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「地球の肺」が世界に発信したメッセージ

=アマゾン熱帯林火災と温暖化対策=

2020年01月16日

地球環境

研究員
間藤 直哉

 地球上の各地で大規模な森林火災や山火事が発生した2019年。特に世界の大きな関心を集めたのは、ブラジルを中心とするアマゾン川流域でなお延焼中の熱帯林火災である。

 緑色の絨毯(じゅうたん)の中から、灰色の煙が吹き上がり、オレンジ色の炎が燃え盛る。焼き尽くされた大地に残ったのは黒と白のモノクロの世界...。インターネット上で繰り返し再生されてきた空撮映像を初めて見たとき、何と表現してよいか分からない衝撃を受けた。「地球の肺」と呼ばれるアマゾンの美しい森林が、抵抗する術(すべ)もなく破壊されていく...。心の中が嫌悪感でいっぱいになった。

写真
アマゾンの熱帯林火災
(出所)ブラジル環境・再生可能天然資源院

 アマゾンの火災自体は珍しいことではない。しかし今回は消火活動の遅れもあり、2019年6月頃から火災件数が例年より増え始め、8月には前年より85%も増加している実態が判明。世界中から非難が殺到した。

 その後何とか落ち着いたものの、ブラジル国立宇宙研究所(INPE)によると、2018年8月~2019年7月の1年間にアマゾン盆地に位置するブラジル9州で失われた森林面積は、前年より約3割増加して1万平方キロに迫る勢いだ。

アマゾンの森林消失面積

図表
(出所)ブラジル国立宇宙研究所

 オーストラリアではコアラ1000匹が犠牲に

 事はアマゾンにとどまらない。同じ頃、オーストラリアではシドニーを州都に抱えるニューサウスウェールズ州で山火事が発生。東京都の7倍に匹敵する1万6500平方キロと、住宅600棟以上が焼失、6人が死亡した。火事は北隣のクイーンズランド州でも発生しており、ニューサウスウェールズ州と合わせて野生コアラ1000匹以上が犠牲になった可能性も伝えられる。

 米国では、カリフォルニア州ソノマ郡の山火事で約300平方キロが焼失。同郡の陸地面積(4082平方キロ)の1割近くが致命的な被害を受けた。半世紀前の1970年代と比べると、同州の山火事による年間焼失面積は約5倍に増えている。

写真
カリフォルニアの山火事(2014年)
(提供)横浜国立大学大学院環境情報研究院

 このほか、アラスカやシベリアなどの北極圏でさえ、前例のない規模の山火事が起こっている。北極圏とその周辺を合わせると、8万3000平方キロに上る森林が焼失。大気中に放出された二酸化炭素は100メガトン以上とも推定され、ベルギー一国の年間排出量を上回ると報じられている。

 地球上で頻発する森林火災や山火事の原因には、人為的なものもあれば自然発火もある。アマゾンについては焼き畑農業の不始末に加えて消火作業が後手に回るという、人為的なミスが重なったため、世界中から批判の集中砲火を浴びることになった。

 いずれにしても、貴重な森林が消失する事実には変わりない。そこで今回、こうした山火事と地球温暖化の関係などについて、森林生態系や生物多様性に詳しい横浜国立大学の森章准教授にインタビューを行った。


写真 森 章氏(もり・あきら)
 横浜国立大学大学院環境情報研究院准教授。2011年4月から現職。生態学を専門とする。
 2004年3月京都大学大学院農学研究科博士課程修了、博士(農学)。
 カナダ・サイモンフレーザー大学博士研究員、横浜国立大学特任教員(助教)、カナダ・カルガリー大学客員研究員、オーストリア・ウィーン天然資源大学客員研究員などを歴任。

(写真)筆者 GRIII


 大規模火災と地球温暖化の因果関係

 まず山火事が発生する原因としては、森准教授は自然発火が多いと指摘する。その典型例は、大気が過度に乾燥した後、草木が乾き切ったところに落雷などで火が着いて燃え広がるケース。「地球温暖化の影響で乾燥地域では乾燥が一層進み、山火事が大規模化しやすくなっている」ため、カリフォルニアや北極圏で大火事になったのも偶然ではない。

 一方、日本のように海に囲まれている国や、アマゾンに代表される湿潤な地域では、自然発火による大規模な山火事は起こりにくい。森准教授は「今回のアマゾンについていえば、人為的な火災」と指摘する。

