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「混乱の平成」経済小説をドラマ化

=「ハゲタカ」原作者・真山仁氏インタビュー=

2018年07月17日

内外経済

客員主任研究員
田中 博

 2018年7月19日から毎週木曜午後9時にテレビ朝日系列で綾野剛さん主演のドラマ「ハゲタカ」が始まる。原作は2004年に刊行された小説家・真山仁氏の同名の小説とその後のシリーズ作品。経済小説としては異例の累計230万部の売り上げを誇る。

 バブル崩壊後の日本に、外資ファンド代表として現れた鷲津政彦が、世間の激しいバッシングをものともせず大銀行と対峙(たいじ)、名門企業などに次々と買収劇を仕掛け、緻密な戦略と情報を駆使した末に勝利していく様を描いた。既成の秩序に挑む主人公の鷲津は冷徹なアンチヒーローであり、テーマも企業の合併・買収(M&A)という専門分野にも関わらず、多くの読者を魅了し、今また映像化されようとするのはなぜか。

 ドラマ化に当たって真山氏にインタビューし、「ハゲタカ」に込めた思いや現在の著作活動などについて話を伺った(取材は2018年5月15日)。


20180709_01.jpg真山 仁氏(まやま・じん)

 1962年大阪府生まれ。1987年同志社大学法学部政治学科卒業。同年中部読売新聞社(現・読売新聞社中部支社)入社、1989年同社退社。フリーライターを経て、2004年「ハゲタカ」でデビュー。その後「ハゲタカⅡ」「レッドゾーン」「グリード」とシリーズ化、8月に第5弾となる「シンドローム」を講談社から刊行予定。その他の著書に、日本の食と農業に焦点を当てた「黙示」、3・11後の政治を描いた「コラプティオ」、国家財政危機を題材にした「オペレーションZ」などがある。テレビの報道番組にもたびたび出演し、経済だけでなく、政治や社会問題など幅広いテーマに斬り込む論客でもある。



20180709_02.jpg(提供)テレビ朝日

 ―平成は日本経済にとって失われた30年とも言われます。「ハゲタカ」は2007年にもNHKでドラマ化されていますが、今回平成の世が終わるタイミングで再びドラマ化される意義や意味をどのように感じていますか。

 年号のネーミングとは真逆の、暗黒と混乱の平成が始まったのは1989年ですが、われわれがバブルの崩壊を実感したのは1995年ぐらいでしょうか。奇しくも、ハゲタカの物語と時代が並列で動いているのです。実はテレビ朝日からは「平成を締めくくるにふさわしい象徴的な作品として考えています」と言われました。視聴者の方が、大河小説みたいにハゲタカを通して改めて平成を振り返っていただければいいなと思います。

 今となっては、社会人でも30代はバブルの時代を知らないし、分別がつく年齢ということを考えると、どうかしたら40代半ばぐらいまで当時のことをよく分かっていないわけです。ただ、バブルにはディスコで派手に踊るようなイメージがあって良かったように言われるけど、現実に恩恵を受けたのはごく限られた人だけ。多くの日本人にとって浮かれていたという印象はないし、少なくとも私にはない。

 だからバブル崩壊以降の不幸な世代と言われている人たちにも、通して平成の30年間を振り返ることによって、イメージと現実との間にズレがあることを感じてもらうという点でも意味があるのではないでしょうか。

 ―平成は経済大国・日本が下降線をたどる時代。日本経済の姿が象徴的に描かれています。

 恐らくこの30年ほど世界を見回しても、歴史を経済の視点で見たことはなかったと思います。20世紀初めの大恐慌が起きた時代でも、その一方でファシズムが席巻したり、大正デモクラシーが湧き起こったりと、主役は政治だった。ところが平成になって政治が経済に振り回されるようになったじゃないですか。その間に起こったバブル崩壊やリーマン・ショックもそう。経済をコントロールすべき政治が、逆に経済を解き放とうと規制を外してきたことで、歯止めが利かなくなった。

 もともと私は経済が得意なわけではない。本来は社会や政治から日本の仕組みを見たいと思っていたのが、お金なしでは語れなくなってきた。経済の力が世界、地球を回しているという実感は、明らかにこの30年の間に強くなったと思いますね。

