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年間4875億円 ふるさと納税の光と影

=今こそ税制・地方創生の国民的議論を=

2020年10月12日

地域再生

副所長
中野 哲也

 ふるさと【故郷・古里・故里】①生まれ育った土地。故郷(こきょう)。②(比喩的に)精神的なよりどころ。以下略...(「大辞林」三省堂)

 「ふるさと」の4文字には、他の言葉には置き換え難い、心を打つ響きがある。日が暮れるまで遊んだ海山川、部活動に汗を流した校庭、都会へ向かう列車が発車する駅ホーム...。ふるさとのイメージは人によってさまざまだが、心の中の「よりどころ」には変わりない。

 東京生まれの筆者の場合、それが渋谷駅に隣接したデパートになる。その東急百貨店東横店は2020年3月、85年間の使命を終えて閉店。だけど、お好み食堂や模型売り場の思い出はセピア色に染まり、心の中で輝き続ける。

 今、グーグルで「ふるさと」を検索すると、まず出てくるのが、ふるさと納税仲介サイト「ふるさとチョイス」である。「兎(うさぎ)追ひし彼の山...」で始まる唱歌「ふるさと」を除くと、ふるさと納税の関連ワードが検索上位を占める。

 ふるさと納税は、「納税」という好感度の低い言葉に、人の心を打つ「ふるさと」を冠した絶妙なネーミングだと思う。ただし寄付金の御礼として全国の自治体が地元名産「返礼品」を贈るため、「官主導のカタログ通販」といった批判もある。

 しかし、第1次安倍政権が2008年度に始めた「ふるさと納税」はヒット政策になった。それによって子育て支援や観光施策に力を入れ、人口や観光客を増やした自治体も少なくない。

 東京一極集中が加速する一方で、地方は衰退に歯止めが掛からない。そこで第1次安倍政権は地方創生の目玉政策として、ふるさと納税を導入したわけだ。当時、総務相として制度を練り上げ実現したのが、秋田県出身の菅義偉首相である。

 このふるさと納税の生みの親は、その動機について次のように明かす。「東京と地方の格差を解消したい――それが、私の政治の『原点』であり、ふるさと納税制度を発案した大きな理由です。日本は地方も都会もきちんと連携して発展していかなければならない」(月刊文藝春秋2020年9月号)。

年収にかかわらず、自己負担額=2000円

 ふるさと納税の光と影を考える上で、まず制度の概要を説明する。所管する総務省の「ふるさと納税ポータルサイト」や、前述した「ふるさとチョイス」のホームページなどを参考にした。

 大まかに言うと、寄付者が自治体に寄付を行えば、その寄付額から2000円(=自己負担額)を差し引いた「全額」が、納めるべき国税・地方税から控除される仕組みだ。寄付者の年収にかかわらず、自己負担額が一律2000円という点に留意してほしい。その理由は後述する。

 一方、寄付を受けた自治体の大半が、地元特産の肉や魚介、農産物などを返礼品として寄付者に贈る。つまり、寄付者は2000円の自己負担で全国各地の特産品を手に入れられる。なお、寄付者は自分の生まれ故郷に限らず、どの自治体に対してもふるさと納税が可能だ。

ふるさと納税「控除」の仕組み図表

(出所)総務省「ふるさと納税ポータルサイト」

高所得者ほど大きくなる「年間上限額」

 それでは、だれでも2000円を超える分の「全額」が国税・地方税から控除されるのか。決してそうではない。それがこの制度を複雑にし、分かりにくくする。総務省「ふるさと納税ポータルサイト」を基に、「全額」(=寄付金の年間上限額)がいくらになるのか目安を以下に示す。

 なお、以下で想定する寄付者は「給与以外の収入が無い会社員」などの給与所得者で、他の控除(=住宅ローン控除や医療費控除など)を受けていない人。年金収入だけの人や個人事業主、他の控除を受ける人もふるさと納税は可能だが、下記の控除額とは異なるので注意してほしい。

 また、下記の年間限度額を上回るふるさと納税も可能だが、上回る分は控除の対象から外れる。例えば下記①の場合、5万円のふるさと納税を行うと、5万円-2万8000円=2万2000円は控除対象外であり、単なる寄付になる。つまり、この分には税制上のメリットはない。