 逆に、森林火災や山火事が地球温暖化に及ぼす影響はどうか。樹木に蓄積されていた炭素が燃えると、二酸化炭素となって大気中に放出され、それが温暖化を促す。特にアマゾンの熱帯林火災が深刻なのは、鎮火後に焼け跡の大半が農地へ転用され、森林の再生可能性が低いという点にある。つまり光合成(=大気中の二酸化炭素を吸収して酸素を放出)を行う森林の面積が減り、「地球の肺」の機能が衰えてしまうのだ。

 ただしそれに関しては、相反する2つの説がある。まず長い間唱えられてきたのが、「アマゾン熱帯林は生長し切った老齢林が中心のため、そもそも炭素を取り込む力が非常に衰えている。だから火災で焼失しても、温暖化への影響はさほどではない」という説である。

 これに対して森准教授を含め最近の研究者の間では、「老齢林でも大木は光合成を行うほか、古木が枯死したり倒れたりした後に次世代の樹木が育つため、全体としては炭素を吸収している。それが火災で焼失すると、アマゾン熱帯雨林の炭素吸収量が減って結果的に温暖化を促してしまう」という説が有力になっている。森准教授は「二酸化炭素を吸収して酸素を生み出してくれる、『地球の肺』の(光合成)機能が年々失われている現状を認識すべきだ」と警鐘を鳴らす。

 国際的な枠組み始動に期待

 このように大規模な森林火災と地球温暖化は表裏一体の関係にあり、どこかで断ち切らなくてはならない。少なくともアマゾンのような人為的な火災に対しては、早急に手を打つべきだろう。

 しかし、現実はそう簡単ではない。アマゾンの火災の起きた地域では、焼き畑農業が行われている。地元住民は火入れをして土地を開き、そこを牧草地として利用したり、大豆などを栽培したりする。大変な苦労を伴う上、2~3年経つと農作物が取れなくなるため、畑を捨てて移動しなくてはならない。

 火入れは火災原因として糾弾されるが、地元住民にとって焼き畑は生活の糧を得る重要な術(すべ)である。森准教授も「『火入れはするな』『森林を伐採するな』と、先進国側の理屈だけを押し通すことはできない」と指摘する。

 アマゾン熱帯林火災でも分かるように、地球温暖化問題では関係者の利害が国境を越えて複雑に絡み合う。こうした中、有力な解決策の1つとして浮上している国際的な枠組みが、「REDD+」(レッドプラス=森林の減少・劣化による温室効果ガス排出の削減)である。

REDD+の基本的な考え方
図表
(出所)森林総合研究所

 具体的には、①開発途上国が森林減少などに伴う温室効果ガスの排出量を計測②その排出量に基づいて参照レベル(=森林保全対策を何ら講じない場合の予測排出量)を設定③将来のある時点(例えば5年後や10年後)で実際の排出量を計測④それが参照レベルを下回れば、その分をクレジットとして獲得⑤そのクレジットを先進国へ売却―といったメカニズムになる。森林保全に努めれば、途上国は利益を上げることができるのだ。

 途上国政府が焼き畑農業を生活の糧とする地元住民との間で合意を得られるかなど、困難な課題も指摘される。また、クレジット欲しさのあまり、途上国が成長の速い樹種ばかりを植林すると何が起こるか。二酸化炭素の早期吸収には効果はあったとしても、生物多様性の観点からは問題が生じかねない。森准教授は「樹種多様性を欠くような人工植林地の炭素吸収能力は限定的との知見も広がりつつある」とも指摘する。

 このため、REDD+は社会的・環境的セーフガード(防止措置)をメカニズムに導入。途上国政府が地元住民の生活や権利をないがしろにしたり、生物多様性を無視したりしないよう、一定の歯止めを掛けている。

 世界中で年を追うごとに、規模と激しさを増す森林火災や山火事。今回のアマゾン熱帯林火災は、地球温暖化が差し迫った脅威であることを改めて認識させた。依然として「解」を見出せない難問に対し、人類は英知を結集しなくてはならない。年も改まり、まずは自分の届くところから行動を始めたい。

間藤 直哉

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※この記事は、2020年1月1日発行のHeadLineに掲載されました。

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