 ―その中で作品としてなぜファンドを取り上げ、M&Aを描いたのですか。

 経済には人の欲望が露骨に出るから面白い。政治や社会など全てのジャンルの中で最も感情を排しているように見えるのですが、実は経済ほど感情的なものはないと思っています。それは人間の欲望と密接に関わるからです。

 名経営者といわれる人が晩節を汚すケースで多いのは名誉欲だったり、後継者への対抗意識や嫉妬にとらわれたりすることで、身を引くタイミングを誤ってしまうのです。感情を数字というコーティングで見せないようにしているだけで、一枚めくればドロドロの世界が渦巻いている。

 ファンドや外資系金融機関が登場するM&Aの世界も、一見すると感情とは無縁のようですが、実際は生々しくてずる賢い欲望のゲームが繰り広げられています。例えば、買収される企業の経営者がどれだけ愛社精神を訴えて抵抗したとしても、いきなりゴールデン・パラシュート(高額の退職金)を示されたら、買収者に対して「私は何をしたらいいでしょうか」と豹変する。

 昔シェイクスピアが人間の業を描いたときは、プライドや血族などもっと生臭い人間の話が中心にありましたが、今や人は地位やお金で簡単に転んでしまう。だから買収劇を通して、現代の人間の業を描きたかったのです。

 ―主人公の鷲津は、そうした世の中を冷徹に読み切っているわけですね。

 鷲津はアンチヒーローであって決して正義の味方ではありません。基本は「悪対悪」の戦いなのです。そんな鷲津みたいな人物が支持される世相というのも、今の時代を象徴していると思います。

 高度成長期は頑張れば報われる社会であり、少なくとも右肩上がりの時代には、平等ではなくても大きくなったパイをみんなで分け合うことで豊かさを実感することができたのです。それがだんだん停滞期になって退廃的になり、今までの方程式が全然通用しなくなった。

 いい大学を出て一流企業に入って幸せになるはずが、歳を取るといきなり「出て行ってくれ」と言われる。あるいは勉強ができたのに、勉強できない人のほうが幸せになっている。

 お芝居の中で見る不条理ではない、現実的な不条理がたくさん出てきたときに、「自分が報われないのは自分が悪いんじゃない。社会にひずみがあり、そのひずみをうまくつかむ人が成功するのであって、自分たちは真面目だからそれが分からない」と考えるのでしょう。

 アンチヒーローと言われる人たちは、悪いことは承知の上だし、それを他人にも隠そうとしない。誰もが自分はそうはなれないと思っているところに、もっと悪い奴が現れたときに戦って勝ってくれたら胸がすくんですよ。

 純白な正義の味方もいなくなったけど、真っ黒な悪者もいない。善人面している人からお金を取るような義賊が今の時代感覚に合って、受け入れられているのかなと思っています。

20180709_03.jpg(提供)テレビ朝日

20180709_04.jpg(提供)テレビ朝日

 鷲津を描く際に気を付けているのは、かっこいいことも言うし、武士道精神にのっとったサムライ魂の男であるかのようにカムフラージュしていますけど、必ずどこかでスカしたい男だということです。本当はいい奴かもしれないけど、お金は欲しいからっていうスタンスは変えていません。

 ―小説では鷲津のライバルとして元銀行員でターンアラウンド・マネジャー(再生請負人)に転じる芝野健夫という人物も出てきます。鷲津が「悪」、芝野は「善」という位置付けですか。

 芝野が本当に善かというと、時々ひきょうなこともするし、要領もいいし、機を見て敏なところもある。絶対大損する人ではないのですよ。でもあれこそかつての日本の「できる人」なんです。生臭い正論を吐いて、われに義ありと言っているけど運命共同体で沈む船には乗っていない。バランス感覚なり適合力という言葉が、日本のビジネスマンの最大の美徳と言われるじゃないですか。

 「ハゲタカ」を発表してそれなりに多くの人に読んでいただけるようになったときに一番驚いたのは、7対3の3ぐらいで芝野のファンがいることでした。昔の旧態依然としたエリートがきれいごとを言っているのに対して、みんなが駆逐されればいいのにと思っているのかなというと、そうではない。特に中間管理職以上の人が芝野に感情移入して泣いているそうです。

