、外見がセイヨウタンポポに似ているタンポポのうち、約85%が日本のタンポポとセイヨウタンポポの雑種であることが分かった。筆者が種類を言い当てたと思っていたタンポポは、そのほとんどが雑種だったのだ。

20180412_02.jpgカントウタンポポとセイヨウタンポポの雑種(総苞の反り具合は個体差が大きい)
(提供)たんぽぽ工房・保谷彰彦氏

 このように、純粋な日本のタンポポはだれにも気づかれないうちにその姿を消していた。その要因は里山が少なくなったことにもある。里山に生息していた日本のタンポポは、土地開発とともに減っていった。カントウタンポポなどは受粉によって花粉を交換するために、まとまって生える必要がある。しかし、市街地はコンクリートで固められているため、十分な場所が確保できない。受粉せずに無性生殖するため群生の必要がなく、軽い種で遠くまで散らばっていくセイヨウタンポポと比べると、不利な環境である。また、生物は雑種になると環境に適応する能力が両親より高くなることが多い。雑種タンポポは暑さが厳しい市街地でも生き残れるようになった。その結果、純粋な日本のタンポポ、さらには親であるセイヨウタンポポの数まで減らしてしまった。

 雑種タンポポが、周りの生態系に与える影響は明らかになっていない。しかし、日本のタンポポの蜜を吸うミツバチやチョウなどの昆虫に影響を与えている可能性がある。タンポポの繁殖と暮らしを研究する植物学者の保谷彰彦氏は「日本の都市部、例えば東京や大阪、名古屋などの市街地のタンポポのうち、90%以上はセイヨウタンポポとの雑種。身近なタンポポを観察することで、自然と親しみながら、生き物の面白さやたくましさを感じてほしい。そこから、生き物同士の繋がりについても考えてみてほしい」と話す。

 タンポポは一度根を張るとたくましく生きる。花が咲き終わるといったん地面に倒れるが、茎を太く丈夫にしながら綿毛をまとい、再び真っすぐ起き上がる。綿毛を飛ばした後は枯れたように見えるが、冬の寒さにじっと耐え、翌年にまた花を咲かせる。大空に飛ばされた種子は新たな大地に根を張り、どんどん地中深くに伸び、養分を吸収しながら成長する。筆者も新しい職場環境で、遠くへ行った先輩に負けじと力強く頑張りたい。



参考文献:
「わたしのタンポポ研究」保谷彰彦、さ・え・ら書房、2015年
「コーヒー一杯のカフェインとショ糖の相互作用:計算力と循環動態効果」佐藤広康、Food Function、第9巻、2012年
「サイエンスウィンドウ:タンポポを見て環境を知る」国立研究開発法人科学技術振興機構、第66号、p.32-33、2017年.
「タンポポ ハンドブック」保谷彰彦、文一総合出版、2017年
「タンポポの教材性:小・中・高等学校理科教科書の扱いについて」海野くに子、常葉学園大学研究紀要、第25号、p.421-434、2005年
「外来種タンポポと北海道地方に自生するタンポポの関係」保谷彰彦・芝池博幸、農業技術、第63号(10)、2008年
「共生社会:草花散歩のススメ」公益社団法人日本教育会、第458号、p.4、2017年
「身近な草花「雑草」のヒミツ:知恵としくみで生き残る驚きの強さ」保谷彰彦、誠文堂新光社、2014年
「体脂肪および血清脂質レベルに及ぼす運動とカフェイン併用の影響」松原茂、桜門体育学研究、第46号(2)、p.1-10、2012年

小野 愛

TAG:

※本記事・写真の無断複製・転載・引用を禁じます。
※本サイトに掲載された論文・コラムなどの記事の内容や意見は執筆者個人の見解であり、当研究所または(株)リコーの見解を示すものではありません。
※ご意見やご提案は、お問い合わせフォームからお願いいたします。

戻る