 2000円超える分の「全額」が控除される寄付金の上限額の例
①寄付者が年収300万円、独身=2万8000円
②寄付者が年収800万円、配偶者と共働き、子ども1人(高校生)=12万円
③寄付者が年収1200万円、配偶者と共働き、子ども2人(高校生と大学生)=21万9000円
④寄付者が年収2000万円、配偶者(共働きか否かにかかわらず)、子どもなし=56万4000円

全額控除されるふるさと納税額の目安 (単位)万円図表

(注)※1「共働き」は、ふるさと納税を行う本人が配偶者(特別)控除の適用を受けていないケース(配偶者の給与収入が201万円超の場合)。※2「夫婦」は、ふるさと納税を行う本人の配偶者に収入がないケース。※3「高校生」は「16歳から18歳の扶養親族」、「大学生」は「19歳から22歳の特定扶養親族」。中学生以下の子どもは控除額に影響がないため、計算に入れる必要はない。例えば、「夫婦子1人(小学生)」は「夫婦」と同額。「夫婦子2人(高校生と中学生)」は「夫婦子1人(高校生)」と同額。

(出所)総務省「ふるさと納税ポータルサイト」

 このように寄付者の年収や配偶者・子どもの有無などにより、年間上限額は大きく異なる。総じて言えば、上記の表で分かる通り、年収が高くなるほど年間上限額は増える。前述したように、年収にかかわらず、自己負担額が2000円で一律だからだ。このため、「高所得層ほど豪華な返礼品がもらえて得をする逆進的な制度」といった批判は少なくない。

確定申告かワンストップ特例を選択

 ふるさと納税を行っても、所定の手続きを踏まないと控除は受けられない。具体的には、①確定申告か、②「ワンストップ特例制度」の適用申請のどちらかを選択する必要がある。①の場合、確定申告において、ふるさと納税を行った地方自治体から送られてくる「寄付金受領証明書」を税務署に提出する。

①確定申告のイメージ図表

(出所)「ふるさとチョイス」基にリコー経済社会研究所

 これに対し、②のワンストップ特例制度では確定申告が不要。ふるさと納税を行った地方自治体に申請書と必要書類を郵送すると、翌年6月以降の住民税から前述した年間上限額が控除される。ただし、ふるさと納税を行った地方自治体が5カ所までの特例であり、6カ所以上のケースでは確定申告が義務付けられる。

②ワンストップ特例のイメージ図表

(出所)「ふるさとチョイス」基にリコー経済社会研究所

ギフト券で寄付金を集めた泉佐野市vs国

 このように、ふるさと納税の仕組みは分かりやすいとは言い難い。にもかかわらず、2008年度の発足以来、利用者はほぼ右肩上がりで増えてきた。総務省の現況調査結果によると、2008~2019年度の間、地方自治体のふるさと納税の受入額(=寄付総額)は81億円から4875億円と60倍に拡大。受入件数は5万件から2333万件へ激増した。

ふるさと納税受入額と受入件数(全国計)図表(出所)総務省「ふるさと納税に関する現況調査結果」

 「ほぼ右肩上がり」と紹介したが、グラフで分かるように2019年度の寄付総額は7年ぶりにマイナスに転じた。その背景には、返礼品を「寄付額の3割以下の地場産品」に限定した2019年6月の新制度への移行が指摘される。自治体がふるさと納税を少しでも多く獲得しようと、返礼品の豪華さを競い合うようになり、その弊害が社会問題化。このため、国は制度見直しに踏み切ったのだ。

ふるさと納税受入額の多い自治体図表(出所)総務省「ふるさと納税に関する現況調査結果」

 返礼品をめぐる過当競争の象徴が、泉佐野市(大阪府)の取り組みである。同市はインターネット通販大手のギフト券などを返礼品に上乗せするキャンペーンを精力的に展開、寄付金をかき集めた。その結果、2019年度のふるさと納税受入額は184億円と全国トップである。

 泉佐野市ではバブル時代末期、関西国際空港の1994年開港を当て込んで開発プロジェクトが始まったが、首尾よく進まなかった。同市は財政危機に陥り、2008年には再建計画の策定を義務付けられる「財政健全化団体」に転落する。