 小説の手法では、ヒーロー一人を見せるだけでは絶対的な存在になってしまうので、対立するカウンターパートを立てたりする。鷲津をより際立たせるために芝野というキャラクターを使ったのです。それが想像以上に多くの読者に共感していただいた。これが日本人の好きな姿なのだなと実感しました。外国の小説しか読んでこなかった私には分からない感覚でした。

 ただ、若い人には鷲津のようになってほしいと思います。サイン会を開くと「鷲津に憧れて今、投資銀行で働いています」という若い人が必ずやって来ます。実際の外資系はもっとウェットで上司に気に入られなければならないし、ある意味、日本の会社以上です。そういう意味では鷲津みたいな一匹オオカミになるのは難しいけれど、やっぱり若い人が鷲津に憧れてくれるのはうれしいし、書いて良かったなと思っています。

20180709_05.jpg(提供)テレビ朝日

 ―ハゲタカシリーズに限らずエネルギーや農業、国家財政など経済のさまざまなテーマをとり上げてきました。最近では「週刊文春」でノンフィクション連載「ロッキード」を始めるなど領域を政治の分野にも広げていますね。

 これまで描いてきたのは、お金のうねりこそがいろいろなものを飲み込んでいた時代でした。しかし、2011年に東日本大震災が起こってから、経済の仕組みレベルでは多分この国は変わらないなと思い始めました。根本的な社会のシステム全体を変えるためには市場の力や企業の力では無理で、政治の力が必要だろうなと考え始めたのです。

 例えば働き方を根本的に変えたり、成長できないことを前提に社会の仕組みを考えたり、少子高齢化問題を考えたりするときに、われわれとしてはどういうカードを切らなきゃいけないかとか考えるのは政治です。世界を見渡しても、ある意味常識を完全に逸脱したことを国の為政者たちがやり始めている。これを止めるためにはもっと多くの人が政治を理解しないといけないと思います。

 私は「3・11」以前と以後というのは戦前と戦後ぐらい大きな変化があったような気がするんです。「災前」「災後」とでも呼んだらいいのでしょうか。その意味で2018年というのは、私にとってものすごく重要な二つのことが始まったエポックな年なのです。

 一つは、ハゲタカシリーズ第5弾となる「シンドローム」の単行本化です。8月に刊行する予定で、東日本大震災後の原発問題をテーマにしたものであり、日本の根幹に関わる題材を扱っています。

 ずっと経済を軸足に書いてきたのですが、集大成と言ってもいいでしょう。エネルギー問題があり、M&A、国の財政問題、さらに被災地とどう向き合うのかといったテーマも含まれています。現代の経済歴史小説として歩んできたハゲタカシリーズでは第4弾の「グリード」で、リーマン・ショック後のアメリカ企業に対する買収劇を描きましたが、必然的にその後は3・11に飛ぶしかなかったのです。

 もう一つは、「ロッキード」。今の政治を見ていても、日米関係を見ていても、なあなあで流れていっている感じが否めません。これはどこから始まったんだろうかと考えたときに、多分ロッキード事件なんだろうなと思ったのです。

 「週刊文春」とのやり取りで最初は「小説でやりますか」と聞かれました。でも、この話を小説でやるのは逃げでしょう。正直、架空の名前ならばいくらでも面白くできますよ。でも、ひきょうだと思ったんです。これは向き合うべきだと。

20180709_06.jpg ―それで今回初めてノンフィクションを手がけることになったのですね。

 これまでフィクションを書き続けてきた理由は、ノンフィクションをやっても調べたことの価値が必ずしも表現できないんじゃないか。結局、何が言いたいか分からなくて終わるんじゃないかと思っていたのです。フィクションであれば本質を見せることができるという確信は持っているので。

 しかし、これだけロッキード事件に関する新たな情報が毎年延々と出てきているのなら、1枚1枚めくっていけば自分なりの本質が出せるのではないかと思い直しました。

 取材を始めてみて思ったのは、あまりにも最初から田中角栄=ワルありきで進んでいたのではないかということです。角栄は金にまみれている政治家の代表であり、アメリカを怒らせたからこうなったのだという構図が見えすぎているのです。

 文春からは「真山さんは日米関係について独特の視点を持っている。どちらかというと両国の関係をこれでいいのかと思っている。検察庁は小説でやっているし、政治の仕組みやお金の流れも全部小説で培ってきたではないか。だから角栄をやるのに、ロッキード事件を描く素材をあなたが一番勉強してきたはずだ」と言われました。

