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カリフォルニアワインを襲った悲劇

=それでも、トランプ大統領は温暖化対策に背を向けるのか?=

2017年10月30日

地球環境

研究員
加藤 正良

 「パリスの審判」と呼ばれるワインの歴史を変えた大事件をご存知だろうか。

 米国独立200周年に当たる1976年にパリで開催された、ワインのブラインド・テイスティングのイベントで、当時は全く無名の存在だったカリフォルニアワインが、最高級ランクのフランスワインを抑えて、赤、白ともに1位の評価を獲得したのだ。審査員には、著名ワイナリーやレストランのオーナー、ワイン雑誌の編集長、ワイン行政の要人など、フランスのワイン業界を代表するそうそうたる顔ぶれが揃っていたにも関わらず、である。

 「パリスの審判」とは、もともとギリシア神話の中で、トロイアの王子パリスが、ヘラ、アテナ、アフロディテの3人の女神の中から、最も美しい女神としてアフロディテを選んだというエピソードだ。米タイム誌記者は、この神話になぞらえて、「パリで下された審判でカリフォルニアが選ばれた」とテイスティングイベントの結果を報じたのだ。このニュースは驚愕とともにワイン関係者の間にあっという間に伝わったという。

 パリスの審判には後日談がある。1976年のパリ対決から丸30年後の2006年に、同じ銘柄のワインによるリターンマッチが開催された。30年の熟成を経たフランスワインは熟成のピークに達し、圧倒的な有利にあると考えられていた。しかし、フタをあけてみると、再びカリフォルニアワインに軍配が上がり、しかも1位~5位を独占するという劇的な結果となったのである。

 その世界ブランドになったカリフォルニアワインに、今年の10月悲劇が襲った。カリフォルニア州北部で大規模な山火事が発生したのだ。

 報道によれば、山火事は8日に発生し、9日に急速に拡大。ワインの産地として知られるソノマ郡やナパ郡などを中心に燃え広がり、東京23区の面積よりも広い9万ヘクタールが焼失した。住宅と店舗など8400棟が焼け、死者は42人に達している。ワイナリーにも深刻な被害が出ているようだ。複数の醸造所が被災し、ぶどう畑や、醸造中の樽にも被害が出ている。

 図表1は、全米省庁合同災害センターによる米国の山火事の過去56年間のデータである。山火事による総延焼面積は、2000年以降、拡大傾向にあることが分かる。地球温暖化が山火事の直接的な原因となっているわけではないが、米農務省は2015年8月に、当時のトム・ヴィルサック長官の声明として「気候変動(温暖化)による影響と長引く干ばつによって山火事への対応が厳しくなってきている」と指摘している。規模が大きな山火事は、米西海岸に集中しており、温暖化が進むと同地域の西部から北西部にかけて冬の乾燥と夏期の猛暑が進み、燃え広がりやすい条件が整ってしまうのだ。今後も山火事の発生規模は大きくなることが予想される。

(図表1) 米国の山火事の推移

20171031_01a.jpg(出所)全米省庁合同災害センター「Total Wildland Fires and Acres」

 カリフォルニア州は、米国のワイン生産量の90%を占める一大ワイン産地である。特にナパ・ヴァレーは、「オーパスワン」のように、極少量のみを生産し、入手することが困難な超高級ワインの産地として、世界に名を馳せるようになった。

 フランス、ドイツ、イタリアなど古くからワインを生産しているヨーロッパ地域に対して、ワイン生産の歴史が比較的新しい新興ワイン国は「新世界(ニューワールド)」と呼ばれている。「パリスの審判」以前は、「偉大なワインを生むことができるのは、素晴らしいワイン畑を持つ歴史あるワイナリーだけ」と信じられていた。つまり、「高級ワイン」を謳えるのは、フランスの名門生産者に限られていたのだ。それに風穴を開けたのがパリ対決であり、カリフォルニアを初めとするニューワールドでも、知恵と情熱によって世界に通用するワインが作れることが証明された。

 そのカリフォルニアワインが温暖化の犠牲になろうとしている。トランプ大統領は、米西海岸を襲ったこの歴史的な山火事による惨状を目の当たりにしても、まだパリ協定に背を向け続けるのであろうか。

(図表2) カリフォルニアの森
ヨセミテ国立公園の「炎の滝(ファイヤフォール)」
 
20171031_02.jpg

(写真)筆者家族撮影(カリフォルニア州にて)


注)ファイヤフォール:ホーステイル滝で最も気温の低い時期にだけ見られる珍しい自然現象。空が晴れ、絶妙な角度で日光が当たった時に見られる。

加藤 正良

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