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「電子政府」内外動向を探る(第2回)韓国

=利用者目線で「ワンストップ」徹底―廉宗淳氏=

2021年04月13日

内外政治経済

主任研究員
伊勢 剛

 「『電子政府』内外動向を探る」第2回は、国連の電子政府ランキング(2020年)で第2位の韓国の事情を紹介する。1990年代後半の経済危機をバネに、韓国は行政のデジタル化を推進。今や電子政府大国として確固たる地位を固め、現下のコロナ禍対応でもその実力を遺憾なく発揮している。

 韓国が進めてきた電子政府化の特徴は、①官庁中心の行政プロセスを国民中心の行政プロセスへ大転換②中央政府や自治体にかかわらず、重複投資を徹底的に排除③業務効率を最大限引き上げるための電子政府を構築―である。

 また、中央省庁と自治体間の垣根をなくすことを目標にして、システム作りを進めた。さらに、行政だけでなく、公益企業・民間企業なども情報を共同利用可能なため、国全体で電子政府の利便性を享受できる。それこそが、国連ランキングで第2位に食い込む原動力なのである。

電子政府ランキング(2020年)

20210413_01.PNG(出所)国連



韓国の基本情報

20210413_02.png(出所)外務省、IMF

地方自治体向けシステムを政府が一括開発

 電子政府に関して、日本は韓国から学ぶべき点は少なくない。印鑑・戸籍など制度面で日本との類似点が多いからだ。韓国は住民登録証(=日本のマイナンバーカードに相当)の制度を半世紀以上前に発足させ、電子政府のインフラとした。だから、日本がマイナンバーカードの利便性・安全性の向上を検討する上では、韓国が蓄積してきたノウハウが参考になるに違いない。

20210413_03.png韓国の住民登録証
(出所)韓国行政安全部

 韓国の電子政府に対するビジョンは極めて明快だ。①インターネットを基盤に、新たな国家ガバナンス体制を構築②いつでもどこでも証明書発行から、証明書提示が要らない世界へ―この2つの実現を目指しているのだ。具体的には、電子政府法で行政機関に対して行政情報の共同利用を義務付けるほか、国民が手続きする際には「紙」の証明書を提出させてはならないなどと定めている。

 当サイトの「コロナ禍で『デジタル政府』が発揮した真価」で紹介したように、韓国の地方自治体向けシステム開発は政府の「地域情報開発院」が一括担当する。このため、自治体ごとにシステム開発予算を組む必要はない。システムの運用・管理・改修も開発院傘下の「行政情報共同利用センター」が担い、自治体の財政負担を軽減する。

 日本の一般財団法人・自治体国際化協会が海外の地方行政の状況を分析した「クレアレポート」によると、自治体行政の基幹システムの総コスト(2010年時点)は日本が年間3632億円。これに対し、韓国は総人口が日本の半分以下とはいえ、総コストは83億円に過ぎない。

1997年経済危機で本格化した電子政府化

 韓国の電子政府への取り組みは、1997年の経済危機から本格化した。「韓国は当時IT先進国だった日本から多くを学んだ」―。日本と韓国の電子政府の事情に詳しいe-Corporation.JP(本社・東京都中央区)の廉宗淳(ヨム・ジョンスン)社長(明治大学専門職大学院ガバナンス研究科兼任講師)はこう指摘する。

 廉氏によると、韓国は2000年前後、日本政府の電子化の状況を学ぶため視察団を派遣。「自治体向けシステムを含め、共同利用できるものは共同で開発する」ことの重要性を学んだという。ただし、これには言語の壁が絡んでいる。

 韓国側とのやり取りの中で、日本側は図書館システムなどごく一部で政府・自治体が共同開発を進めていると説明したつもりだった。だが、韓国側は共同利用できる分野では広範囲にわたり共同開発が進んでいると受け取った。これが、政府の地域情報開発院による自治体向けシステムの一括開発体制の構築をもたらしたという。廉氏は「通訳のちょっとした言い間違いがあったのかもしれない...」と苦笑するが、それが現在の電子政府をめぐる日韓の格差を招いたのであれば笑えない話だ。