 このため、泉佐野市は財政再建に向けてふるさと納税に積極的に取り組み始めた。返礼品の圧倒的な品ぞろえが人気を博し、2017年度には受入額で全国トップに。2018年度も首位を守り、全国の受入額の1割近くを占めた。

 ほかの自治体も、ギフト券や旅行会社のクーポン券、高価な家電製品などを返礼品として提供、寄付金を集める動きが加速する。その一方で、「地方創生という本来の趣旨から逸脱し、金持ち優遇のカタログ通販」などの批判も強まり始めた。

 所管する総務省は危機感を強め、①返礼品の調達費用を受入額の3割以下に抑制②返礼品を地場産品に限定―などを求める基準を全国の自治体に通知した。しかし通知はあくまで行政指導であり、法的拘束力はない。泉佐野市などいくつかの自治体はそれに従わず、独自の寄付金集めを継続した。

 業を煮やした総務省は関連法の改正を経て、返礼品を「寄付額の3割以下の地場産品」に限定する新制度に移行した。2019年6月の移行に先立ち、同省は「(行政指導に従わず)豪華な返礼品を送り続け、不適切な方法で多額の寄付を集めた」として泉佐野市など4市町を新制度の適用対象から除外した。それに伴い、寄付者はこの4市町にふるさと納税を行っても、税金の控除が受けられなくなった。

 当然、泉佐野市は猛烈に反発した。市は「法的規制を過去にさかのぼって適用しており、裁量権の逸脱、乱用だ」と主張し、総務相を相手取り新制度適用除外の取り消しを求めて提訴したのだ。

 泉佐野市は大阪高裁で敗訴したものの、2020年6月の最高裁判決では逆転勝訴。最高裁は総務省による泉佐野市に対する新制度適用除外について、「法の委任の範囲を逸脱した違法なものだ」との司法判断を示した。

 もっとも、最高裁は総務省の裁量行政にはクギを刺したが、新制度自体を否定したわけではない。ギフト券を返礼品に上乗せするキャンペーンを展開した泉佐野市に対しても、「社会通念上節度を欠いていた」と指摘している。

東京23区から流出した住民税424億円

 新制度への移行に伴い、返礼品をめぐる自治体間競争には急ブレーキが掛かった。ただし、「地方が寄付を集めると、都市の税収が減る」という、ふるさと納税の構造的な問題は解消されていない。

 総務省の現況調査結果によると、ふるさと納税に伴う住民税の控除額は2020年度に3391億円まで拡大。控除を受けた人は406万人に上り、いずれも都市部に集中している。例えば、横浜市(神奈川県)では全国最高の144億円に上る税収が他の自治体へ流出している。

住民税控除額と控除適用者数(全国計)図表(出所)総務省「ふるさと納税に関する現況調査結果」

 住民がふるさと納税を行った結果、住民税が流出した自治体は、地方交付税によって国からその75%を補填(ほてん)される。ところが、財政が比較的豊かな不交付団体の自治体は、補填を受けられない。

 つまり、流出分がそのまま税収減になるのだ。次の表では川崎市(神奈川県)のほか、世田谷区といった東京23区などの自治体が該当する。

住民税控除額の多い自治体図表(出所)総務省「ふるさと納税に関する現況調査結果」

 今、コロナ禍の拡大・長期化に伴い、各自治体は歳出増・歳入減に直面しており、都市部の自治体もふるさと納税に伴う税収減を看過できなくなった。例えば、東京23区の税収減は424億円(2020年度)に達する。2020年8月、23区で構成する特別区長会は緊急声明を発表し、不交付団体への補填などの「制度の抜本的な見直し」を求めている。

税負担増の中高所得者を懐柔?

