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消費者と分かち合い「小さな農業」で生き残る

神奈川県大和市と秋田県仙北市から

2015年10月01日

地域再生

主任研究員
貝田 尚重

 東京のベッドタウン、神奈川県大和市。東急田園都市線の終点、中央林間駅からほど近い「なないろ畑」の出荷場には、毎週火、木、土の午前9時を過ぎると、近所の住民が集まってくる。キュウリ、オクラ、空芯菜、青ナスなど約10種類の採れたて野菜の目方を計り、新聞紙でくるんで丁寧に小分けする。全員の流れ作業で1軒分ずつエコバッグに詰めると、ようやく出荷できる。


収穫物だけでなく、リスクも分かち合う

 なないろ畑は、大和、座間両市などに約4ヘクタールの有機農場を持つ農業生産法人。収穫した野菜は市場に出さず、周辺に住む約80軒の会員の食卓に届く。よくある「野菜の定期購入システム」と違うのは、なないろ畑が欧米で広がりつつある「CSA方式」を採用していることだ。

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 CSAはCommunity Supported Agricultureの略。直訳すれば、「地域に支えられた農業」の意味になる。米国では遠隔地から農産物を取り寄せるのではなく、手間のかかる有機農業を地域住民で支援する仕組みとして発展した。

 CSAの会員は農場運営にかかるコストを年会費として前払いし、収穫物を全員で分け合う。分け前は豊作なら増えるが、逆に天候不順や病害虫の発生で不作になると減るため、会費に見合わないこともある。それでも、安心して食べられる野菜を育ててもらうため、従来は農家だけが抱え込んでいたリスクを、消費者も分かち合うという発想だ。なないろ畑の場合、14万2560円の年会費で、3~4人家族用の野菜セットが毎週届く。

 代表の片柳義春さんは、「本当の有機野菜を作る」という夢を実現するため、脱サラして農業に挑戦。農薬を全く使わず、当初は近くの有機食材を扱う小売店などに出荷していたが、見栄えを求められる上、相場による価格変動も激しいため、経営は安定しなかった。

 ある日、転機が訪れた。片柳さんの安全な野菜の評判を聞きつけた近隣住民が、「野菜を譲ってほしい」と訪ねてきたのだ。出荷作業に追われていた片柳さんは、「買いたい人が自分で収穫し、自己申告で支払ってくれるなら」と条件付きで受け入れる。野菜の美味しさがクチコミで広がり、畑を訪れる人はどんどん増えていった。


 畑に足を運べば、消費者は正真正銘の有機農法かどうか、自分の目で確かめられる。何度も通ううち、野菜の生育状況や天候が気になりだす。有機農法にかかる手間の多さに気づき、収穫や選別作業を進んで手伝う人も出てきた。知らず知らずのうち、「地域で農業を支える」CSA方式が生まれたというわけだ。

 現在、週3回の出荷作業は、すべて会員のボランティアで成り立っている。片柳さんは「農家の収入は、サラリーマンのおよそ3分の1。家族のボランティアで辛うじてやっている。この不均衡が解消されない限り、若者の目には農業が魅力的な仕事とは映らず、農業就業者は高齢化していくばかりだ」と憤慨する。


 出荷場に集まったボランティア会員は、「私たちは、ここの野菜が安全で安心して食べられることを自分の目で見て知っている」「他の野菜を買って食べる気にはなれない」「この農場が無くなって困るのは私たちだから、ボランティア作業は当たり前のこと」...

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 片柳さんは「なないろ畑は小規模でも、農業生産者と消費者の間の『国内版アンフェアトレード』を是正する実験農場。有機野菜の専門店ではキャベツが1個500円もすることがあるが、消費者が生産者を応援すれば、安く食べられるようになる」という。

 さらに、会員の間で自主グループが誕生し、農場の一角でハーブや果樹の栽培も始まっている。長野県で取得した水田では有機無農薬米の栽培もスタートした。消費者が生産の現場に入り、作る人の側に近づくことで、なないろ畑は進化を続けている。


ママ友2人組で"あきた いぶり美人"

