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感染症リスクを高める地球温暖化

=熱帯・亜熱帯の風土病が北上=

2020年07月07日

新型ウイルス

主任研究員
遊佐 昭紀

 日本では新型コロナウイルスの感染拡大がひとまず沈静化し、「新しい生活様式」を取り入れながら、経済活動を本格的に再開する段階に入った。当面は「第2波」を防ぐことが課題だが、仮にそれができたとしても、戦いが終わるわけではない。いずれ別の病原体が現れ、新たな感染症が人類を脅かすことは間違いないからだ。

 それでは、わたしたちはどう戦えばよいのか。今回のパンデミック(世界的大流行)を教訓に、新たな感染症をいち早く見つけて知らせる警戒網や、患者の急増に耐えられる医療システムを築くことはもちろん重要だ。ただし、感染症を引き起こす新種のウイルス・細菌の出現自体を撲滅することは難しい。人にうつるようになるウイルスの変異も偶然に左右されるため、有効な対策がないのが実情だ。

 とはいえ、新たな感染症の発生リスクを下げる方法が全くないわけではない。実はそのカギを握るのが、感染症と関係ないように見える、地球温暖化防止の取り組みだ。

 そもそも、新たな感染症を引き起こすウイルス・細菌のほとんどは元々、自然界に存在する。野生動物・植物などを宿主(しゅくしゅ)としていたものが、家畜や昆虫、飲料水や食物などを通じ、人間の生活圏に侵入してくるのだ。

近年の主な感染症と感染経路

図表(出所)WHOなどを基に筆者

 今回の新型ウイルスがどのように変異し、人から人にうつるようになった経緯は不明な点が多い。しかし、コウモリや哺乳類のセンザンコウといった野生動物を宿主とする可能性が高いことは、大方の専門家が指摘する。

 2014年に西アフリカで発生し、欧米に広がったエボラ出血熱のウイルスも自然由来だ。世界保健機関(WHO)によると、宿主は発生域に生息するフルーツコウモリだった可能性が高いという。そのウイルスがチンパンジーやヤマアラシなどに感染。人間がそれらの血液や分泌物、臓器などに触れることにより、流行が始まったとみられる。

 このように新たな病原体のほとんどは、自然界から人間の生活圏に持ち込まれる。世界的な急速な都市化により、自然界と人間との距離が縮まり、感染症のリスクは増大した。そればかりか、地球温暖化による気候変動も、そのリスクを高めてしまう恐れがあるのだ。

 実は日本でも、そのリスクが顕在化した「事件」が起きている。2014年、国内で約70年ぶりにデング熱の感染が確認されたのだ。東京・代々木公園が閉鎖され、ウイルスを媒介する蚊を駆除するため、殺虫剤が散布されたニュースが連日報じられていた。 

 デング熱は主に熱帯・亜熱帯で発生する風土病。ヒトスジシマカなどに刺されることで感染する。日本では太平洋戦争中、東南アジアから持ち込まれて流行したことがある。ヒトスジシマカが冬になると死んでしまうため、ウイルスは国内に定着しなかった。2014年のケースでも、寒くなるとともに感染拡大は止まった。

 ところが地球温暖化の影響に伴い、ヒトスジシマカの生息域が北上し、日本の東北地方まで到達している。都市部では排熱などにより冬でも暖かい場所が増えており、温暖化が加速するとその成虫は日本でも冬を越せるかもしれない。そうなれば、デング熱が国内でも風土病として定着してしまう可能性さえ排除できない。

 このほか、地球温暖化が引き起こす森林火災や干ばつ、洪水なども感染症のリスクを高める。野生動物が生息地を失い、人間の生活圏に逃げ込んでくるからだ。人間と野生動物の接触が増えると、感染症のリスクが高まっても不思議ないだろう。

 地球温暖化の影響は、野生動物の生息域の変化にとどまらない。2020年1月、米国と中国の研究者によるチームが、氷河から未知のウイルスを発見したと公表した。

 このチームは中国北西部のチベット高原を1992年、2015年に訪問。およそ1万5000年前から存在する氷河で採掘した氷から、30種類以上のウイルスを抽出した。このうち28種類が未発見のものだったという。今後、地球温暖化で氷河の融解が進むと、未知の病原体が放出され、パンデミックを引き起こす懸念も拭えない。

 もっとも足元では、「今回のパンデミックによる経済自粛が、地球温暖化の進行に急ブレーキを掛けたのではないか」という声も聞こえてきそうだ。確かに世界各地で工場が操業停止、航空機や自動車などの利用も激減したため、二酸化炭素(CO2)を主体とする温暖化ガス排出量は大幅に減少した。国際エネルギー機関(IEA)も、2020年の排出量が前年比8%減少すると予測する。

 「世界全体で8%」と聞けば、ずいぶん大きな量だと感じるかもしれない。だが地球温暖化は、温暖化ガス排出量の一時的な増減に左右されるものではない。これまで大気中に蓄積されてきた温暖化ガスの濃度で決まるのだ。

 国立環境研究所と国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)、環境省がスクラムを組む「GOSAT PROJECT」の推計によると、温暖化効果をもたらすCO2の大気中平均濃度は新型ウイルス感染拡大中でも右肩上がり。一時的に温暖化ガスが減少しても、濃度には影響しない。このため、「地球温暖化の進行に急ブレーキが掛かった」とはとても言えないのだ。

全大気中の二酸化炭素(CO2)の平均濃度

図表(出所)GOSAT Projectを基に筆者

 北米大陸の先住民の間では、「大地を大切にしなさい。それは親から与えられたものではなく、子どもから借りているのだ」という言葉が伝えられてきた。人間が「今」しか見ずに、地球の資源を使い切ってしまうことを戒めているのだろう。

 地球温暖化が引き起こす災害は、人間が「今」の豊かさを追い求めるあまり、子どもや孫の世代への配慮を怠ってきた結果ではないか。今回のパンデミックは温暖化が直接もたらした災禍ではないが、「早く経済活動と温暖化対策を両立させる方法を考えないと、こんなものでは済まないぞ!」という警告のように思う。

遊佐 昭紀

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※この記事は、2020年6月30日発行のHeadLineに掲載されました。

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