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なぜ徳島県にサテライトオフィスが集まるのか?

= 仕事と生活が美しく融合する神山・美波両町 =

2016年12月27日

地域再生

研究員
可児 竜太

 徳島県は過疎化が最も激しい県の一つといわれる。「過疎地域」に指定された市区町村の過去50年間の人口減少率を見ると、2010年時点で全国平均はマイナス36.5%。これに対し、徳島県はマイナス53.6%と大幅に上回る。また、都道府県内の集落のうち、限界集落(人口の50%以上が65歳以上の高齢者)の占める割合は、2015年時点で全国平均20.6%に対し、徳島県は42.8%に達する。

 その徳島県で今、IT産業を中心とした新興企業の進出が相次いでいると聞き、現地を取材して歩いた。すると、東京や大阪といった大都市に本社を置く新興企業が、地方からでも遠隔で仕事ができる「サテライトオフィス」を開設していた。それに伴い、県外からの移住も増加している。

 徳島県の発表によれば、既に40社が県内に「サテライトオフィス」を設置済み。その大部分が山間部の神山町(16社)と、海沿いの美波町(14社)に集中している(2016年9月時点)。なぜ、過疎化が進むこの二町に企業が進出しているのか。

図①_600.jpg

地デジ移行後、多彩な人材を集める神山町

 徳島市の中心部から西へクルマでおよそ50分。山また山、曲がりくねった道を走り抜けると、集落が見えてきた。県のほぼ真ん中に位置する神山町である。田畑が広がり、特にスダチの名産地として知られる。スギやヒノキの山林に囲まれており、かつては林業が盛んであったことを忍ばせる。

神山町の風景_600.jpgサテライトオフィスが進出する集落

 一見、日本のどこにでもありそうな、典型的な山里である。人口は、神山町が発足した1955年の約2万人から今では約5700人まで減少。若者が町を出て行く一方で、高齢者が増えているのだろう。本当にこの町にIT企業のサテライトオフィスがあるのか。
 まずは同町の企業誘致の立役者である、NPO法人グリーンバレーを訪ねた。竹内和啓事務局長に聞くと、その秘密はテレビの地上デジタル放送の移行にあるという。

 2003年の地デジ移行前、徳島県の大部分の地域で大阪発信のテレビ放送の視聴が困難になることが分かった。県庁の資料によれば、アナログ時に最大10波受信できたテレビ放送が、たった3波に減ってしまうということだった。

 このため、テレビ視聴の継続を求める県民の声が高まった。それまで採算性に難があり、普及が遅れていたケーブルテレビ網が急きょ県下全域で敷設されることになった。その結果、総延長20万km超、一世帯当たり630mもの光ファイバーが張りめぐらされ、ケーブルテレビの普及率は全国トップの89.7%に達した。

 そのおかげで、県内全域でインターネットの高速通信(ブロードバンド)と、無料通話も可能なIP電話も実現する。このため、竹内さんをはじめ、神山町にやって来た人々は「通信速度は東京より速い」と口をそろえる。企業のサテライトオフィス進出について、同法人の大南信也理事長も「ブロードバンドは必要条件」と語る。

写真①r_800.jpg左/竹内和啓さん  右/大南信也さん


 「お接待文化」という町民の気質も、企業誘致を促す要因になった。四国八十八ヶ所霊場の巡礼者をねぎらい、菓子や飲み物、宿泊所などを提供するおもてなしの文化である。このため、外部から来る人を受け容れやすい、開放的な空気が古くから生成されていたという。こうして、2012年のクラウド名刺管理サービスのSansan(本社東京)によるサテライトオフィス開設を契機に、IT企業の進出ラッシュが始まった。

 東京・恵比寿に本社を置く、放送関連事業のプラットイーズもその一つである。同社は2013年に「えんがわオフィス」を開設。今ではサテライトオフィス事業の視察者にとって必見のスポットになり、神山町のランドマーク的な存在である。

