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中間層再建や対中強硬継続をアピールか

=バイデン氏の上下両院演説を占う=

2021年02月02日

内外政治経済

研究員
芳賀 裕理

 2021年1月20日、ジョー・バイデン元副大統領(民主党)が第46代米大統領に就任。新大統領は演説に立ち、共和党のトランプ前政権下で深刻化した米国社会の分断を憂い、「国民と国家を結束させること(uniting)に全霊を捧げる。全国民がこの大義に加わるよう願う」と力強く訴えた。

 次に注目されるのは、2月に行われる見通しの上下両院合同会議での演説だ。どのような施政方針を示すのかに、米国ばかりか世界中が注目する。

写真就任式で演説するバイデン大統領
(出所)バイデン氏のツイッター(@JoeBiden)

歴代大統領の哲学・個性を反映する「一般教書」

 米大統領が年初行う演説は「一般教書演説」と呼ばれる。過去1年を振り返り、その実績をアピールした上で、向こう1年の内外課題に対する基本方針を示す。ただし、大統領に就任した年に行う演説だけは「上下両院合同会議演説」と呼ばれる。

 なぜ一般教書と呼ばれるのか。英語で「the State of the Union」と表記されるように、大統領が国政の現状(state)を憲法の規定に従って議会に報告するからだ。union(統一)は米国を指す古い表現である。その内容は内政から外交、経済、科学技術に至るまで多岐にわたり、歴代大統領の哲学や個性が反映されてきた。

 上下両院合同会議演説や一般教書演説は例年1~2月に行われる。財政政策の方針「予算教書」、経済政策に焦点を合わせる「経済教書(大統領経済報告)」とともに、「三大教書」と呼ばれる。

 史上初の一般教書演説は、1790年に初代大統領ジョージ・ワシントンによって行われた。 1801~1913年の間は演説がなく草稿の配布にとどまり、演説を再開したのは1914年のウッドロー・ウィルソン。1923年のカルヴァン・クーリッジからラジオ、1945年のハリー・S・トルーマン以降はテレビを通じ中継されるようになった。

 2020年2月にトランプ大統領(当時)が行った一般般教書演説では、ハプニングが起きた。政敵のナンシー・ペロシ下院議長(民主党)が、演説内容はウソだらけだとして、演説後に原稿を破り捨てたのだ。そのシーンが中継され、世界は米国社会の分断に衝撃を受けた。

写真ナンシー・ペロシ下院議長
(出所)ペロシ氏政治アカウントのツイッター(@TeamPelosi)

 2021年1月6日のトランプ氏支持者による連邦議会議事堂占拠事件に象徴されるように、米国社会は分断が加速する。また、世界中が依然として新型コロナウイルスの感染拡大に苦しんでいる。

 こうした中で、バイデン氏は2月の上下両院合同会議演説(以下「2月の演説」)で何を訴えるのか。本稿では、1月20日の就任演説などを手掛かりに、また2020年2月のトランプ氏による一般教書演説と比較しながら、今月の演説に盛り込まれそうな項目・内容を予想してみた。

中間層再建を目指すバイデン氏

 2020年2月の一般教書演説で、トランプ氏は「make America great again」(米国を再び偉大な国に)と改めて呼び掛け、保守層を中心に愛国心を刺激した。

 これに対し、バイデン氏は先の就任演説で「reward work and rebuild the middle class」(労働に報い、中間層を立て直す」と強調しており、2月の演説でも大統領選で繰り返した「Build Back Better」(より良い再建)という趣旨のメッセージを発信すると予想される。

予想されるバイデン演説の項目・内容
図表(出所)各種報道に基づき筆者

 雇用・経済については、トランプ氏は昨年の一般教書演説でコロナ禍前までの実績を誇示。雇用創出や低下した失業率、株価の上昇などについて数字を並べたてた。

 一方、バイデン氏は先の就任演説で「Millions of jobs have been lost. Hundreds of thousands of businesses closed.」数百万の雇用が失われた。数十万の企業が廃業した)と述べ、トランプ前政権のコロナ失政を糾弾した。

 バイデン氏は2020年の大統領選で、コロナ禍に直撃された労働市場で500万人の雇用を創出すると公約した。具体的には、老朽化したインフラの改修(4000億ドル)のほか、電池や人工知能(AI)、バイオテクノロジー、クリーンエネルギーなど最先端技術分野の研究開発(3000億ドル)を実行する姿勢を示している。2月の演説でもこれらに言及する可能性がある。

 新型ウイルス対策では、トランプ氏は昨年の一般教書演説で新型ウイルスについて中国と連携・協力し、米国民を脅威から守り、必要なすべての措置を講じると強調していた。だが実際には対策が後手に回り、感染拡大を招いてしまった。

 これに対し、バイデン氏は就任直前の1月14日、1.9兆ドル(約200兆円)規模の新型ウイルス対策案を発表。就任演説でも「We can overcome the deadly virus.」(命取りになるウイルスは克服できる)と自信を示した。2月の演説でもそれに最優先課題として取り組み、景気の早期回復を目指す姿勢をアピールするだろう。

 また、バイデン氏は就任直後、トランプ氏が打ち出した世界保健機関(WHO)脱退について、それを撤回する大統領令に署名。これについて、WHOのテドロス事務局長は「人の命や生活を守るために、世界が団結することの重要さを示した」と高く評価する。2月の演説でも、バイデン氏は国際協調を重視する姿勢を鮮明にするのではないか。

株式市場が懸念する増税には慎重?