 こうして追い詰められて、ノンフィクションでやるのは必然だろうなと腹をくくったわけです。

 ―ロッキード事件を書いていく上で念頭に置いていることは何ですか。

 政治のプロフェッショナルでない私が、彼らの言う"当たり前"を純粋になぜかと問うていければ、一方的なものの見方だけではないものが浮き彫りになってくるのではないでしょうか。

 実はこれを書くのは通説との戦いだと思っていたのです。簡単にこの壁は破れないかもしれないと思いましたけど、いろいろな人にお会いしたり、当時の資料や文書に目を通したりすると、このもろさは何だろうなと感じ始めました。

 実際、すごく危ないバランスの上に乗っかっているんです。世論とかムードとか、事の順番もそうですよね。

 例えば角栄が日本改造論を出すタイミングが違っていたらああはならなかっただろうと思いますし、事件当時の総理大臣が三木武夫でなければどうだったのかなど、たくさんの「イフ」があるわけです。フィクションだと恥ずかしくて書かないような、あり得ないことやミスも現実にはたくさん重なっています。

 ただ、当時の政治家たちを見ていると、少なくとも独立した国家として踏ん張らなければいけないという気概があったような気がします。背中に負っているものがあった。ところが今は、経済がどんどんダメになっていったように、政治の劣化も著しいのではないでしょうか。

 メディアも同様で最近公開されたハリウッド映画「ペンタゴン・ペーパーズ」だって今の人から見たらSFの世界ですよ。ちょうどロッキード事件のころの実話ですが、国防総省の極秘文書を開示していこうと新聞社が戦っていたわけです。

 日本でも今重要な問題が山積しているのに、アイドルの不祥事なんかのニュースがずっと大きくとり上げられたりする。私なんかどちらかと言うと批判的な小説を書いているし、何でこんなつらい時代にハッピーエンドにならない厳しいものばかり書くのかと言われますけど、つらいからこそ書くべきだと思います。

 現実に起きているつらいことに目をそむけてホームドラマやお笑いでごまかされていると、現実逃避するようになる。極論すれば戦争になっても誰も止められない。そういう人に限って後から、「だまされた」と言うんですよ。でもそうではなく、見て見ぬふりをしてきただけなのです。そうさせないためにも警鐘を鳴らすことによって、興味を持ってもらわなければいけない。

 ―テレビ番組でコメンテーターなどとして活動の幅を広げているのもその一環ですか。

 報道番組にしか出ないように努力をしていますが、打ち合わせをすると何となく私が呼ばれた理由が分かります。でも話の流れの中で期待された通りに落ちないかもしれないし、他の人がイエスと言う話をそうじゃないと言えるスタンスも守りたいと考えて話をしています。だからこそ呼ばれる頻度が増えてきたのかなと思っています。

 ただ、批判的な発言をするときに大事なのは、野党的にあれも反対これも反対、あれもダメこれもダメとするのではなくて、ほかの選択肢もあるし、論じないこと自体がリスクなんですよと言うこと。それを分かってもらうように努めています。

 ―個人的なことをお聞きしますが、なぜ小説家を志したのですか。

 小説家になろうと思ったのは15歳のときです。小学生のころからみんなが見ないものばかり見ていて、学級会で1対45で始まった話し合いを、最後には過半数の意見を翻らせて逆転するのが趣味だったような困った子だったんです。

 でも反対のための反対ではなくて、そんなにすんなり決めていいのと思うから少数意見を主張していたのであって、もちろん全てが逆転できるわけではなく、原案通りのこともあったけど、こんな意見もあったよねと認識していくことが大事だと思っていました。

 サッカーをやっているときでも、皆がボールに集まるほうには行かず、ここに出てくるんだろうなと思う誰もいないところで待っていればボールが出てくる。別に心眼があるわけもなく、一歩引いてみれば当たり前のことで広いところにボールは出てくるわけです。

 そういう視点を持っていることは、もしかしたら歌がうまいとか足が速いとかというのと一緒かもしれない。大なり小なりみんな自分は何で生まれたんだと考える時期があるじゃないですか。自分の中に強い特質や才能を見つけられれば一生の仕事にしたいと思うのでしょうが、私の場合はどうもほかの人と違うことが見えて、思い込みかもしれないけど何となく役に立っている。じゃあそれをどのように活かせばよいだろうかと考えたのです。

