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「電子政府」内外動向を探る(第5回)高知県

=「課題先進県」がデジタル化で解決目指す=

2021年04月21日

内外政治経済

研究員
大塚 哲雄

 高知県では1990年から早くも総人口が減少に転じ(2021年3月1日現在、約68万7000人)、65歳以上の高齢化率も全国トップクラス(同、35.8%)に達するなど、都道府県の中でも少子高齢化が際立つ。それに伴い行政も難しさを増すが、高知県は逆手に取って「課題先進県」を自任し、難題をデジタル化で解決しようと奮闘している。

 高知県は2020年3月、「高知県行政サービスデジタル化推進計画」を策定。地方こそデジタル技術の活用が必要だとした上で、重点分野として(1)地場産業の高度化(2)新たな産業の創出(3)生活インフラの確保と暮らしの質の向上―を挙げた。以下、分野別に具体的な取り組みを紹介する。

(1)農業データを活用、約20%増えた収穫量

 まずは、(1)地場産業の高度化高度化である。高知県の強みは農業にある。特に園芸農業の生産高(1ヘクタール当たり)は全国トップの648万円を記録し、全国平均(146万円)の4.4倍に達する。ナスやミョウガ、ユズなど全国1位の出荷量を誇る農作物も少なくない。

 高知県がこの農業分野でさらなる高度化を目指し、2021年1月に運用を始めたのが、デジタル技術を活用した「IoP(Internet of Plants)クラウド」である。IoPクラウドとは、農業ハウス内のデータ(例えば温度や湿度、二酸化炭素=CO2=濃度、カメラ映像など)や、出荷データをリアルタイムで確認し、クラウド上で管理するシステムである。農家はこうしたデータを活用・分析するだけでなく、他の農家と共有することで生産性のさらなる向上を目指す。

 それに先立ち、高知県内の農家約1500戸は2015年以降、ハウス内にセンサーを導入し、データをパソコンで管理・活用しながら、生産性向上に取り組んできた。その結果、収穫量は5年間で約20%も増加。このため当初は懐疑的だった農家もデータに対する信頼感を高め、今回のIoPクラウドが登場したというわけだ。

 これについて、高知県農業振興部の岡林俊宏IoP推進監は「これまでの農業は経験と勘によるものでした。しかし、農産物はすべて植物の光合成から生まれており、実は農業は科学なのです」という。その上で、「デジタル技術の活用によって、光合成の速度を画像解析・数値化できるようになりました。この情報を個々の農家にフィードバックすれば、収穫高はもっと上がるはずです」とデジタル農業の重要性を力説する。今後、IoPクラウドを利用する農家を6000戸まで増やす方針だ。

 その一方で、人口減少に苦悩する高知県にとって、農業担い手の確保が喫緊の課題だ。岡林氏も「若い人にアピールできるよう農業をもっとカッコよくしたいと思います」という。デジタル技術の活用で生産性を引き上げ、農業に「最先端産業」というイメージを植え付けたいという思惑があるようだ。

写真ナスの生育状況を確認するセンシングシステム
(提供)高知県

(2)センサー・AIで養殖魚に「自動給餌」

 次に、(2)新たな産業の創出に関する取り組みを紹介する。1997年からの10年間で県内商品販売額が約2割減少したり、2003~2008年の全国的な景気回復の波に乗れなかったりと、高知県は地元経済の縮小に苦しんできた。

 無論、手をこまねいていたわけではない。産業振興計画に基づき、高知県は様々な施策を継続的に展開してきた。例えば2016年には県内企業を連携させ、デジタル技術活用によって諸課題の解決を目指す「高知県IoT推進ラボ研究会」を創設。その結果、98もの課題を洗い出し、それを解消する11件の製品・サービスを育成した。

 その代表例が、地元で盛んな養殖業を対象にした「インターネット自動給餌システム『餌(えさ)ロボ』」である。従来の養殖業は経験と勘に頼るため、余分に餌を与えてしまいがちだった。余った餌はヘドロとして海底に沈殿するため、コストと環境の両面で問題になっている。

 こうした中、前述した研究会に参加した企業が、魚の動きをセンサーで感知し、人工知能(AI)を活用して給餌量の自動調整を行う餌ロボを製品化したのだ。高級魚タイの場合には、空腹時に海面に上がってくる習性を利用しながら、生簀(いけす)に設置した魚群センサーと餌ロボによって最適な給餌を行える。スマホからの遠隔操作による給餌量の調整も可能だ。調整結果はAIに反映され、最適な給餌へと進化していく。

 高知県商工労働部産業デジタル化推進課の谷内康洋課長補佐は「養殖業のコストは餌代が約7割を占めます。養殖業者の経営課題に解決をもたらす、このシステムには大きなメリットがあるのです。全国の養殖業にシステムの販売を推進していきます」と期待を膨らませる。

写真生簀での課題説明会
(提供)高知県

 高知県の挑戦は地元にとどまらない。2020年4月には研究会の対象を県外企業にも広げ、「オープンイノベーションプラットフォーム(OIP)」に発展させた。今では東京都や北海道などの企業も参加する。

 畜産業では豚・牛の健康管理システム、製紙工場では異常品検査の効率化、サッカーでは試合中の俯瞰画像をコーチ陣にフィードバックするシステム...。実に様々な製品・サービスの開発に着手しており、県境を越えて新たな産業が産声を上げ始めている。

(3)デジタル化は手段、目的にあらず

 最後に触れるのが、(3)生活インフラの確保と暮らしの質の向上である。すなわち県民サービスの向上である。高知県はそれを目指す上で、まず県庁内のデジタル化・効率化に取り組んだが、実は苦い経験も味わっている。

 2001年に国が「e-Japan戦略」を打ち出したのとほぼ同時期に、高知県は庁内電子決裁システムを導入。しかし約3年でシステム運用を断念せざるを得なかったのだ。その原因の1つが、電子決裁システムありき。業務のやり方を変えなかったのだという。

 では目下、菅政権が加速させている行政デジタル化にどう対処していくのか。高知県総務部デジタル政策課の津田康平課長は「最初は紙とデジタルを併用するなど、一足飛びではなく、できることから徐々にデジタル化を進めることが大切だと考えます」と語る。その上で、「あくまで県民サービスの向上が目的であり、そこから逆算して行政事務の効率化を進めていきます」と述べ、過去の教訓を踏まえた上で業務見直しにも取り組んでいく考えだ。

 この問題は、何も高知県に限ったことではない。デジタル化はあくまでも手段であり、市民の利便性向上こそが目的である。だから、抜本的な業務の見直し・スリム化を進めない限り、その目的は画餅に帰す。今月、高知県はDX推進室を新設するなど、こうした取り組みを一段と加速させる。「課題先進県」は知恵と最先端のデジタル技術を融合させながら、農業の効率化や新たな産業の創出で「結果」を出し始めた。今はまだ芽吹いたばかりだが、やがて大きな花が咲くに違いない。

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大塚 哲雄

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