 一方、秋田県仙北市の田沢湖畔では、郷土食「いぶり大根漬け」(注=「いぶりがっこ」は「雄勝野きむらや」の登録商標)の生産販売に乗りだしたママ友2人組がいる。いぶり漬けは、雪深い土地の冬でも野菜が食べられるようにした郷土食。大根を囲炉裏(いろり)の上で燻製にした後、糠漬けにする伝統食だ。4年前まで農業にも漬け物にも無縁だった2人が、今や鍬(くわ)で畑を耕して大根の種をまき、収穫、燻し、漬け込み、パック詰めから販売まで、ほぼ全てを手作業でこなす。


 埼玉県出身の村岡歩さんは、結婚して秋田に移り住むまで、いぶり漬けを美味しいと思ったことがなかった。減塩に慣れた都会っ子には塩辛く、燻製の臭いも鼻につく。ところが、近所のおばあちゃんがお裾分けしてくれた自家製いぶり漬けは、塩気が控えめで燻製の臭いもふんわり。「これは、うんめー!」と感激した。昔はそれぞれの家庭の味で漬け込んでいたが、家から囲炉裏が消えると自家製は激減。その一方で、「秋田みやげ」の代表として工業製品化が進んでいる。村岡さんにお裾分けしてくれたおばあちゃんも「年をとって体がきつくなった」ため、自家製いぶり漬けから引退してしまった。

 「本当に美味しい、いぶり漬けが食べたいなあ」―。村岡さんが、同じ保育園に子どもを通わせるママ友の西宮三春さんとランチをしながら、何気なく漏らした一言が全ての始まりだった。

 西宮さんは地元仙北市の出身だから、いぶり漬けは子どもの頃から慣れ親しんだ味。「もし、私たちがいぶり漬けを作るなら」と仮定した上で、「子どもにも安心して食べさせられるよう、塩分は控えめにしないと」「秋田名産のリンゴの木で燻してフルーティーな香りにしたら」「無農薬の大根を使って、シャキシャキとした歯ごたえも残したい」―。「面白そうだから、本当に私たちで
作っちゃおう!商品名は"あきた いぶり美人"かな?」と会話が弾むうち、いつの間にかコンセプトが出来上がっていた。

 子育てとパートに追われる家庭の主婦2人には、いぶり漬け作りの知識もなければ、事業資金もない。まず、市役所を訪ねていぶり漬け作りの達人を紹介してもらい、独特のノウハウを学んだ。

 ところが、アクシデントが発生する。農家が不作を理由に、注文していた数量の大根を納品してくれないのだ。しかし、ママ友2人組はへこたれない。「どうせ苦労するなら、自分たちで作ってしまおう」と、2年目からは鍬で畑を耕し、大根作りに取り組んだ。困っていることは声を出し、周囲の人や行政に助けを求めると、そのたびに不思議と縁に恵まれた。

 つい4年前まで「普通の消費者」だった2人にとっては、「コストを下げて利幅を増やす」よりも、「食べる人に喜んでもらう」ことが重要になる。村岡さんは「私たちの価値観が、自分たちの考えている以上に、みんなのアンテナに引っ掛かっているのかもしれない」と言う。

 うだるような暑さの中での種まき、寒さに凍えながらの漬け込み作業、家族が寝静まった夜中のパック詰め...。手塩にかけた"あきた いぶり美人"を食べた人から「美味しかった」「来年も食べたい」という声を聞くと、苦労も一気に吹き飛んでしまう。今年は約500キロの大根の収穫を目指し、今日も二人は畑に通う。

 生産者が作った農作物は、幾つもの段階を経て、消費者の元に届くのが一般的。だから、普通は農作物ができるまでにどんな苦労やリスクがあるのか想像もつかない。その結果、スーパーの棚に並んだ時の見栄えや、価格だけが買い手側の基準になってしまう。しかし、生産者の「顔」が見えた途端、消費者にストーリーが伝わり始める。

 グローバル競争の中で日本の農業が生き残っていくには、大規模化・効率化が不可欠といわれている。しかし、消費者とつながることで、「小さな農家」にも生き残る道が開ける。逆に、消費者が変わらなければ、日本の農業はさらなる価格競争で疲弊していくだけかもしれない。

(写真)筆者 PENTAX  Q-S1 使用

貝田 尚重

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※この記事は、2015年10月1日に発行されたHeadlineに掲載されたものを、個別に記事として掲載しています。

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