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チャレンジを楽しむ経営者

=北京取材レポート(1)中国で激増するスタートアップ企業=

2018年09月18日

中国・アジア

主任研究員
武重 直人

 今年8月後半に北京を訪問した。現地で取材した(1)中国で激増するスタートアップ企業と、研究報告の機会を得た(2)日中危機管理学術交流会についてレポートする。(2)は9月19日に公開予定。

 今、中国では空前の起業ブームが湧き起こっている。2017年には企業610万社、個人事業1320万件が登記された。両方を合計すると、1日に平均5.3万ものスタートアップが新たに誕生していることになる。

中国の新規企業登記数

(出所)中国国家工商総局を基に作成

 その背景には中国政府による起業の促進がある。2014年のダボス会議において、李克強首相が「大衆創業・万衆創新」(大衆による創業、万人によるイノベーション)の概念を提唱。習近所平政権は起業促進のための減税や資金支援、人材育成支援など、中央と地方を合わせて400以上の施策を打ち出している。

 次々と誕生する中国のスタートアップとは、どのような企業なのだろうか。2018年8月後半、登記から間もない北京市内の企業数社を訪問して話を聞いた。そこには中国社会の変化とニーズを巧みに捉え、事業を軌道に乗せようと懸命に奮闘する経営者の姿があった。

① Kr空間(シェアオフィス業)

 同社は中国を代表するシェアオフィスの運営会社。2015年に創業してから、政府の後押しを受けて急成長を続けている。2018年6月時点で国内の11都市に60カ所のシェアオフィスを展開、従業員は700人に達した。日本を含む海外への進出も果たしている。

 実は、同社の親会社は北京協力築成金融信息服務有限公司であり、スタートアップに関連するニュース発信と企業間交流を目的とするサイト「36Kr」の運営主体である。シェアオフィス事業は、祖業とのシナジーを生かした事業展開というわけだ。ちなみに親会社のサイトは2018年8月に日本語版も立ち上げた。(https://36kr.jp/

 同社の特徴は大都市の中心部をターゲットに定め、米国発の先行企業「WeWork」にならったハイエンド志向のオフィス環境創りである。今回訪問した三つのシェアオフィスは、3500~7000平方メートル(450~900席)といずれも規模が大きく高級感にあふれていた。小さなスタートアップ企業も入居するが、むしろ大企業を部署ごと受け入れることに力を入れている。

 案内をしてくれた北京地域マネージャーの王超群氏は「需要の拡大には対応しきれず、北京では既に中心部のスペースの確保が難しくなってきた。従来の路線とは異なるが、郊外への進出も考慮せざるを得なくなってきた」という。

20180913_01.jpgKr空間のシェアオフィス

親会社36krの日本語サイト

②北京拾級科技有限公司(コーヒーサーバー業)

 同社の管理部門は、前掲シェアオフィス「Kr空間」に入居していた。オフィス向けにコーヒーサーバーを設置し、メンテナンスを行う会社である。マシンのレンタルではなく1カップごとに課金するシステムだ。

 先行した中国企業が海外製マシンで事業展開したものの、そのコストが重くて撤退した。それを教訓として、同社は低コストマシンを自社開発し、生産を外部に委託して、この市場に参入した。

 創業者の朱保挙氏の出身校である清華大学の人脈などを活用して資金調達しながら、2017年3月にわずか4人で創業。同年末までに北京で800台のマシン設置に成功した。現在では社員50人を超える態勢を整える。

 今後の計画について販売マネージャーの秦志新氏は「メンテナンスサービス人員を現在の30人から60人へ、セールスを10人から30人へと増員し、年内に北京で3000台の設置を目指したい」と語る。同社がターゲットとする200人以上のオフィスは、北京市内だけでも1万5000カ所はあると見られ、業容の拡大に自信を示す。

20180913_02.jpg販売マネージャーの秦志新氏と自社開発マシン

 現時点ではマシンの完成度が十分に高まっていないこともあり、北京に限定して事業展開をしている。しかし、将来は中国内の主要都市に照準を合わせるほか、中小都市についても地域代理店を通じて参入する計画だという。

③幇幇智信(北京)教育投資有限公司(学費ローン業)