 ふるさと納税というユニークな施策が、都市部住民の地方に対する関心を高めてきたのは間違いない。また、寄付者は必ずしも返礼品が目当てではなく、相次ぐ自然災害に対する無償支援なども増えている。

 ただし、どんな政策にも光と影がある。これまで述べてきたように、ふるさと納税には制度的な欠陥がいくつか指摘される。自己負担額(=2000円)が一律のため、高額所得者ほど全額控除を受けられる年間上限額が多くなる。つまり、所得税の累進性(=所得が多いほど税率が高くなる制度)とは対照的に、ふるさと納税は逆進性の強い制度である。「金持ち優遇」という批判もあながち否定できない。

 ではなぜ、国は大衆受けの悪い逆進的な制度を維持しているのか。その本音は分からないが、中高所得者の税負担を重くしてきた安倍前政権の税制改正が関係しているように思う。

 安倍前政権は2018年、専業主婦などを対象にした配偶者控除を縮小。会社員など給与所得者の年収が1120万円(=給与所得控除後の所得900万円)を超えると、配偶者控除を段階的に小さくし、1220万円(=同1000万円)以上はゼロにした。給与所得控除の上限額も2013年の245万円から2020年には195万円まで大幅に引き下げられ、中高所得者の税負担は重くなった。

 その結果、昇給しても手取り額は伸び悩む状況が続いている。会社員が加入する厚生年金も、保険料上限額が2020年9月に引き上げられ、高所得者の負担がさらに増えた。

 消費税率引き上げをめぐっては毎回、国民が猛反発するため、歴代政権は対応に苦慮してきた。だが不思議なことに、中高所得者層を狙い撃ちにする所得税や厚生年金保険料の負担増には関心が高まらない。国にとっては、「寡黙な上客」のようにも見える。

 日本の場合、ほとんどの会社員が給与天引きの源泉徴収で所得税を納めるため、控除を縮小(=実質的な増税)しても痛税感は小さいのだろう。安倍前政権はこの上客が牙を剥かないよう、懐柔策としてふるさと納税の逆進性を放置していたのかもしれない。

 欧米に比べると、日本では消費税を除く税に対する関心が低い。ふるさと納税に限らず、所得税や法人税、消費税、相続税など税制全般をどうすべきか、菅新政権は国民的な議論を早急に始めるべきだと思う。

 残念ながらコロナショックによる経済低迷は数年単位で続く可能性がある一方で、それに構わず少子高齢化は加速する。このため、膨張する社会保障関係の歳出に対し、消費税率の段階的引き上げで対応することは一層難しくなる。だとしたら、資産・所得の格差拡大に歯止めを掛ける観点からも、消費税だけでなく、相続税や金融所得課税などの増税を考える必要があるのではないか。

都市部と地方をウィン―ウィンの関係に

 また、ふるさと納税に伴う、都市部から地方への住民税収の流失も深刻な問題であり、先に紹介した東京23区の不満ももっともだと思う。

 その一方で、地方取材の際に首長インタビューを行うと、都市部への不満が予想以上に強いことに驚く。例えば、西日本地方のある市長は次のように述べ、怒りをあらわにする。

 「地元の子どもにお金を掛けて一生懸命育てているのに、学校を卒業すると都市部へ出て行って帰ってこない。だから地方では必然的に高齢化率が上昇し、歳出は増える一方だ。都市部で活躍する人材を育てたコストを、地方がふるさと納税で回収して何が悪いのか」―

 戦後75年―。敗戦国が焼け野原から立ち上がり、再興を目指す上で高度経済成長政策は不可欠だったと思う。ただし、その光だけでなく影の部分も忘れてはならない。国策によって地方は若年労働力を都市部に奪われ、少子高齢化・過疎化が猛烈なスピードで進行した。現在の都市部と地方の間の格差は、ふるさと納税で簡単に解消するような問題ではない。

 地方創生についても、都市部と地方でウィン―ウィンの関係を構築したい。ふるさと納税を含めて国民的な議論を主導するよう、菅新政権に期待したい。少なくとも、地方がふるさと納税に狂奔しなくても済むよう、地方の自主財源を増やすべきではないか。

 戦後の日本はひたすら「密度」を高めることで、経済大国にのし上がった。それが一極集中をもたらし、その弊害をコロナショックが浮き彫りにした。今こそ、都市部と地方の格差是正に真正面から向き合い、行動に移すべき時だと思う。

20201001-9.png  東京都新宿区(都庁)                大阪市(道頓堀)

20201001-10-2.png       北海道稚内市(メガソーラー発電所)                          沖縄県宜野湾市(米軍普天間飛行場)

(写真)筆者

中野 哲也

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※この記事は、2020年9月30日発行のHeadLineに掲載されました。

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