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復興の思いをイチゴでつなぐ

=山元いちご農園を訪問=

2019年05月30日

地域再生

HeadLine副編集長
竹内 典子

 筆者にとって春の行楽といえば、サクラやツツジなどのお花見に加えイチゴ狩りである。もぎたての新鮮なイチゴが思う存分食べられる幸せ...。イチゴには人を幸せにする力があるような気がする。そのイチゴを足掛かりに、2011年3月11日の東日本大震災からの復興を目指して闘い続けるイチゴ農家を訪ねた。

 東北有数のイチゴ産地、宮城県亘理郡山元町。「山元いちご農園」のビニールハウスに入ると甘い香りが漂う。真っ赤に熟れたイチゴはみずみずしく艶があり、糖度も高い。一見のどかな風景だが、2011年の大震災では、この辺りも津波で壊滅的な被害を受けた。

 「水が退いた後の光景は今も目に焼き付いています」―。同園の代表取締役、岩佐隆さん(63)はこう振り返る。「自分の家がどこにあったのかも分からない。見渡す限り泥と瓦礫(がれき)に覆われていました」―。129軒あった山元町のイチゴ農家のうち、残ったのはわずか5軒。岩佐さんも農地と自宅を流され、水や食料の確保に走り回る避難所生活を送った。

20190530_01b.jpg山元いちご農園の代表取締役・岩佐隆さん

 岩佐さんら3軒の農家が「山元いちご農園株式会社」を設立したのは、震災からわずか3カ月後だ。生活を立て直すめどが立たない中、次々と人が町を離れていく。大好きな地元が荒廃していくのを見て、居ても立ってもいられなくなったからだ。「この町を元気にしたい、イチゴ作りで復興しよう」―。岩佐さんは動き出す。

 当時、周りからは「まだそれどころじゃないのでは」という疑問の声も聞こえたという。それでも必死になって会社の設立まで漕ぎ着けた。以前は家族経営だったが、生産者の育成や地域の雇用拡大を考え法人にした。目指したのは元通りに戻す「復旧」ではなく、将来の成長を視野に入れた「復興」だ。

 このため、ハウス内の環境管理は自動化した。コンピューターでイチゴが成長しやすい27度を保ち、湿度や養分、光合成に必要な二酸化炭素濃度も制御する。高さ1メートルの棚にプランターを載せて育てる栽培方法も導入。棚から左右に垂れ下がるイチゴは、立ったまま収穫できるので腰が痛くならない。

 イチゴは安定した収穫が見込めるよう、栽培時期が異なる3品種を選んだ。宮城を代表する大粒ですっきりした甘みの「もういっこ」、酸味と甘さのバランスが良い「とちおとめ」、酸味が少なくほのかな香りの「紅ほっぺ」だ。岩佐さんは「震災後に初めて収穫したイチゴは、復興の灯に見えました」と語る。

20190530_02b.jpgプランターで栽培したイチゴ

 併行して取り組んだのが、栽培(第1次産業)だけでなく、加工(第2次産業)や販売(第3次産業)まで手掛ける「6次産業」化だ。その核とも言える挑戦がイチゴを使ったワイン造りだった。

 きっかけは、山元町にあった県内唯一のワイナリーが震災で廃業に追い込まれたことだ。「自分たちで育てたイチゴを原料に、自社のワイナリーでワインが造りたい」―。若手の女性4人を担当に据えて、プロジェクトを立ち上げた。醸造の資格取得からスタートし、2016年秋にワイナリーが完成。JR・常磐線の浜吉田(宮城県)~相馬(福島県)間の運転再開を記念して、スパークリング(発砲)ワインの「苺夢(べりーむ)」を売りだした。

 「無着色・無香料にこだわり、さまざまな酵母を試すなど試行錯誤を繰り返しました」と岩佐さん。自慢のワインは、フタを開けた瞬間にいちごの芳醇な香りが広がり、口に含めば甘酸っぱいイチゴの自然な風味が感じられると好評だ。続いて、甘さを控えた「愛苺(まないちご)」やアルコール度数が低く香り高い「苺香(いちかおり)」ができあがる。

20190530_03b.jpgイチゴワイン

 2017年にはバウムクーヘンを焼く専用のログハウスを新設。お菓子の本場、神戸で修業した社員が一層ずつ丁寧に焼き上げるバウムクーヘンを売り出した。自社のイチゴのコーディアル(シロップ)を使った、ほんのりピンク色のイチゴバウムクーヘンは看板商品だ。

 岩佐さんはどうしてもバウムクーヘンが作りたかったという。その理由は、バウムクーヘンの層が年輪のように見えるからだ。「1年ずつ年輪を重ねるように、この農園が重ねてきたがんばりを、応援してくださるみなさんに伝えたい」と岩佐さんは目を輝かせる。

 当初は8棟だった栽培温室(ビニールハウス)も10棟になり、栽培用の大型ハウスも完成。今では50人が働く東北最大級のイチゴ農園に発展した。生産量は7年目にして震災前を超えた。特製いちごカレーなどイチゴを使ったメニューが豊富なカフェや、山元町の名産品の直売所、イチゴの加工所などを併設し、毎年約6万人が訪れる。

 取材当日も農園に大型バスが到着すると、だれよりも先に飛び出して迎える岩佐さん。幼稚園の遠足でいちご狩りにきた子供たちにも、笑顔で話しかける。いつでも明るく前向きだ。「メロンのほか、夏に収穫できるイチゴの栽培を新たに始め、年間を通して山元町に遊びに来てもらえる農園にしたい」―。岩佐さんの挑戦はまだ終わらない。

(写真)筆者 K-50


山元いちご農園
http://www.yamamoto-ichigo.com/

 *イチゴ狩りは30分食べ放題。6月初旬まで無休。
 詳細は、農園のホームページでご確認ください。
 http://www.yamamoto-ichigo.com/ichigopick/

竹内 典子

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