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雇用確保の重要性

直言 第5回

2014年10月01日

内外政治経済

所長
稲葉 延雄

 今年4~6月期の国内総生産(GDP)が消費税増税前の駆け込みの反動から、前期比年率マイナス7.1%と大きく落ち込んだ。これは事前に予想されていたことではあったが、落ち込み幅が幾分大きかったために、この先の成長加速を疑問視する声が増えている。また、デフレ脱却を通じて経済を活性化するという、アベノミクスに対する期待感もやや後退している。英国のフィナンシャル・タイムズ紙は、政府の成長戦略を含め三本の矢は的を射ていないと批判している。

 しかし雇用関係の動向を見ると、有効求人倍率は1倍を超え、求人数が求職者数を上回ってきた。同様に、失業率は振れを伴いつつも4%を下回っている。この失業率の水準は主要先進国の中でもとりわけ低い。その背景に存在するGDPギャップ(総需要―総供給)は、2008年のリーマン・ショック直後は7%もの供給超過であったのに、今では2%内外にまで縮小した。日本経済は着実に完全雇用に近づいている。

 この結果、人々の間では雇用不安が大きく後退し、この面での先行き安堵感が広がっている。消費者態度指数も、消費税増税直後は一時的に後退したが、ここへ来て上昇傾向にある。

 産業界では、業種によっては「人手不足に直面している」「人手を集めにくくなっている」と訴える先が増えている。すなわち、合理化・省力化投資を行いながら、いかにして少ない人手でビジネスを継続・拡大していけるか、創造的な経営が問われている。とはいえ、人手が余剰で人員削減を迫られた過去の作業と比べれば、建設的な悩みであり、産業界の取り組みにも活気が感じられる。

 成長加速への取り組みは引き続き重要であるが、同時に、人々の豊かで安定的な生活を守るため、経済の無用な変動を回避し、雇用を確保していくことも大変大事なことである。リーマン・ショックを契機とした国際金融危機の勃発の折には、世界の需要が大きく落ち込んだ。日本経済もひどく揺さぶられ、経済は労働力や設備が余ってしまう「供給超過」となり、人々は長く不安定な雇用に悩まされてきた。しかしその後の様々な努力の結果、わが国はようやく、そして世界の先進国に先駆けて雇用不安の払拭に成功しつつある。

 このように大きな経済ショックがあると、それまで維持してきた雇用の確保があっという間に崩れ、その修復に長い時間を要してしまう。それだけに主要国の政策当局としては、バブルその他の大きな経済ショックを再び招き入れることのないよう、政策運営の誤りなきを期してほしいと思う。これは成長戦略に劣らず重要なポイントである。

稲葉 延雄

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※この記事は、2014年10月1日に発行されたHeadlineに掲載されたものを、個別に記事として掲載しています。

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