 このオフィスは元々、荒れ果てた築90年の木造古民家だった。それをプラットイーズの創業者兼会長の隅田徹氏が購入し、見違えるほど美しいオフィスに改築した。全面ガラス張りで、社員が働く様子を外から見ることができる。

 えんがわオフィスでの取材を終え、サテライトオフィス利用者向けの宿泊施設「WEEK神山」で食事をしていると、思いがけず隅田さんが現れた。このような偶然の出会いがあるのも、神山町の魅力である。隅田さんは既に生活の拠点を神山町に移したという。里山の豊かな緑に囲まれ、美しいオフィスを仕事場とする働き方。さぞかし仕事の効率性は大幅にアップしたことだろう。

写真②_800.jpg左/えんがわオフィス  右/隅田徹さん

 ところが、隅田さんからは意外な答えが返ってきた。「神山町に移る前とそれ以降を比べると、良くも悪くも何も変わりませんでした」と言うのだ。例えば、えんがわオフィスでは大容量の映像データを扱うが、光ファイバー網によって難なく送受信可能。また、事務用品の専門店は町内に無いが、ネット通販で注文すれば翌日に配達される。

 「しかし...」と隅田さんは続ける。「神山町にサテライトオフィスを開設することによって、都心から『神山で働きたい』という優秀な若者が来てくれるようになりました」―。すなわち、人材獲得の面で最大の効果を発揮したというのである。都心には仕事があっても、野山からは遠すぎる。このため、農作物の栽培やアウトドアスポーツを楽しみたいという人の目には、IT関係の仕事と両立できる里山が魅力的に映るのである。

  「地方には職が無いと思い込んでいたのかもしれません」―。「WEEK神山」で料理人を務める立山奈津美さんが振り返った。立山さんは兵庫県芦屋市のバールでバリスタとしてキャリアを積んだ後、本場フィレンツェでイタリア料理を修行した。帰国後、「WEEK神山」の求人を目にし、都心ではなく徳島の里山を働く場所に選んだのである。若者は地方から都心に出て働くものだという、これまでの常識からは考えにくいことだ。

 立山さんは「WEEK神山」で働く傍ら、農家の軒先などを借りながら、移動カフェ「エスターテ」を開いている。取材当日、農業を一から覚えたい若い移住者や、神山における地域創生の視察に訪れた企業経営者らが集っていた。温かい秋の日差しに包まれながら、多彩な人材がエスプレッソを片手に語り合う。そんな美しい里山の風景に別れを惜しみつつ、神山町を後にした。

写真③_800.jpg左/立山奈津美さんとカフェ・エスターテ  右/カフェ・エスターテに集う人々

美波町では出勤前にサーフィン、週末は農業も

 次に訪れたのは、徳島市中心部から南にクルマでおよそ1時間半の海沿いにある美波町。人口はピーク時の約1万5000人(1960年)から、今では約7000人に過ぎない。

 町の中心に近い山の上には、四国八十八ケ所霊場第二十三番札所として知られる医王山無量寿院 薬王寺がある。朱と白で彩られた瑜祇塔(ゆぎとう)が町のシンボルだ。海沿いの港町は日和佐地区と呼ばれ、古くからの木造家屋が軒を連ねる。その東側にある大浜海岸はアカウミガメの産卵地。2009~2010年に放送されたNHK朝の連続テレビ小説「ウェルかめ」の舞台にもなった。

薬王寺から望む美波町_600.jpg薬王寺から望む美波町


 美波町でサテライトオフィス誘致の中心的な役割を担うのは町役場。総務企画課主査の鍛治淳也さんと、「美波町地域おこし協力隊」サテライトオフィス誘致担当・清水彩香さんに取材した。

 美波町のサテライトオフィス誘致は、2011年にさかのぼる。当時の事情は神山町と同様、ケーブルテレビの普及で利用可能になった高速インターネットを活かし、徳島県主導でサテライトオフィスの実証実験などが行われたのである。