 名刺に「教育業界信用割賦サービス・プラットフォーム」とうたう同社は、学費ローンを専門に提供する金融会社である。

 民間の職業訓練スクール(パソコンソフトの操作方法を指導する講座が中心)の受講者に対して、学費ローンを提供するビジネスだ。18歳~20歳代という、銀行融資を受けにくい年代をターゲットにする。

 学費ローンの需要について、ディレクターの蘇迪氏は「スクール経営者の中には夜逃げするような者もおり、受講者側は不安を持っている」と説明する。このため、同社は受講者の払い込んだ学費がスクールの夜逃げで無駄になるリスクを請け負う。一方、スクールは受講者の滞納リスクを回避できる。そんな双方の需要をうまく捉えたビジネスなのだ。

20180913_03.jpgディレクターの蘇迪氏

 同社は教育市場に目を付けて2015年9月に創業。当初は教育用機材を販売していたが、それが振るわないために学費ローンのビジネスモデルを構築。2017年半ばからはローン事業一本に絞っている。

 月間の新規ローン額は前年比で10倍増の水準を視野に入れる。このモデルを模倣する競合企業が出はじめてはいるものの、今のところ同社が独走している。

 現在では従業員約60人を抱え、その大半がスクールへのテレマーケティングを担う。全国には数十万校の職業訓練スクールがあり、平均すると10~30人が受講する講座を20程度開設している。すなわち、200~600人の受講者を擁するスクールが数十万校あるのだ。潜在需要を開拓する余地はまだまだ大きい。

④友脉(北京)人力資源有限公司(ヘッドハンティング業)

 ヘッドハンティングおよび各種人事業務を請負う。北京郊外のマンションとオフィスが混在する地域の一角に事務所を構える。

 同社は2012年に3人で起業。政府の起業促進の優遇政策を受けて業容を拡大してきた。現在では社員が15人に増えた。

 共同経営者の陳万友氏は業界について「市場の拡大(=起業の急増)に伴って、企業の人事部門経験者が独立して起業するケースが増え、北京市だけで3万社近くも存在する(個人経営を除く)。各社はそれぞれに得意分野を有しており、同じクライアントの案件を複数社が協力しあって対応するケースも多い」と説明してくれた。

20180913_04.jpg共同経営者の檀一夫氏と陳万友氏

 同社の得意分野は、人脈を活用した金融人材のヘッドハンティングだ。大手の人材マッチング業者では手掛られない、海外経験を積んだ高度な人材の紹介を強みとしている。

 2017年の売上は1000万元(約1.7億円)ほどあり、2018年は倍増を見込んでいる。それに伴って人員態勢を拡大していくとともに、社内トレーニング分野に新規参入する計画も進めている。共同経営者の檀一夫氏の夢は「10年以内に上場すること」という。

⑤北京聯衆匯達科技有限公司(映画プロジェクター販売業など)

 同社は映画上映用のプロジェクターの販売会社であり、そのアフターサービス会社と映画製作への投資を行う子会社を持つ。政府の起業促進策(企業登録に必要な資本金条件の引き下げなど)により、事業の多角化を進めることができた。

 インターネットが普及したとはいえ、国家文化部(日本の文化庁に相当)は共産党の宣伝色の強い映画を、都市や農村のコミュニティーで巡回上映している。同社はそれにマッチする設備やコンテンツを提供することを得意とする。

 設備の売り上げは順調に伸びており、2015年の2000万元(約3.4億円)から、2017年には3800万元(約6.5億円)へと拡大した。コンテンツ製作に関しては昨年、映画への投資を行った。

 共同経営者の王偉氏は、三菱電機の中国法人でプロジェクターの販売マネージャーを務めた経験がある。彼は「この業界における信頼を確固としたものにして、事業をさらに拡大して行きたい」と抱負を語ってくれた。

20180913_05.jpg共同経営者の王偉氏

 分野が異なっていても、いずれのスタートアップ企業も社会の変化や新たなニーズを巧みにすくい上げている。どの経営者も事業を生き生きと語り、チャレンジを楽しむような表情を見せていた。無論、その背後には無数の失敗者がいるはず。ただし現在はチャレンジ精神が社会に大きな活力を与えているのは間違いないようだ。

(写真)筆者

武重 直人

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