 税制ではトランプ氏は大型減税を断行し、米経済を活性化。株価も史上最高値の更新を繰り返した。その一方で、富裕層がますます富み、中間層は没落して貧困層が拡大したとの批判を浴びた。

 これに対し、バイデン氏は大統領選でトランプ減税を撤廃すると公約。法人税率や相続税率、高所得世帯向け税率の引き上げを提案した。一方、株式市場の関係者はバイデン増税が株価に冷や水を浴びせかねないと危惧する。

 財務長官に就任したジャネット・イエレン前米連邦準備制度理事会(FRB)議長は1月19日の上院公聴会で、「目先は財政出動による経済回復に注力し、増税は長期的に検討していく」と証言したため、ウォール街はひとまず胸を撫で下ろした。

写真財務長官に就任したイエレン前FRB議長
(出所)イエレン氏のツイッター(@JanetYellen)

 このため、バイデン氏も2月の演説では増税に触れないか、あるいは慎重な姿勢をにじませる可能性が強い。だが予想に反して増税を強調した場合、株式市場で波乱が起こるリスクもある。

 ヘルスケアでは、トランプ氏は保守層の意向を受け、オバマ政権のレガシー(政治的遺産)である医療保険制度改革(オバマケア)の廃止を目指した。

 これに対し、バイデン氏は副大統領としてオバマ大統領(当時)を支え、その後継者を自任する立場から、オバマケアを拡充する方針。就任演説でも「make healthcare secure for all」(全国民のヘルスケアを確かなものにする)と公約しており、2月の演説でもオバマケア拡充の必要性を訴える可能性がある。

対中強硬と国際協調のバランスは?

 外交政策では、バイデン氏はトランプ前政権下で悪化した欧州連合(EU)各国などとの関係修復に乗り出す方針。就任演説でも、「We will repair our alliances and engage with the world once again.」(同盟関係を修復し、再び世界に関与する)と強調した。

 実際に就任早々、メキシコとの壁の建設を中止する大統領令に署名するなど、移民政策をトランプ前に戻す姿勢を示す。2月の演説では、バイデン氏が「世界のリーダー」としてどのような決意を表明するかがポイントになる。

 二国間関係では、対イラン政策などに注目が集まる。米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は、トランプ氏が脱退を決定したイラン核合意について、バイデン氏は合意復帰を目指すと報じている。2月の演説の中で、バイデン氏がイランや北朝鮮などについてどう言及するかにも注目したい。

 通商政策では、トランプ氏は昨年の一般教書演説でも「アメリカファースト」(米国第一主義)を強調。在任中、中国に「不公正貿易」のレッテルを貼ってバッシングを続け、3度にわたる追加関税などで習近平政権を締め上げた。

 バイデン氏もトランプ前政権の対中政策を基本的に継承するとみられる。米紙ニューヨーク・タイムズに対し、バイデン氏は「トランプ氏が中国に課した関税を即座に撤廃することはない」と明言している。その背景には、米国全体の世論が反中・嫌中に傾いている現実がある。

 ただし、通商政策全般では世界貿易機関(WTO)などを通じた、国際協調・多国間貿易交渉を重視するとみられる。2月の演説では、対中強硬姿勢と国際協調のバランスをどう取るかに関心が集まりそうだ。

写真対中強硬と国際協調のバランスは?
(出所)バイデン氏のツイッター(@JoeBiden)

「パリ協定」復帰も目標達成は?

 気候変動政策では、トランプ前政権が地球温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」から離脱。一方、バイデン氏は就任直後、同協定へ復帰する大統領令に署名した。

 また、バイデン氏は大統領選で脱炭素社会の実現に向け、「環境関連のインフラ投資に向こう4年間で2兆ドルを投じ、2035年までに電力部門の二酸化炭素(CO2)排出ゼロを目指す」と公約していた。

 気候変動対策でもトランプ政権からの大転換を目指すバイデン氏だが、米メディアには「温室効果ガスの削減へ向けた目標の達成には、確実に困難を伴う」(WSJ)といった冷やかな見方もある。2月の演説では、気候変動対策の実効性をアピールできるか否かが焦点になるだろう。

芳賀 裕理

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