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国家の「ボトムライン」が問われる中国

潜望鏡 第8回

2015年10月01日

中国・アジア

HeadLine 編集長
中野 哲也

 日本危機管理学会(会長・池田十吾国士舘大学教授)と中国の災害管理・復興研究所(四川大学と香港理工大学が共同設立、執行院長・顧林生教授)は9月8~9日、第8回日中危機管理セミナーを中国四川省の成都市で開いた。筆者は危機管理学会の理事として参加し、中国西南部の中心的な都市に一週間滞在した。

 22を数える中国本土の省の中で、四川は日本人にとって最も知名度の高い省かもしれない。ピリリと辛い四川料理の麻婆豆腐は日本の食卓でも定番メニュー。動物園の「永遠の人気者」パンダも四川省が故郷であり、成都市郊外の「大熊猫繁育研究基地」では赤ちゃんパンダを至近距離で見学できるため、日本からもツアー客が大勢やって来ていた。
 
 また、成都は日本でも愛読者が多い「三国志」ゆかりの地でもある。劉備や関羽、張飛、諸葛亮(字は孔明)を祀った武侯祀博物館には、国内外から観光客が詰めかけていた。2500年を超える歴史を持つだけに、通り一本入っただけでタイムスリップを味わえる素敵な街だ。

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 成都を訪れた9月初め、中国経済の減速が日本をはじめ各国の株式市場を振り回していた。しかしながら、成都の街中は活気にあふれ、高層マンションやオフィスビルの建設ラッシュが続いており、いささか拍子抜けした。日本通の地元の人が「成都の銀座」と呼んでいる、中心街の春熙路は欧州高級ブランドの看板が目立ち、日本の百貨店やスーパーも進出している。
  
 成都の人口は郊外を含めると1000万人をはるかに超え、中心部では激しい渋滞が発生している。中国の他の大都市に比べて地下鉄の建設が遅れたこともあり、クルマへの依存度が高い。ラッシュ時のバスは運転席まで乗客が進入するほど混雑し、停留所は長い列が出来る。2010年以降、地下鉄がようやく東西と南北の二路線開業し、市民の足として定着しつつある。駅構内は清掃が行き届いており、転落事故を防ぐホームドアも完備。ラッシュ時でも安心感がある。

 乗客は手荷物とともにX線検査装置を通らなければ、地下鉄に乗車できない。この点、日本の地下鉄のテロ対策は大丈夫なんだろうか...。1人民元=20円で比較すると、スターバックスのコーヒーは成都の方が東京より若干高い。このレートではホテルの料金も決して安くない。その一方で、成都の初乗りは地下鉄が2元(約40円)、タクシーが8元(約160円)に抑えられており、やはり社会主義国なのである。

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 成都の中心部を歩いている限り、街並みや利便性は自由主義の先進国とあまり変わりがない。公共交通の料金が安い分、より快適といえるかもしれない。街中のごみ箱は可燃・不燃の区別があるし、スーパーのレジでビニール袋をもらうと0.2元(約4円)かかるなど、環境意識も高まっているようだ。

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 ところが、バーチャル空間に入ると、事態は一変してしまう。パソコンやスマホをインターネットに接続しても、中国では一部のサイトを閲覧できないのである。筆者の場合、出張時にはグーグルのGメールを使っているが、今回は役に立たなかった。

 中国は1980年代の改革開放以来、劇的な高度成長を遂げ、日本を追い抜いて世界第二位の経済大国にのし上がった。もはや後進国ではない。しかし、言論統制で国民を縛りつける社会主義モデルを続けていては、いつかは壁にぶち当たり、持続可能な成長は実現できまい。旧ソ連の消長が教えるところである。

 無論、習近平政権は百も承知のはず。実際、中国はリーマン・ショックを受けて高度成長路線と決別し、安定成長を容認する新常態(ニューノーマル)の下で経済や社会の安定を図ろうと試行錯誤を続けている。13億を超える人口、55に上る少数民族、日本の25倍の国土を抱える巨大国家だから、だれが為政者になってもその統治は並大抵でないだろう。

 今回の日中危機管理セミナーでは、中国側の研究者から「国家として果たすべき底線(ボトムライン=最低限やるべきこと)とは何か」という問題提起があり、議論も盛り上がった。大言壮語のスローガンで国民を動かし、国家を運営できる時代ではないという考え方が、中国でも浸透しつつあるように感じた。

 セミナーの共同議長で、中国の危機管理学の第一人者である顧教授はこう語っていた。「中国は建国以来、劇的な変化を遂げ、とりわけ改革開放のこの30年間は市場経済の導入によって大きな成功を収めた。その一方で、道徳(モラル)が崩壊するリスクに直面している。今、『中国が守るべきボトムラインは何か』が問われている」―

 習政権は目下、「ハエもトラも叩く」という政官軍の腐敗一掃キャンペーンに全力を挙げ、共産党の大物も躊躇(ちゅうちょ)なく摘発し、国民から喝采を浴びている。だがその次に、国民は言論の自由の確立、すなわち完全民主化を要求してくる。共産党一党独裁と両立できるのか、あるいは...。いずれにしても、中国出張でGメールを自由に使えるようになる日が待ち遠しい。

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(写真)筆者 PENTAX  K-S2 使用 一部画像をHDR処理

中野 哲也

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※この記事は、2015年10月1日に発行されたHeadlineに掲載されたものを、個別に記事として掲載しています。

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