 その視察に来ていた一人が同町出身の吉田基晴さん。東京・新宿に本社を置く、デジタルコンテンツ向け保護ソフトウェア開発のサイファー・テックの社長である。アウトドア志向の強い吉田さんは、早速2012年に町内の公共施設に同社の新たな開発拠点を設け、翌年には登記上の本社も同地に移転した。これが美波町のサテライトオフィスの第一号となる。

 吉田さんの目的の一つに人材の獲得があった。ソフトウェア業界は慢性的なエンジニア不足に悩み、まして知名度に劣るベンチャー企業であればなおさらだ。そこで、吉田さんは「半X半IT(X=個人の趣味や生活)」を提唱し、職場とともに生活環境も魅力的にすることで他社と差別化を図ろうとした。海の近くで働けば、出勤前にサーフィン。田畑を借りれば、週末は農業で汗をかく―。といったライフスタイルである。

 果たして、この目論見は成功した。現在、美波町のサイファー・テック本社でソフトウェア・エンジニアを務める藤岡祐さんも「半X半IT」を実践する一人である。東京の大手IT企業に勤務していた藤岡さんは、「ITの仕事を続けながら、農業にも取り組みたい」という思いを抱いていたという。そこで、同社のサテライトオフィスの存在を知ると転職を決断。今では稲作や養蜂を趣味としながら、ソフトウェア開発に打ち込んでいる。

写真④_800.jpg左/鍜治淳也さんと清水彩香さん  右/藤岡祐さんとサイファー・テックのオフィス

 同社が進出した後も、IT系企業やデザイン事務所などが続いた。この陰には、移住者を快く受け容れた美波町民の支えがあったという。これにより、現在では美波町内にサテライトオフィスを設けた企業は14社に上る。この町を歩いて回ると、神山町との違いに気づいた。神山町のサテライトオフィスの大半は、古民家を基礎にして木材とガラスを多用しており、飾り気なく落ち着いたモダンなデザインである。それにより、洗練された統一感を大切にしているように思う。

 これに対し、美波町のサテライトオフィスは非常に個性的である。例えば、クラウドシステムを開発する㈱鈴木商店(本社大阪)のサテライトオフィス「美雲屋」は、漁師集落にある古民家を受け継ぎ、広い土間の壁面にタイルを貼り、会議スペースを設けている。米シリコンバレーにあるIT企業のオフィスのような、エッジの利いたセンスが光る。

三雲屋_800.jpg「美雲屋」の外観と土間の会議スペース

 また、改築した銭湯に入居しているのは、地域興しのプロデュースを手懸ける「あわえ」である。古いステンドグラスなどを大事に使うため、昭和の匂いが漂う。銭湯の浴槽の中には大きなテーブルを置き、縁を長椅子として使う。腰掛けていると、まるで湯船に足を浸けている気分になる。

あわえ改訂_800.jpg銭湯を活用した「あわえ」の外観と室内

 このような「遊び」にあふれたオフィスに共通しているのは、仕事と生活の融合である。

 大都会で働く人間には、仕事と生活を切り分けて生きることが求められる。効率良く仕事を進めながら、その余剰時間で自分の生活を送る。結果、オフィスは生産性を最優先する無味乾燥なコンクリート・ジャングルになってしまった。その上、郊外の自宅とオフィスの間を満員電車で往復する毎日では、人生は仕事を中心にせざるを得ない。

 しかし、ブロードバンドをはじめとするイノベーション(技術革新)をうまく活用できれば、仕事と生活の間の距離をぐっと縮めることができる。神山、美波両町のサテライトオフィスで働く人々がそれを証明している。里山や海辺で生活を楽しみながら、IT関係の仕事も続けられる。こうした新たな潮流は「働き方改革」の一言では収まらない。人の生き方の選択であるからだ。

大浜海岸に昇る朝日_600.jpg大浜海岸に昇る朝日(美波町日和佐地区)


(写真) 筆者 PENTAX K-1

可児 竜太

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