 では、韓国の電子政府から学ぶべき点は何か。最も参考したいのは、利用者目線での「ワンストップ」の徹底であろう。前述した電子政府法に定められた行政情報の共同利用について、行政情報共同利用センターが中心的な役割を担う。それには政府・自治体だけでなく、金融や電力、ガス、教育などに関連する公益企業・民間企業が参画。この仕組みが新型コロナウイルス給付金交付の際にも大いに役立った。自治体とクレジットカード会社が連携しており、住民の申請から2日以内でカード口座に給付金が振り込まれたという。

 日本でも政府・自治体が行政システムを導入する際、「ワンストップ実現」が喧伝されるが、その実態は違う。各省庁や各自治体内での縦割りワンストップに過ぎないケースが多いのだ。これでは住民が何か手続きをしたくても、一括では進められない。

 だが韓国では、例えば政府・自治体のワンストップサイトで引っ越しサービスを選択すると、転入や健康保険、納税、免許証変更、転校手続きなど25種類もの届け出を一括で済ませることが可能。なお、転出の手続きは必要ない。自治体の住民情報は一元管理されているので、転入さえ手続きすれば自動的に転出になるからだ。日本の同じような手続きの面倒を考えると、雲泥の差がある。

 もっとも、日本と韓国の事情には大きな違いもある。例えば、個人情報の取り扱いだ。名目上は北朝鮮との戦時下にあるため、韓国では個人情報保護よりも国家安全保障が優先される傾向にある。

 一方で、軍事政権に抵抗して民主化を成し遂げた国でもあることから、個人情報に対する敏感度は日本とさほど変わらない、しかし、個人情報などを円滑に利用しない限り、利便性の高い行政サービスは実現しない。このため、個人情報の利活用とともにその監視も厳しく行われている。

 また、政治制度の違いにも着目すべきだろう。一般に韓国の大統領制のほうが、議院内閣制の日本よりも政治がリーダーシップを発揮しやすい。このため、国家権力による個人情報の一元管理についても、日本より導入しやすいのかもしれない。


インタビュー

 韓国の電子政府化と日本が参考にすべき点について、前述の廉宗淳氏にインタビューを行った。

20210413_04.jpg(提供)廉宗淳氏

 廉 宗淳氏(ヨム・ジョンスン)
 e-Corporation.JP(本社・東京都中央区)代表取締役社長、明治大学専門職大学院ガバナンス研究科兼任講師、総務省電子政府推進員
 韓国ソウル市公務員を経て1993年来日。2005年聖路加国際病院ITアドバイザー、2007年青森市情報政策調整監(CIO補佐官)、2008年佐賀県統括本部情報課情報企画監、2013年大阪府・大阪市特別参与(IT担当)、2014年佐賀県多久市ITアドバイザーなどを歴任。

 

 ―行政の縦割りや既得権益などを打破しない限り、日本の電子政府化は進まないとも指摘されますが。

 韓国で電子政府が進んだ一番の要因は民主化です。1993年に金泳三(キム・ヨンサム)大統領が就任すると、就任2日目に大統領緊急財政命令を出し、金融・不動産実名制を導入しました。これこそが、金融取引の正常化や課税の平等、不正腐敗の根絶の第一歩となり、電子政府の基盤となったのです。

 日本は大統領制ではないのでなかなか難しいかもしれませんが、(2021年9月の)デジタル庁発足が良い契機になると思います。電子政府化の効率性や利便性の向上といったメリットを政府が粘り強く訴えていけば、縦割りや既得権益を打破できるのではないでしょうか。このメリットを「アメ」として強調すると、既得権益が無くなる「ムチ」も受け入れられるはずだと期待しています。

 日本の政府・自治体は「仕事を効率化したい」「住民サービスに力を入れたい」と考えています。日本は変わらなければいけない時期に来ています。情熱と知見、能力を結集して進めていかなければなりません。

 ―電子政府化を進める上で、ITベンダーとの関係はどうすべきですか。

 政府・自治体がITベンダーにシステム開発を丸投げしないことが一番大切です。システムの主導権はユーザー側が持つべきだからです。韓国では政府・自治体に限らず、企業も情報システム部門に力を入れています。日韓の差はここにあると思います。

 例えば、銀行の勘定系システムでは2世代の差があります。日本では情報システムは企業の収益を左右する武器ではなく、単なる電卓としか思っていない経営者がまだまだ多いのではないでしょうか。政府・自治体も行政効率化や住民サービス向上の武器として、日々システムの改善に取り組む必要があると思います。

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伊勢 剛

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