 政治家や弁護士などいろいろ考えました。でも一人の影響力って限界があるよなと思ったときに浮かんだのが小説家でした。自分自身も本から大きな影響を受けてきましたが、なるほどたった一人の人間が書いたものが、こんな多くの人にメッセージを届けていることが分かりました。挑戦するには高い山のほうがいいのでやってみようかなと思って15歳から懸賞小説に応募し始めました。

20180709_07.jpg もちろん高校生でそんな簡単にデビューなんかできないわけで、どうやったら憧れているイギリスの作家たちのようになれるのかなと思って調べたら、彼らの多くが記者上がりだったんですよ。

 フレデリック・フォーサイスやブライアン・フリーマントルの小説を読むと、人間ってこんなひどい裏切りをするんだとかいうところが非常に面白いし、社会や政治についても考えさせられる。取材力や分かりやすい文章、人脈が大事だろうと見据え、自分もまずは記者になろうと、「赤本」で新聞社にたくさん入っている大学を探したわけです。

 ―そこから始めたんですね。

 そしていくつか受けた中で同志社大学に入り、就職でも最後の最後で中部読売新聞社の記者になったわけです。最初に警察担当として配属されましたが、面白くて天職だと思いました。当時は警察嫌いな記者が多い中、大事にもされました。ただ、これ以上いると会社にとっていい記者になるだろうけど、小説家になりたいという気持ちが薄れていくのだろうなと思い、一度地べたに降りたほうがいいなと2年半で辞めたのです。

 基礎は新聞記者時代に培いましたけど、人に何かを伝えるという点では、その後のライター時代の経験が生きています。主にエンターテインメントの広告記事しか書いていないのですが、売れ行きが悪いコンサートや公演、舞台などを、いかにうそをつかないで書くかということで腕を磨きました。

 結果的にその広告記事でチケットがよく売れたので、途中からは私に頼んで売れないなら仕方ないという雰囲気になっていきました。実際に自分で舞台を見て絶望的になったり、興味が湧かなくても、どう書けば興味を持ってもらえるのだろうと必死に考えました。

 今考えたらその人の立場になって何かを見るという視点は、さまざまな登場人物を描く上で役に立っています。だから、嫌な仕事はない。どこにでも入れるんですよ、気持ちが。

 ―今、たくさんの仕事を抱えているとお聞きしています。どうやって管理しているのですか。

 連載は4本抱えていて、400字詰め原稿用紙で月に320枚、本だったら2カ月で一冊出せる分量です。そこで仕事ごとに音楽を変えて頭を切り替えます。

 一般の人にお勧めなのは歌詞が分からないもの。歌ってしまって気が散ることもあるからです。自分の場合は、映画のサウンドトラックがいいですね。連載が始まるまでよく映画館に行ったり、DVDを見て合う曲を探したりしています。これはライター時代から続けている方法で、音は全てを遮断してくれますし、仕事に完全に没頭するとその音も聞こえなくなります。そして潜在意識の中にあるものを引き出してくれるのです。

 あと、特定の場所でしか仕事ができないというのは止めたほうがいい。音楽一つで没頭できるので、新幹線の移動中でもすぐ仕事場になります。

 行き詰まったときは散歩をしています。歩くとふくらはぎと心臓に刺激を与えられるのでだんだん脳の血の巡りが良くなってきます。最初は逆に関係ないことも頭に浮かぶのですが、歩いて少し疲れてくると濾(こ)されていく。

 最近では歳を取ったせいか無理をしなくなりました。体力が落ちて睡眠時間をきっちり取らないと頭が動かない。昔は一つ仕事をやったら、「はい次」という感じだったのですが、今はひと区切り着いたら、自分へのご褒美で1時間だけ映画を見るというようなことをやっています。

 若いころと比べると、ものすごく密度の高い時間の使い方をしていますね。人間の能力には限界があるので、何を優先すべきか考えて、やれる範囲の中で限られた時間の中で集中してやれるようになりました。今はやりの働き方改革を自分で実践しているようなものですね。

20180709_08a.jpg(提供)真山仁事務所

(写真)提供以外は西脇 祐介
PENTAX K-50

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※この記事は、2018年6月29日発行のHeadLineに掲載されました。

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